精緻で美しい文体で人間の本性を描いた傑作

はじめて他人の作品に嫉妬しました。
それはあなたの文章や表現したいものが、ぼくに理想に限りなく近いためです。
三島由紀夫や谷崎潤一郎を読んでも「すごい」としか思わなかったのは時代が違うからだと思います。
同時期にこれほど自分の理想に近い文学を作る人間がいると知ってしまい、驚きと嬉しさと嫉妬を感じました。

男を殺した女の語り手によって紡がれる物語は、人間の喜怒哀楽を凝縮しており、短編ながらも読み応えのある重厚なものでした。

豊富な語彙力と、それを繋げる力量がはっきりと感じ取れて、感服する一方で妬ましい、羨ましい、自分も負けてられない!と悔しい気持ちでいっぱいです。

香りという嗅覚を、眼球の裏に持ってくる感性にも脱帽します。
欲望に肥えた人間が美味いのは、やはり鬼ならではなのでしょうね。
大正五年という時代に合った文体が、より物語のリアリティと、読者の没入感を高めていると思います。

「中に埋まった血管はつるつるとしていて思わず舌で舐め伝いました」
特にこの一節が印象深いです。
血管の柔らかさや伸びやかな様は、麺などの食べ物を連想して、より恐ろしさが増しました。

とても良い作品でした。
ありがとうございます。
他の作品も読ませて頂きます。

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