第26話 対抗策

 チュン──チュン──

 外から小鳥の囀る音が聞こえる。

 気が付くと、外がもう明るくなっていた。朝か。

 結局、あれから一睡も出来なかった。


 終わって──いなかった。

 あの老婆の死で全ては決着した、はずだった。

 だが、実際はそうではなかった。再び、あの影が俺の部屋に現れた。

 一体、何が、どうなっている。呪いの本体は老婆じゃなかったのか。


「まさか、また別の誰かが……操っている?」


 すぐにノートパソコンを立ち上げて、防犯カメラの映像を確認する。

 あれ以来、カメラはずっと起動しているはずだ。

 あの老婆と同じなら──映っているはずだ。犯人の映像が。

 時間を調整し、影が現れた大体の時刻に合わせる。


「……な、なんだこれ」


 そこには──何も映っていなかった。

 いや、正確に言うと、映ってはいた。


 黒い影が、一面に。


 あの影が現れた時刻、その数分間だけ──カメラの映像はノイズが混じり、黒に覆われていた。

 明らかに、夜の闇ではない。何も見えない、深淵のような闇だ。


「……クソッ!」


 怒りの余り、キーボードを激しく叩いてしまった。

 駄目だ。カメラは使い物にならない。まさか、対策されているのか。

 この影は明らかに──学習しているように見える。


 もしかして、御子と連絡が取れなくなったのも関係あるのだろうか。

 あ、あり得るぞ。俺だけじゃなく、御子も、昨日と同じように影に襲われて、連絡が付かない状況になってしまったのか。

 仮に、それが事実だとしたら──まだ、希望が持てる。

 俺でも、あの影を撃退することが出来たんだ。御子はきっと、生きている。


 とにかく、今の事態は非常に不味い。絶体絶命というやつだ。

 今、俺を守ってくれる存在は誰もいない。逆戻り、御子と出会う前の状態に全て戻ってしまった。

 今日か明日にも、必ず、あの影は俺を襲って来る。

 偶然、昨日はこの塩で撃退出来たが──この手が次も有効だとは限らない。

 カメラと同じように、耐性を持ってくるかもしれない。


「ど、どうすればいいんだ……どこに行けば……だ、誰に頼ればいい……」


 警察に保護してもらう──駄目だ。

 恐らく、この影が見えるのは俺だけじゃない。他人にも見えるはずだ。

 4年前に起きた、例の一家惨殺事件を思い出す。

 あれも呪いの影響で、無関係の人を巻き込んで起きてしまったものだ。

 下手をすれば──あの事件の二の舞だ。俺だけじゃなく、犠牲者がもっと増えてしまう可能性がある。

 逃亡も無駄だということは過去の事例で判明している。

 立ち向かうしか──ない。


 しかし、どうすればいいんだ。

 日が落ちるまで、残り14時間と言ったところか、出来ればそれまでに、何か対抗策を見つける必要がある。

 ──これで日中も襲って来るなら、もうお手上げだ。


「……あっ」


 その時、ある閃きが脳内に浮かんだ。

 一人だけ──御子以外に、頼れそうな人物がいた。

 カメラのアプリを閉じて、俺はそのまま、あるサイトをパソコンで検索する。


「……これだ。多分、この人がそうだ」



 ◇



 昼過ぎ、俺は──大学に訪れていた。

 今日は授業の予定はない。かと言って、何か図書館で調べ物をするために訪れたわけでもない。

 ある人物に、会いに来たのだ。

 講義室の前に立ち、時計を確認する。もうじき──終わるはずだ。


 数分後、物音が騒がしくなり、扉を開けて大勢の人間が出てきた。

 どうやら、終わったようだ。全員が講義室から退室したのを確認した後、片付けをしているその人物に話し掛ける。



「あ、あの……! “田中先生”、ちょっといいですか?」


「ん? 何か質問でも?」



 クルリと、田中先生は振り向いた。

 白髪交じりの長髪を髪で束ねて、眼鏡をかけているその姿は男性としてはとても特徴的であり、その風貌は──ネットで調べて出てきた顔と同じだった。


 そう、俺が頼ろうとしているのは民俗学を専門としており、御子が所属するゼミを担当している“田中仁”という人物だった。

 御子のように、特別な力を持っているというわけではないが、民俗学に関する知識は彼女以上だということは間違いない。

 もしかしたら、役に立つ情報を得られるかもしれない。

 大学に問い合わせて、今日、彼が行う授業の予定を確認して、直接コンタクトを取ることにした。

 話を聞くだけなら──安全セーフのはずだ。


「いや、あの……授業とは関係がないんですけど……ちょっと、お時間いいですか?」


「……あぁ、構わないよ。次の授業までは少し時間が空いてるからね。ここではなんだ。少し、話しやすい場所に移動しようか」


 深刻な顔をしている俺を見て、何かを察したのか、田中先生は気前よく俺の話を聞いてくれるようであった。

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