第三部 狙われた極上の時間

【第四五話 沸き立つ新成人】


「それでは、皆さんの成人としての日々が健やかに過ごせるように祈って、簡単ではございますが、これを祝辞とさせて頂きます」


 髪の毛が半分以上は白くなった年配のスーツ姿の男性が、拍手を受けて舞台から降りて行く。彼が登壇してから、十二、三分は経過してただろうか。


 やっと終わったか。何が簡単ではございますが……だ!


 成人式の式典が始まってから、色んな人の長々と面白くない話を、じっと座って聞いてなくちゃならない私を含む新成人の皆んなの気持ちを考慮してくれ!

 こちとら、ただでさえ着慣れてない着物を着ていて、姿勢も窮屈なんだよ。


 どこのどういった人物なのかは、興味ないから覚えてないけど、こういう堅苦しくて無駄に長い時間をかけるトークは、私が所属する芸能事務所のゼノンでは有り得ないぞ。


 シンプル且つコンパクト。それがゼノンの社是しゃぜだ。私もゼノンに所属して、間もなく二年が経つけど、こういう所を世間に浸透してほしいと切に願うわ。


「市長、ありがとうございました。それでは最後に皆様にサプライズゲストを紹介します」


 司会進行の男性がマイク越しに声を張るから高周波のノイズが耳に気持ち悪い。マイクで拾うんだから、大きな声を出さなくても聞こえるし、ノイズは本当に不快になるからと、私もゼノンから徹底されている。

 もちろんライブなどで歌う時は声を張るので、ノイズカットされてる専用の値段の高いマイクを使っているから大きな声でも大丈夫だけどね。

 そのマイクを、一回だけ壊した時は凄い目で睨まれたなぁ……。


 それよりさっきの話が長い人は市長だったんだ。知らなくてごめんなさいだ。

 それに……サプライズゲスト? こんな田舎の市町村の成人式にゲストで来るなんて、余程のヒマ人なんだな。


 って、失礼か……すみません。


「ねえ、美優みゆ。仮にも芸能人でしょ? 誰が来るとか事前に何か聞いてないの?」


 隣に座っている小学校からの仲の良い友達が小声で聞いてくる。

 私も仕事が忙しいので、連絡は取ってるけど実際に会うのは随分と久しぶりで、変わらない友達の姿と態度に安心して嬉しかった。

 他の知ってる同級生も、よそよそしくする事なく、変わらない態度で接してくれてたのは本当に嬉しかった。


「えー? 知らないなぁ。同じ事務所だって他の人のスケジュールなんて知らないのに、事務所が違うなら尚更だよ」


 それに仮にじゃなく、私は正真正銘の芸能人なんですが……。


「芸能人とは限らないよ。アスリートの誰かとか、政治家の人とかかもしれないよ?」


「えー。そんなのつまんない。芸能人じゃなかったら美優が登壇してね!」


「何でよ⁉︎ 私は今日はイチ新成人なの!」


 そうは言ってもマスコミの人とかは外で待機している。会場に入る時に確認した。成人式を迎えた後の私のコメントを取りたいのだろう。

 こういう時くらいは、そっとしておいてほしいと思うのが普通の芸能人なんだろうけど、私の場合は少し事情が違う。


 シャイニングとしての活動期間は残り二年しかないんだ!


 式典は大人しくしてたいけど、実は終わった後は盛大に目立とうと考えていた。週刊誌やワイドショーなどで【アイドルグループ シャイニングの成人式】みたいなサムネイルで取り上げてもらおうと画策しているのである。

 なので、マスコミが来てくれていて助かっている。もしマスコミが来てなかったらSNSなどで自ら拡散しなければならなかったからね。


 同じく今日、成人式を迎えるメンバーのりんちゃん、ゆいちゃん、彩香あやかちゃんとも話し合い、各地でシャイニングとして目立つように頑張ろうと意気込んで来ているんだ。


 この後が私の本当の式典の始まりなの!


 友達には今日の私は芸能人じゃないみたいに答えたけど、終わった後の外で、サプライズ的にやらかす予定なのだ。許せ、友達よ。


 会場の空気は、さっきまでの落ち着いた空気とは違い、新成人の皆んながザワザワして誰が来るのか落ち着かない様子です。

 ただ、皆んなとは違う意味で私も誰か気になる。


 ——お願いだから、私より目立つなよ!


 今日のメインサプライズはシャイニングなんだ。頼むから大御所は来ないでくれぇ。


「なあなあ、誰かな?」

「去年とかは演歌歌手が来てたらしいぜ?」


 何! 去年はそうなのか!


「今年は伊吹いぶきが居るだろ?」

「ピンで紹介されたりしてな!」


 それはそれで嬉しいけど、残念ながらその予定は無いです! 流石に本人や事務所の承諾無しでのセッティングは無いです。なので私ではありません。


 友達たちが好きに喋ってるのを横耳で聞いているけど、誰がサプライズゲストで紹介されるのかを、この場で一番気にしているのは確実に私だろ。間違いなく。


 誰だ……誰だ……誰だァ⁉︎


「それでは登場してもらいましょう。この方です!」


 司会の人が言い終わる前に舞台袖から現れ、中央の台座の所へ歩いてゆく人物を見た瞬間に、私の思考は表情と共に完全に止まってしまっていた。


 ……ウソでしょ……。


 逆に、私ただ一人以外の新成人の皆んなは、現れた人物に対して、立ち上がって盛大に拍手や嬌声を浴びせている。


 ——え、何で? 何で⁉︎


 薄紫色の胸元が開いたドレスに身を包み、髪の毛を巻いてアップにして台座の前に立つそのは、まるで銀座のナンバーワンキャバ嬢みたいにきらびやかな美しさに溢れていた。


 会場の空気は一気に熱を帯びて、皆んなが興奮を隠し切れずに盛り上がっている。

 ただ現れただけで、ものの数秒で会場の全ての人のエネルギーを一点に集めてしまった。

 私ただ一人を除いて……。


「こんにちわ。トゥインクルの木田麗葉きだれいはです。皆さん、ご成人おめでとうございます」


 軽く会釈して、そう挨拶する麗葉さんの微笑みは、この世に舞い降りた女神と言っても過言ではないほどに魅力的だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る