第十九話 エンドレス・ナイトメア・マーチ

~ 2004年8月28日、土曜日 ~


 貴斗の起死回生から二日、翔子お姉さまから彼が遂にお目覚めになられたと連絡を受けました。

 お姉様のお言葉、口調はとても嬉しそうでした。なんとなくその理由は貴斗のお目覚め意外に在りそうだと、そう私は直感したのです。

 その連絡を受けますと直ぐに貴斗のお見舞いへと急行するのでした。ですが、わたくしは悪夢からいまだに開放されていない事に気付くことさえ出来ていなかったのです。彼にお会いするまでは・・・。


*   *   *


 貴斗は現在ICU室から開放されまして、621号室に移っていますと翔子お姉さまから聞かされていました。

「貴斗、お見舞いに来て差し上げましたよ」

 その様にご挨拶しまして彼の居る病室へと入るのです。すると、 知っています女の子と私の恋人が楽しそうにお喋りをしています光景が目に映ったのでした。

「アッ、詩織ちゃん、コンニチハ」

「こんにちは春香・・・、ちゃん。具合はよろしいの?」

 車椅子に乗っています彼女を心配しまして、そう言葉をお掛けしました。

「ヘェ~、本当に知り合いだったんだ、春香」

〈・・・?どうしたのですか貴斗・・・、どうして春香をお名前でお呼びになるの?〉

「えっと、その、6年ぶりぐらいか?ソッ、それとズッ、ずいぶん綺麗になったな、詩織」

「・・・・・・・・???」

 今、貴斗、私になんてお言いになったの?

『知り合いだったんだ、春香』、

『6年ぶりぐらいか』。

どういう事なのですか?彼のお言葉に頭が混乱してしまう。

「えっ、貴斗、いったい何を言っているのですか?」

「あぁっ、えっ、そのだから6年ぶり、久しくあってなかったけど綺麗になったと・・・」

 貴斗は恥ずかしそうに再び、その様にお返しになってきたのです。

「6年ぶりって、貴斗!」

とそう言い掛けました時、春香が私を見て言葉を掛けてきたのです。

「詩織ちゃん、貴斗君、今凄く眠いようだから二人っきりでお話しがあるの、いいかなぁ?」

 僅かな時間、彼女の瞳が妖しく光っていたように思えました。

 動揺してしまって私にはその様に思えてしまったのかもしれません。

 春香に促されながら病室の外へ足を運んだのです。

「詩織ちゃん、驚かないで聞いてね。貴斗君ね、・・・、昔の記憶を取り戻した代わりにね、その後からの三年間の記憶を失くしちゃったみたいなの、私達に会ってからの記憶」

 今の貴斗は私達が高校で再会する前までの記憶しか、ないなんて・・・!?

 彼女からその様に聞かされますと闇の衣が私の心を覆い隠すのでした。

「ネッ、春香ちゃん、春香、嘘だと言って、嘘だって」

 その事実を否定してもらいたくて彼女にそう言葉にするのですけど・・・・、

「詩織ちゃん、今の貴斗君を見たでしょ?貴斗君がなんていったのかちゃんと聞いたでしょう?」

 彼女の言葉は私の期待を難なく裏切ってくださいました。

「ネェ、春香・・・、ちゃん」

「エッ?何々・・・、アッ、分かった!私のこと呼び捨てにしたいって言うんでしょ?別に詩織ちゃんの好きなようにして良いはよ。だって私達親友でしょ?」

〈しっ、しんゆう?・・・、三年経った今でも、そして、正常にお目覚めしました貴女は私の事をその様にお思いなのですね・・・、その様な貴女をわたしは・・・〉

「アッ、エッ、ア・・・、うん、ありがとうございます」

 春香は私が言葉にし、お願いをしようとしました事を先に口にお出ししまして、更にお願いを聞きと届けてくださったようです・・・。

 以前から春香は妙なところで察しが宜しかった。

 それは彼女の表面上の性格では絶対に理解できないような所でもありました。

 暫く、春香と廊下でお話ししてから、貴斗に帰るご挨拶だけしましてここから退く事にいたしました。だって、今の貴斗と面と向かいましてお話しする勇気など私にはありませんでしたから。

