第19話 舞妓はんのいうとおり

「なんて人が多いんだろう」


私は京都の四条大橋に佇んでいた。みんな楽しそうに歩いている。そんな喧騒の中で私は一人ぼっちだ。心細さにくずおれそうな心を抱え、それでも自らの足で京の地を踏め少しだけほっとしていた。



私は死ぬつもりで京都へやってきた。


理由は失恋。相手は二股も三股もかけていた。そんなことも知らずに私は彼に熱をあげ有頂天だった。友人には知ったかぶりしていたが、本当のところ恋の真髄なんてものはさっぱりわかっていなかった。初めてその気になった相手に裏切られた悔しさをどうしても拭いきれずせめて彼を怨んで死んでやろうと思いつめていた。



死を考えた時、ふっと京都へ行って死のうと思いついた。私は生まれてこのかた京都に一度も来たことがなかった。風情あふれる日本の古町…都会生まれの私には憧れの場所だ。せめてこの人生を終える前にその風景を見てみたくなったのだ。


欄干にもたれ鴨川へ視線を落とす。鴨川がこんなに浅い川だなんて……それにこんな人混みの中では飛び込み自殺なんてできそうもない。鴨川の川原を恋人たちが大勢歩いているのが見える。



「京都ってちっとも楽しくないとこだね」



呟いた私はやみくもに歩き出した。のんびりと散策しながら歩いている人々を掻き分けて、方向もわからぬままに通りをいくと朱色の楼門が見えた。道行く修学旅行生を引き連れたガイドの声が「八坂神社の西の楼門です」と言ったのが耳に届いた。八坂神社へ向かう道にぞろぞろと人垣が続く。その横をすり抜け私は人気の少ない方へと進んでいた。 



細い路地がまるで迷路のように入り組んでいる。石畳の路地には足元にぼんぼりが置いてあり、「○○小路」なんて書かれている。道端の石碑には「高台寺抜ける」や「ねねの道」とか書かれている。


高台寺は知らなかったが、お寺に行ってみたいと思い進んで行く。だけど、行けども行けども細い路地や石段が迷路のようになっていて行き着けない。五重塔が見え隠れしているけれどどっちの方向へ行けばよいのだろう。私は石塀道や石段を行ったり来たりしているだけだった。 


京都独特の町家という建物なのだろう。


格子戸が綺麗に並んでいる家並みを通り過ぎていると、舞妓さんが一人歩いてきた。これが有名な舞妓さんなのだと上目使いにチラチラ見ながら通り過ぎようとした時、舞妓さんが私を見て会釈した。こんなふうにじろじろ見ては失礼だったかと思い、どぎまぎして慌てて目を伏せてしまった。


その時柔らかい言葉が響いてきた。



「この道をずぅっとおいきやす、きっとえぇことおますさかいに」



「えっ!? 私に話しかけているんですか」

「そうどすぇ、なんや気になってしもうて……いきなりかんにんどすぇ」

「そうですか……」

「ここ行ったとこにうちの好きなとこあるんどす。京へおこしにならはった記念にどないどすかぁ」

「何があるんですか?」

「秘密どすぇ。楽しみにおいきやすぅ。ほなさいなら」



さっぱりとした別れの挨拶を残して優美に歩いていく「舞妓はん」の後ろ姿をしばらく呆然と見送った。我にかえった私は、言われた通り、その道をどんどん進んでいくことにした。もとより行きたい場所も見つからない。


すると突然、生い茂った緑の中に大きな観音像が現れた。鎮座している観音像は白い砂利が敷かれた広場の奥にある。整地された砂利は広大なのに人影が見えない。観音像は静かに半眼を閉じて穏やかなお顔で微笑んでいる。舞妓はんの言っていたのはこのことだったのかと、傍まで寄って行き顔を眺めていると横から声がした。


「あのぅ、お一人ですか?」


にこにこ笑った若い男性がいつの間にか私のすぐ横に立っていた。


「霊山観音さまに来られるなんて京都通なんですか?ああ、突然話しかけてしまって申し訳ない。ただ、珍しいなと思って」

「りょうぜんかんのんさまっていうんですか?」

「えっ、ご存知で来られたのでは……」

「そこで舞妓さんに会って薦められたんです」


「あぁそうでしたか。近くには霊山護国神社があってそこには幕末維新の坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓もありますよ」

「あの有名な龍馬ですか」


「お時間あれば今から行ってみますか?ご案内しますよ。その代わりと言ってはなんですが僕と一緒にくずきりを食べに行って欲しいのですが…」

「くずきり?」

「吉野葛で作った冷菓ですが、男一人で甘味屋の暖簾をくぐるのは気が引けて。甘党なんですが、女性が多くてどうにも入りにくくて。最近は男も甘味を食べる方が増えたのですが、カップルの方々が多いからどうも行き辛いんですよね」

「ふふふ、いいですよ」



私は甘党男にナンパされたのかもしれないと心の中で考えながら妙に浮かれている自分がおかしかった。舞妓はんの言葉が頭の中で何度も響いている。



「きっとえぇことおますさかいに」



「えぇこと」ってこの出会いのことを指していたのだ。実は私は伝説の縁結び舞妓に遭遇するという不思議な体験をしていた。でも、その時は全く気づいていなかった。



「京の八坂さんには不思議な力があるんどすぇ」



そんな都市伝説を知ったのはずっと後のことだった。


その時出会った男の人は今は私の旦那になり、2人で大手を振ってくずきりを食べに行けるようになった。



執筆時期:2015年

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