(1)「炎の冠山」を目指して

 ゆっくりと、目を開ける。

 「また、あの夢、かあ……」


 まだ、眠い。

 あくびをしながら、野営用ハンモックから落ちないように気をつけて、伸びをする。

 ぼんやりとした意識の中、手探りで映石と眼鏡を探り当てる。少しずつ意識が冴えてきて、ぼやけていた眼鏡越しの視界も次第にはっきりしてきた。


 映石で時間を確認するまでもなく、周りはもうすっかり明るくなっている。

 ハンモックで揺れる視界に、木陰の隙間から目に映るのは、さっきまで夢で見ていた赤い景色ではなく、透き通った青空だ。


 もう一度あくびをしながら、地面に降りる。

 石のように堅い携行食を口に放り込みながら、ハンモックを片付ける。続いて野営道具を折りたたんで、次々と荷袋に入れていく。


 夢を見ているうちに時間が経ったのか、思ったより陽が高くなってしまっている。早めに出発して、涼しいうちに少しでも現地に近づいておきたい。

 大分目が覚めて、意識がはっきりしてくるのを感じながら、手早く野営道具を片付けていく。


 ある程度一段落したところで、ほっと息をつきながら、もう一度空を見上げる。

「……今日も、いい天気、ですね」

 水筒のお茶を口に含みながら、空を見上げる。


 もう一息ついたら、出発しよう。

 そんなことを考えながら……わたしは、先ほどまで見ていた夢に、思いを巡らせた。


 ……………


 ……また、あの夢を見た。

 赤い景色。

 空も地面も、一面赤く彩られて、草原が燃える様に揺らめいている景色。

 ここ最近、繰り返し見る、不思議な夢。

 それは、どこかにある景色。この先どこかで、わたしが見るはずの景色。


 わたしは昔から、時々、不思議な予知夢のようなものを見る。

 見たことのない景色。行った事の無い場所の夢。

 夢なのに、その場にいる様に感じられる、とても不思議な夢を、何回も繰り返し見るのだ。


 わたしはそれを「さきのゆめ」と呼んでいる。

 未来に見る景色の夢だから、先の夢だ。


 それは、少し先の未来に待っている景色。少し先の未来にたどり着くかもしれない場所。

 時には見つからないままの時もあったけれど、夢の場所を探し出してたどり着けば、そこには、夢で見た通りの景色が待っていた。


 そして、夢で見た場所にたどり着いた時には……そこでは、必ず、何か素敵な出来事があった。

 嬉しい出来事が起きたり、もしくは……危険な出来事が避けられたり。

 内容は様々だけど、わたしにとって、良い方向への転機になる出来事が起こるのだ。


 わたしがどうして、こんな夢を見るのか、それは判らない。


 自分の血筋や属性に何かの理由があって、運命づけられているのかもしれない。

 もうわたしの「家」は無いけれど、映石や髪の木を始めとして、不思議な魔力や力を持つ品物は、幾つもわたしに遺されている。


 これらの遺物と同じく、この「さきのゆめ」も、きっと、メルトウィユの家に、血筋に伝わる遺産なのだろう。


 ともあれ、夢で見た景色に辿り着けば、わたしにとって良い事が待っている。わたしの人生を、良い方向に変えてくれる。それだけは確かなことだと信じている。


 ……だから。家も無く、あてのない旅を続けているわたしだけど。「さきのゆめ」で不思議な場所を見たときは、その場所を目指すことに決めている。




 今回見た、燃えるように赤く染まった草原の夢。

 実際には見たことのない、不思議な景色。


 赤い炎の様な揺らめきに包まれていたけれど、熱くないのだろうか。

 心配ではあるけれど、「さきのゆめ」で見た景色なのだから、きっと危険はないのだろう。そんな不思議な確信があった。

 それにしても、あんな燃える様な野原の中で楽しげに歩き回っているなんて、どんな秘密が隠されているのだろうか。

 そして、実際に見てみたら、どれくらい綺麗な景色なのか、確かめてみたい。


 今回の「さきのゆめ」で見た場所にたどり着いた時に、どんな出来事が待っているかはわからないけれど、少なくともあの夢で見た美しい景色が見られるのは間違いない。

 夢で見たおぼろげな景色でも、あれだけ綺麗なのだから、きっと実際にはもっとあざやかで、綺麗な景色なのだろう。実際に見るのが楽しみだ。。


 夢に導かれた旅の先には、様々な出会いがある。

 いろいろと綺麗な景色を見たり、美味しいものを食べたり。そして、珍しい温泉に入ってみたり、いろんな人と出会ったり。

 そんな出会いを楽しむこと。それがわたしの旅を続ける目的。今を生きる楽しみだ。


