第25話


 突然の声にヒューレッドとマリアは驚いて振り向くと、そこには白い靄があった。白い靄は不自然に揺れながら声を発する。


「ヒューレッド様ぁ。そこにいらしたんですねぇ。イーストシティ共和国にでも逃げるおつもりだったのでしょうか?私から逃げられるとでも思ったのでしょうか。」


 どこかで聞いたような声にヒューレッドの背筋に冷たい汗が流れ落ちた。


「……マリルリ、さ……ま。」


 そう。白い靄から発せられる声は、聖女マリルリの声と酷似していたのだ。


「ふふふっ。声だけで、私だとわかるだなんてヒューレッド様はとても素晴らしいわぁ。まさしく愛の力ですわね。でも、ね。私から逃げようとしたのは許さなくってよ。」


「ま、マリルリ様っ……。」


 マリルリの声が一段と低くなる。ヒューレッドがマリルリから逃げたことに苛立ちを感じているようだ。

 ヒューレッドは何も言えずに立ちすくむ。


「逃げるわよッ!!」


 ヒューレッドよりも早く我に返ったマリアがヒューレッドの腕を掴む。


「あらぁ。私以外の女がそこにいるのかしら?なぁに?ヒューレッド様ってば、その女と一緒にいたいがために、私から逃げたのかしらぁ?邪魔、ね。」


 マリルリはヒューレッドたちの姿が見えているのか、ヒューレッドの隣にマリアがいることに気がついたようだ。

 ヒューレッドはハッとしてマリアに視線を移した。


「マリアさんっ!逃げて!!」


「逃げるならあんたと一緒よ!!」


 ヒューレッドはマリアに逃げるように告げたが、マリアは首を横に振りヒューレッドの腕を強く掴んだ。

 ヒューレッドは「何故逃げないんだっ!」とマリアの顔を凝視する。


「まあ、マリアというのね。ヒューレッド様の隣にいらっしゃる方は。そう、マリアね。聞き覚えのある名前だわぁ。私と同じ聖女候補のマリア。私よりも聖女に相応しいと賞賛を受けていたマリアって子が居たわね。偶然かしら?ねえ?そのお名前は偶然かしら?」


「偶然よっ!!」


「そう。偶然ね。そういうことにしておくわ。だって、聖女候補のマリアは生きているはずがないものね。」


「くっ……。」


「ふふふ。苦悩に満ちた声が聞こえるわ。そうよね、マリア。あなたは死んだはず。だって、私がこの手で殺したもの。生きているはずがない。そう、聖女が蘇生の術を使用しない限りは。でも、聖女はこの私。あの女じゃないわ。だから、あの女には蘇生魔法は使えない。そうよね?そうでしょ?ねえ、マリア。そうでしょう?あの女は聖女なんかじゃないわ。ねえ。目も見えない、出来損ないのアルビノの女が聖女になんかなれるわけがないわ。ねえ。そうでしょ?マリア。そうよね?あなたは聖女候補のマリアなんかじゃないわよねぇ?」


 マリルリは「マリア」という名前を耳に入れると、長々と何かを確かめるようにしゃべり始めた。

 まるで何かを恐れて確かめているようなマリルリの言葉にヒューレッドは耳を疑う。


 目の見えない。アルビノの女性。


 ヒューレッドはそれに合致する人物に心当たりが一人だけあった。そう、セレスティアだ。


「……彼女は違うっていっている。それに、もしそうだとしたらどうだというんだ。聖女候補ってだけで今は違うんだ。もうマリルリ様とは関係がないだろう?」


「……関係ない。そうね。マリアが生きていても生きていなくても、蘇生された存在であればもうマリアは聖女になる資格はない。なりたくてもなれないわね。そうね。私のライバルにはならないわ。でも、マリアが蘇生されたのならそれはとても問題。聖女の力を行使した誰かがいるってことなのだから。とても、問題だわ。そう。問題だわ。ねえ、マリア。あなたは本当に聖女候補のマリアじゃないのよね?」


「……違うわよっ!」


 確認を促すマリルリの問いかけに、マリアは吐き捨てるように答えた。


「そう。そうよね。ふふっ。そうよね。たんなる偶然。名前の一致。そうよね。そうよね。そうじゃないと困るわ。ああ、困るの。そうじゃないと私はとても困ってしまうの。でも、本人が違うって言ってもなにも証拠はないわね。ねえ、マリア。あなたが聖女候補のマリアじゃないっていう証拠はあるのかしら?」


「……聖女候補のマリアなんて知らないわ。」


「そう。そうよね。知っているわけないわよね。ふふ。そうよね。でも、私、とっても気になるのよ。ああ、そうよ。そうよね。あなたたちのところに行けばいいのよね。私が、直々に行けばいいのよね。そうすればヒューレッド様を連れ戻すこともできるし、マリアが聖女候補だったマリアじゃないって確信が持てるものね。そうよね。早くそうしていればよかったのよ。そうよ。そうよ。……すぐ、あなたたちのところに行くわ。ねえ、そこで待ってちょうだいね。3秒もあればあなたたちのところに私は転移することができるわ。ねえ、待っていてちょうだいね。」


 マリルリはヒューレッドたちの返事を聞くこともなくそう言って急に黙り込んだ。それとともに、白い靄も消える。


「3秒で来るって言っていたわね。私たちもその間に逃げるわよ!」


「逃げるったって3秒じゃ!!」


「転移魔法!!あなた使えるでしょ!!国境付近まで飛べるでしょ!!」


 3秒という時間。それはとてもとても短い時間。

 咄嗟に判断しなければ対処仕切れない時間。とても話し合っているような場合ではない。


「あら。やっぱり嘘だったのね。私、とても悲しいわぁ。マリアに嘘をつかれてしまうだなんて。私、とっても悲しいわ。やっぱり、マリアは聖女候補のマリアだったんじゃない。私、とっても屈辱だわ。ねえ。マリア。あなたを蘇生したのは誰かしら?ねえ、マリア。誰があなたを蘇生したのかしら?ねえ、誰があなたを蘇生したの?私に教えてちょうだいな。」


 ヒューレッドとマリアが逃げる間もなく、二人の目の前に聖女マリルリが供もつけずに姿を現したのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る