第19話
「ねえ、知ってる?ここメンスフィールドにも聖女マリルリの傀儡はたくさんいるのよ?特に役人のほとんどは聖女マリルリの傀儡よ。聖女マリルリは人の心を操ることに関してはこの国一番だからね。噂じゃ国王ですら聖女マリルリの傀儡だとか。」
「えっ!?メンスフィールドにもいるのかっ!?しかも役人!!?」
ヒューレッドは聖女マリルリの手となり得る存在が、王都から遠く離れたメンスフィールドにも居るとは思わなかったのだ。もし仮にいたとしても上層部の役人だけで一般の役人までとは思ってもみなかった。
「あんたなんにも知らないのね。メンスフィールドは国境を守っている国の要の街よ。聖女マリルリのことを胡散臭いと思っている人間が国から逃げだそうとしたらこのメンスフィールドに来るでしょうね。特にメンスフィールドは他国からの移住者が多いことで知られているイーストシティ共和国の隣に位置しているわ。そんなメンスフィールドをマリルリが放っておくかしら?」
「……放ってはおかないだろうな。聖女マリルリのことを疑う人間を他国にやすやすと逃がすとは思えない。」
「そう。メンスフィールドの役人になるにはね、聖女マリルリとの面談が必要なのよ。まあ、聖女マリルリと会話をすることができるからってんで役人になろうとする人は多いけどね。つまり、その面談の時に聖女マリルリから心の支配を受けるってわけ。」
「そ、そうなのか……。思っていたより……。」
「そうね。聖女マリルリは用意周到よ。逃げるのは簡単ではないわよ。とくにあんたみたいな世間知らずは、ね。」
「……はぁ。で、マリアさんも聖女マリルリの手の者なのか?」
ヒューレッドは諦めたようにため息をついた。聖女マリルリのことだ。この分だと、街の人の中にも聖女マリルリの傀儡になっている人が大勢いそうだ。
そしてヒューレッドに話しかけてきた目の前に居るマリア。彼女のことも疑ってかかるべきだろうとヒューレッドは思った。
「はぁ……。もうっ!!あんた、それを直球で聞く馬鹿がどこにいるのよ。あたしが違うって言ったらそれを信じるのかしら?」
「うっ……。そ、それは……。」
「信じるわけないわよね。そうよね。つまり、私が何を言ってもあんたには敵か味方か把握できないってことよね?」
「うぅ……。そのとうりです。」
マリアはヒューレッドの抜けっぷりに大きなため息をついた。
「はあ。……あたしはあんたの味方よ。あるお方に頼まれたんだ。あんたの面倒を見てやれってね。育ちがよくって人を疑うことを知らない人だから勉強させてやって欲しいとも言ってたわよ。まさにその通りね。あんたなんにも知らない。聖女マリルリから逃げるんならもっと他人を疑わなきゃダメよ。」
「え?頼まれたって……?」
ヒューレッドは産まれてから一度も王都を出たことがない。孤児院で育って宮廷魔術師になったが、その間に王都から旅に出るような暇や資金などはなかった。
というより、王都から出る目的もなかったので出たいとも思わなかったというだけだが。そのため、ヒューレッドと交流がある人間は数えるくらいしかいない。それも、ヒューレッドのことを守って欲しいというような人間なんて、王都から遠く離れたメンスフィールドにはいるはずもない。
「……オレ、自慢じゃないけどメンスフィールドに知り合いなんていないよ?」
「わかってるわよ。ちょっと待ってて。」
マリアはそう言うと、急に目を瞑った。そして小声で何かをつむぎ始める。何を言っているのかは声が小さすぎてヒューレッドには聞こえなかった。だが、マリアが小さな声で言葉をつむぎ始めると、マリアの赤い髪が風に揺られるように動き始めた。もちろん、髪が揺られるほどの風など吹いてもいないのに。
『ヒューレッドさん、きこえますか?』
しばらく小声でマリアが何かを言っていたかと思うと、ヒューレッドにもはっきりと聞き取れるほどの声が聞こえてきた。
ヒューレッドにはその声に聞き覚えがあった。
ヒューレッドのことを助けてくれた全盲の女性の声だ。
「セレスティア様っ!!」
ヒューレッドのことを匿い、ヒューレッドにフワフワを与えたセレスティアの声だ。
一日も経っていないのに、とても懐かしい声に聞こえて、ヒューレッドは思わず涙ぐむ。
『私の声が聞こえるかしら?あなたは無事にメンスフィールドに到着したのね。そこからはマリアが案内をしてくれるわ。でも、イーストシティ共和国に無事入国するまでは気を抜かないで。どこにマリルリの手の者がいるかわからないわ。気をつけてください、ヒューレッドさん。』
「セレスティア様っ!フワフワが離乳食じゃなく焼いたお肉が食べたいというのです。食べさせても大丈夫なのでしょうかっ!セレスティア様っ!」
『……。』
ヒューレッドがセレスティアに向かって質問を投げかけるが、セレスティアは一方的に言うだけ言って、ヒューレッドの問いかけには返事を返すことがなかった。
「セレスティア様っ!教えてくださいっ!セレスティア様っ!!」
『……。』
ヒューレッドはマリアにすがりながら、セレスティアの名前を呼び続けるがセレスティアはそれ以上何も言うことはなかった。
「……あんた。今の状況で聞きたいこと、それしかないの?」
「うぅ……。」
マリアは呆れを通り越して哀れむような視線をヒューレッドに向けて大きなため息をついた。
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