 今回の「さきのゆめ」は、わたしをどんな景色まで、連れていってくれるのだろう。

 そして、夢の場所に辿りついた時に、何が起きるだろう。確かめてみたい。


 そう思って、今回の夢で導かれた「赤に包まれた、炎の様にゆらめく景色」の場所を目指す旅を続けて、もう十日ほどになるのだった。




 今回、わたしの目指している場所、「さきのゆめ」で見えた場所は、「炎の冠山」。

 街道で出会った人々の情報、街道沿いの古ぼけた道しるべを辿りながら、その山を目指している。


 「炎の冠山」。突き立った岩山の頂上に、炎が揺らめく場所がある山。

 それは、不思議な山だ。火山でも無いのに、頂上が赤く燃えると言われている山。


 「火の国」という名前で呼ばれていて、夏は暑く、火山も多いこの地方。だけど、いろいろ調べてみても、そんな条件に当てはまる山は、なかなか見つからなかった。

 散々調べたあげく、隣の「水の国」で見つけた、古ぼけた地図。そこに描かれていた山の絵を手がかりにして、「炎の冠山」に向かっている。



 実際にどんな山なのかは、行ってみないとわからない。

 「炎の冠山」。やっぱり、火山なのかな。燃えている様な場所に行って、本当に危険はないのかな。暑くないのかな。

 そんな事を繰り返し考えながら、何日も掛けて、黙々と山を目指して歩いて行く。




 しかし……それにしても暑い。

 出発しておよそ数時間、ようやくお昼になろうかという時間だけれど、この時間でも日差しが強くて、その暑さにわたしは何度も汗を拭っていた。


 もうそろそろ夏だ。やっぱり、この布地の厚いローブに外套を羽織っていると、この季節は辛いものがある。

 日傘や薄手のローブも欲しいところだけれど……今回の旅が終わって、次の街に着いたら探してみよう。


 ともあれ、まずはその前に、汗だくになったこの状況を何とかしたい。目指す山の頂上が涼しいといいのだけれど、夢で見た景色から、あまり期待できそうにない気がする。


 ざくざくと街道の砂を踏みしめながら、ひたすら歩き続ける。

 本当に嫌になる程、良い天気だ。


 目的地に近づいてくると、街道が海岸近くになって来た事もあり、涼しげな風が吹き始めてきた。でもやっぱり、日射しの暑さの方が強い。

 木陰を選んで歩いているけれど、やはり限界がある。


 遠くからは波の音が聞こえてくる。

 いっそのこと、海辺まで行ってみようかな。海に出れば少しは涼しいかもしれない。それに、水浴びでもできればいいのだけれど……。そんな事を思い始めてきたとき、目的となる山が見えてきた。


 道を間違える事がないか、心配していたけれど、すぐにそんな心配は不要な事がわかった。

 海岸の近く、街道の向かい側に、一つだけ大きな山があった。

 夢で見たのと同じ形、これが「炎の冠山」で間違いない。



 でも。

「どうしよう……」

 山の近くまで来て、わたしは山を見上げて途方に暮れた。

 天を突くように大きな、高い山。山というより、細長い岩が突き立っている様な山。頂上を見るためには、首を大分上の方まで傾けないといけない。

 岩肌が見えている場所が多いけれど、半分くらいは木々に覆われている感じだ。


 背負っていた荷物を地面に置いて、ふう、と一息ついて、改めて頂上を見上げる。


 とても高くて、山頂がどうなっているか判らない。ここからは赤かったり、燃えている様には見えない。ただ、うっすらと何かが揺らめいている様に見える。本当に火が吹いているのかもしれない。

 山頂は涼しいかと思ったけれど、本当に燃えているのなら、どうもその点は期待できそうにない。


 ともあれ、その前にまずは、こんな山のてっぺんまで、どうやって登るか考えないといけない。

 果たして、まともな道はあるのだろうか。


 更に、よく見ると、中腹の山肌から、微妙に煙の様なものが立ち上がっているのが見えた。噴煙という感じではない。明らかに何かを焼いている、黒い煙。


 これは……何者かが山に住みついている事を意味する。人家も見えず、山肌から煙が立ち上っている様に見えるので、洞窟にゴブリンかオークが住んでいるパターンに思える。危険だ。


 普通の旅であれば、こうした「魔物がいる山」には近寄らなければいいのだけれど、目的がこの山を登ることなので、遭遇は避けられない気がする。またひとつ懸念材料が増えた。

 これは……果たして頂上まで無事に登れるのだろうか。


 わたしはこの先の道中について考えながら、不安げに「炎の冠山」を見上げるのだった。

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