「春香、それでは私、帰りますから。お体をお大事に」

「詩織ちゃん、貴斗君とお話していかないの?」

「そうしたいのは山々なのですけど、いっ、今から、はずせない用事がありますので」

「そうなんだ。・・・・・・・・」

 春香には嘘を言ってしまいました。

 私の去り際に彼女は何かを呟いたようですが、それは私の耳に届く事はありませんでした。

 気持ちの整理がつくまで約一週間も掛かってしまいました。

自分の気持ちを抑えながらも勇気を持ちまして、それから彼の顔を見たくて毎日、貴斗のお見舞いに行っていました。


~ 2004年9月9日、木曜日、私の誕生日 ~


「貴斗、今日もお見舞いに来て差し上げましたよ」

 笑顔を作りながら彼の居る病室へと入って行きました。

「詩織か?いつも悪いな」

「そんな事ありませ、私と貴斗は幼馴染み。これくらい当然のことです」

 彼に本心を言ったつもりでした。春香は居ないみたいです・・・、なんとなく安心。

「幼馴染だから当然か・・・、ありがとう、詩織・・・、・・・、・・・、えっと、そう言えば俺の記憶が正しければ、詩織誕生日おめでとうか?」

 今の彼の状態からお考えしますと六年前の記憶?から私の誕生日を思い出してくださったのが無性に嬉しくなってきます。

「貴斗、嬉しい、私の誕生日、覚えていてくださったのですね」

「間違ってなくてよかった。何もプレゼントしてやれないけど」

「いいの、いいのです、貴斗がそれを覚えていてくださいましたから、それだけで嬉しいですから、それだけで満足ですから」

「そうか・・・」

 本当に私は嬉しかったです。私の決心も固まりました。彼に今日はお伝えしたい事がありましたから、もう一度、確かめたい事がありましたから。

 私は期待を胸に彼にお尋ねするのです。

「貴斗、六年前の高台の丘で私がアナタに言いましたこと覚えています?」

「・・・・・・・・、覚えている」

 少しだけ間が空いてしまいましたけれど彼はそう答えを返してくださいました。

「あの時のお答えをもう一度お聞きしたいの、答えてくれるかしら?」

 彼が直ぐにお答えして来ないと思いましたから心の準備をします。ですが、

「無理だ、変えられない」と彼が即答してくるとは思いませんでした。

 貴斗のそれに動揺を隠しきれはしませんでした。

「どうして、どうしてなの?もう香澄には好きな方がいるのよ」

「詩織、お前、香澄が俺のことを好きなのを・・・・・・知っていたのか?それでも俺の答えは変わらない。お前も、香澄も、俺にとって大事な幼馴染み。それ以上、それ以下でもない」

