MEGAMI転生 【異世界転生?】

『勇者様ぁ〜♪ 猫耳の寝込みが、ねぇ好み?なんちゃって〜♡』

『くくく、可愛い子猫ちゃん、コネコネしてあげるよぉ〜』

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「ひろし、ご飯…置いとくね…」というドア越しに聞こえる母の言葉が、俺を現実世界へと連れ戻した。

「うっせぇ!ババア!ちゃんとファミチキ買って来たんだろうな?!」

 俺の言葉に返答はなく、階段を降りる軋み音はゆっくりと遠ざかっていった。

「ちっ!折角いい所だったのによう…」

 俺はパソコンのディスプレイに羅列された文字列を眺め、小さく舌打ちをした。

『勇者さまぁ、コネコネ困りますぅ〜♪ ショーン•コネリーなんちゃって♡』

 その言葉で終わっている文章は、今、俺が執筆中の『異世界転生したら美女に囲まれて無双した俺は算数教室を開くと大儲けするが敵の猫耳国語教師と恋に堕ちつつ仮面の力で腐った社会を平定する』というタイトルの小説だった。

 某小説サイトに投稿しているこの作品は、まだ認められていなかったが、きっと人気作になる。書籍化されて、ゆくゆくはTVアニメ化され……


 ––– 無職、独身、36歳。

これが俺の現実だった。今の生き甲斐は、この小説を書く事しかない。

 本当に…これしか残っていないんだ…


 いつからだろう?俺だけが取り残されていったのは……

 何故だろう、この社会が俺を拒絶し始めたのは……

「こんなクソな世界っ!」そう喚くも、先の言葉が出てこない。 そう、わかっているんだ。

 ––– クソなのは俺の方だって……


『うふふ、困った人ね。私が助けてあげましょうか?』

 その言葉が部屋に響いたのは突然だった。

空耳かと疑う前に思わず背筋が伸び、俺は言葉を出せずにいた。

『あら?聴こえてるかしら?』

 幻聴ではない、はっきりと聴こえる女性の声。俺は恐怖心で凝り固まった首を声の元に向けるが…

「だ…誰だ?」

 そこには誰も居なかった。

唯一、薄暗い部屋に煌々と灯るのはパソコンのディスプレイのみだったが、そこからまた女の声が語り出した。

『うふふ、アナタを異世界転生させたげる。私は女神よ』

「な…な…な…」何も言葉が浮かばない。

そんな俺を置き去りに、女神と名乗った女の言葉が続く。

『ドアを開けなさい、そこにあなたのお母様が準備した食事があるんだけど、そこに『死の薬』を準備したわ。それを服用したあと、直ぐに眠るのよ。そしたら…アナタをこの世界から解き放ってあげる』

 …死の薬……だと?

『信じるか否かはアナタ次第。チャンスは逃しちゃあダメよ?じゃあね…』

 その言葉を最後に、部屋には再び静寂が戻った。

 これが白昼夢というやつなのか?

そう思う一方で、奇跡が起こるのでは…と、淡い期待が込み上げてくる。

 ––– どうせ、この先何の希望もないんだ。

 幻聴でも落胆することもないさ…


 俺は半ば諦め気味に扉を開けると、廊下にはカツ丼が置かれていた。

 好物のファミチキは無かったが、そんな事も忘れてしまう程に驚きを覚えたのは、鮮やかな『青いカプセル』がトレーに置かれていたからだった。

「そんな……まさか…本当に?」


 嘘の様な現実に普通の人間なら困惑する場面だが、落ちるところまで堕ちた俺に迷いは無かった。一気にカプセルを喉に流し込むと、そのまま布団に潜り込んだ。

 少しの興奮とは相反し訪れる睡魔。

それは幼き頃に母に抱かれた記憶の様に、俺は眠りに落ちていった。


 ……そして、再び開かれた俺の瞳が捉えた世界は、異世界だった。

 赤ん坊として転生した俺は、今までの知識を活かして、この世界を発展させる為に奮闘する事となる。この国で知り合った美少女達と共に国造りを進め、時に恋愛をした。

 そんな中、頼りにされるべく対人コミュニケーションや、経済発展の為に勉学にも励むことは苦痛ではなく、むしろ、やりがいさえ持っていた。

 俺は結婚し子供にも恵まれた。

立派な父親になる為、より一層の努力をして、益々この国は豊かになっていったのだ。


 しかし、ある日突然『魔王』が現れ、俺たちが作り上げた国を灰埃に帰した。

 俺は大切な人を全て失い、復讐の旅にでる事となる。

 幾多の苦難を乗り越えて、そして遂に魔王を打ち倒した……が、しかし、魔王が放った呪いにより俺の命は風前の灯火となっていた。


『私は女神。勇者よ、アナタは世界を救いました。本当に有難う。ですが、あなたの命を救う方法がありません。ですが、アナタを元の世界に再転生すれば助けられるかも知れません。どうか、私にあなたを救わせて貰えませんか?』

 女神は憂いの込められた瞳を向けると、言葉を続けた。

『ですが、元の世界は、経済という悪が渦巻いています。またアナタを苦境に晒す事になりますが、戦ってくれますか?』と。


 俺はその言葉に頷き、元の世界に戻った。

俺に出来る事ならば、社会という悪から不幸な人間を救ってやろうと決意を胸に……

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「お母様、弊社『Methodメゾット Gateゲート Mindマインド転生コース』略してMe•Ga•Mi転生に、ご入金頂き有難うございます。息子さんは誘導剤の接種により、眠りにつきました。 あのカツ丼…とってもおいしそうでしたね。…はい? 説明の続きですか? これは失礼しました。これから、息子さんには一年掛けて夢の中で人生をやり直して頂きます。そうですね、当人としては約40年位のストーリーを歩むでしょう。そこで息子さんには現代社会を生き抜くノウハウを学んで頂きます。そうそう、その間、お身体に電流を流して肉体改造もしておきます。みっともない体型とはこれでオサラバですよ。はい、言い過ぎましたね。彼が再び目覚めた時、社会に適合する確率は90%以上でしょう。ご安心ください。この社会復帰プログラム…『Me Ga Mi』の効果は絶大です。ご利用者の声をご覧になられますか? …え?不要ですか? ええ、後はお任せを。

お代金以上の成果をお約束致します。

 それでは、一年後を楽しみにお待ちください。   …うふふっ。


        完

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