 彼のお言葉はそこで止まってしまったのです。

「そっ、そんな、どうして、どうして?そんなのりふじん、理不尽よ。貴斗のばかぁ、私の気持ちも知らないで」

 そう言いましてから彼に平手打ちをしたのです。しかし、彼は怪我していない方の腕で私のそれを難無く受け止めてしまい、私の手首をお掴みになったのです。

「痛いっ、貴斗、はなしてよ」

 本当は全然痛くはありません、けれども、我侭を言います子供の様にそう言い放ってしまっていました。

「ゴメン、悪かった。・・・・・・、ああ、俺は馬鹿さ、お前みたいに才色兼備じゃないからな」

 貴斗はその様な言葉を冷静な口調でお言いになりました。

 彼にとってそのお言葉は皮肉を込めて言っていますものではなく、私の事を褒めてくださっている事を知っていました。でも、彼は私の気持ちを簡単に踏み躙って下さいました。

 彼のソンナ言葉に堪えられなくて、涙を流しまして、その場を後にしたのです。

 貴斗にあのような事を言われましたけれど、それでも私はひたすら献身的になりまして、彼のお見舞いに行っていました。

 私の気持ちがいつか報われると信じまして。



~ 2004年9月30日、木曜日、貴斗の誕生日 ~


 今日もまた、貴斗のお見舞いに参ります。

「ハァーーーっ」

 深い溜息を吐いてしまいました。

 来月は最終司法試験。貴斗の事で気が滅入ります日も多く、勉強もままならないです。

 このような事で私は大丈夫なのでしょうか?その様な事をお考えしながら貴斗の病室のドアをノックもせず入っていくのです。

 病室に入りまして、私の目が始めに捉えました光景は・・・。

「ナッ、何で、どうして?」

 私の目に映りました物とは・・・私が知っています女の子と貴斗がキスをして下さっています現場。

 唖然としてしまいまして、その場に固まってしまいました。

「あら、詩織ちゃん、来てたの」

 その様な行為をしていたのに・・・。

 彼女、春香は平静な顔で私にそう言って来たのです。

 春香は今月の27日に退院を果たしていました。

 彼女はよく貴斗と顔をお合わせになっています事を知っていましたが、その理由を知ってはいなかったのです。

「春香、どういうことなの、ご説明して欲しいですわね」

 冷静でいられなかった私は据わった目で彼女に問いただしました。

「どうもこうもないよ、貴斗君は私の恋人だもん、キスくらいしたって当然よ」

 彼女は妖しい笑みでとんでもないお答えを返してくれるのです。

「・・・春香、ハッ、恥ずかしいからそんな事、言わなくてもいいだろ」

 貴斗、彼は表情を紅くしながら彼女にそう言ったいました。

「春香、嘘だと言って、二人して、私に冗談を言っているのですよね」

「うそも、何もないよ、私と貴斗君はコ・イ・ビ・ト、恋人よ」

 彼女はまたも妖しい笑みで私にとどめのお言葉を刺してきたのです。

「うっ、うそよ、ウソ、うソ、嘘」

 不条理、理不尽、悲惨、惨劇、残忍、残酷、無慈悲、無常、無情、無理無体、最悪。

 神様が居たら怨まずに入られませんでした。どうして、このような事になってしまったのでしょう。

 私の所為なの?あの時に、貴斗を見捨て仕舞いましたあの所為・・・。

 お願いです、お願いよ、悪い夢なら覚めて、覚めてったら・・・。

 いつの間にか涙を流し病院の外に出ていた。

 あんなところを見てしまい、あのような事を言われても・・・、それでも私は貴斗が・・・。

 どの様な現状を見せ付けられましても、私のこの気持ちは変わりようが有りませんでした。

 私は、昼間に見ましたものを何かの悪い夢だと思いまして、まだ日も落ちません夕方、八神君、柏木君、そして、香澄と春香をあつめまして、私と貴斗を含めました六人で小さな貴斗のバースデー・パーティーを開いて差し上げたのです。

 柏木君は八神君にお願いして無理にお誘いして戴いたのです。

 香澄には私からご連絡をいたしました。

 春香は柏木君をお誘いすれば同伴すると思いまして連絡は入れませんでした。だって・・・、怖かったですから。

 電話でご連絡をしました時、八神君から貴斗のことで私が知りませんでした事を教えてくださいました。

 それは貴斗の三年間記憶が少しずつ甦っています事を。どうして、いつも貴斗は私に隠し事するの?そんなに私は彼にとって信じてくださらない、頼りになりません女の子なの?しかし、それを貴斗に聞きましてもお話を反らしてくださって、真相をお言葉にはしてくださらなかった。

 パーティーが始まりましてからどのくらいお経ちしたのでしょうか?

 途中で私の可愛い後輩の翠ちゃんと私も良く知ります彼女のお友達二人が、学校の帰りなのでしょうか制服で姿をお見せになったのです。

 合計九人で貴斗の病室を占拠いたしました。

 個人病棟でしたので大きく騒ぐ事をしませんでしたら他の患者さんに迷惑のかかる事はありません。

 やがて小さなお誕生日会は終焉に向かいつつありました。

 貴斗、以外はみなお酔いになっているご様子。

 未成年の三人は八神君と香澄が強引勧めてしまいまして酔ってしまわれています。

 皆様が完全にお酔いになられましてから私は一つの言葉、貴斗に再び、告白する言葉をおかけしました。

 私も酔っています状態で・・・・・・・・。

「タカト、貴方にもう一度確認したい事があります・・・、私を貰ってください・・・・・・アハハハッ、恥ずかしい」

 怪我人でして、お酒を口にしていません貴斗がお返ししてくださったお言葉は。

「断る」と冷静な口調でお言いになったのでした。

「あれっ?アハハハッ・・・、冗談ですよね?・・・ネェ貴斗、嘘ですよね??・・・、だって、だって記憶、戻ったんでしょ?」

「二事はない」

「ドッ、どうしてそんなこと、言うのですかっ!?」

 貴斗のそのお言葉に私は酔いが急激に醒めてしまいました。更に言葉を続けようとしましたときに私より早く口をお出しになったのは翠ちゃんでした。

「詩織先輩、いい加減にしてください貴斗さんがそう言っているんですから諦めたらどうなんですか!!!それに先輩自身、一度は貴斗さんのこと、見捨てているでしょっ!!」

「翠、アンタ何を言ってんのか分かってんの?貴斗としおりンの関係に翠が口を挟むことじゃないでしょ?」

「春香お姉ちゃんから柏木さんを奪った人が口を挟まないで下さい・・・。私だって・・・・・・、私だってずっと貴斗さんのこと好きで、どう仕様もなく好きで・・・・・・・・・、それでも我慢してきたのに・・・」

「アン時に翠ちゃんには分からなかっただろうけどな、大人の事情ってもんがあるんだ。隼瀬に謝れよ」

「大人の事情ってなんですか?春香お姉ちゃんが眠っている間に、お姉ちゃんから柏木さんを奪うことですか?」

「みどりっ!!お姉ちゃん怒るわよ!馬鹿なこと言ってないで香澄ちゃんにも詩織ちゃんにも八神君にも・・・、みんなに謝りなさい!!!」

 私が弄しました策は余計に事を掻きまわしてしまった様で。・・・長い間、翠ちゃんと接していましたのに彼女が貴斗の事を想っていました何って気付けませんでした。

 春香と貴斗がきっ、キスをしていますところを見てしまいましても、

 翠ちゃんが貴斗の事をどうお想いになっているのかを知ってしまっても、貴斗のあの様なお返事を戴いてしまっても・・・・・・。

 私の気持ちは変わらない、どうして?

 貴斗が私にとって大切な人だから、彼が愛しいから、彼が大好きだですから、彼を愛していますから。

 貴斗のいない世の中なんて・・・、そんな世界なんて要りません。

 消滅してくださっても・・・。

 私の悪夢はいつ終わりを告げてくれるのでしょうか?

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