【第三八話 ビーフorチキン?】

【第三八話 ビーフorチキン?】


「今日はお疲れ様でしたー! かんぱぁーい!」


 お酒の入ったグラスやビールジョッキが次々と高く持ち上げられる。

 この後、車の運転をする者や、私達未成年者はもちろんノンアルコールかジュースで。


 新曲【聞いてほしい子猫のように】のお披露目ライブが終わった後、各自の仕事が済んだ者からこの焼肉店へ続々と集まるので、人が増えるその都度、乾杯の音頭をやるから、もう何度目かも忘れてしまった。


 シャイニングの初ライブの打ち上げで利用させてもらってから、この店で打ち上げをやるのは今日で四回目かな?

 メンバー全員が気に入ってるし、何日か前から予約すれば貸切りに出来るから重宝していた。

 支払いはシャイニングメンバー全員で割り勘している。六人で割るから金額が思った以上に高くならないから助かるよ。


 普段お世話になってるスタッフの方へのお礼を込めてご馳走様したいという意味で、ここで最初に打ち上げをやろうと言い出したのは唯ちゃんだ。

 そうやって周りの細部まで気を遣える唯ちゃんは、本当に良いお嫁さんになると思う。

 様々な現場でも、現場に居る人に感謝のお辞儀を忘れないんだから、まさしくアイドルの鑑だよ。


 本当はリーダーの私がやらなくちゃならないのに、

「美優ちゃんは麗葉さんみたいに完璧じゃない方が美優ちゃんらしくて良いよ。それに一人で背負おうとしないで。私達は六人でシャイニングなんだから、六人全員でシャイニングを支え合おうよ。ね?」

 なんて言われたものだから、すっかり甘えてます。頼りになる仲間が居て、私は幸せ者だぁ。


 打ち上げには、横山さんはじめ、ゼノンの社員の人はもちろん、シャイニングのライブに携わる社外の人も含めて全員を招待している。

 もちろん強制ではないから、仕事や家庭の都合で来れない人はいる。

 それでもいつも二、三十人は集まってくれていて、主催する側としては嬉しい限りである。


 ただ、一番焼肉をご馳走したい横山さんだけは、未だに一度も来てくれてないのが残念なんだよねぇ。ま、仕事が忙しいだろうから仕方ないか。


『美優。カルビのおかわりだ』


 そうそう。今日はロッキーも居たんだった。


 今まで、お店に入れないと思って連れてきた事は無かったけど、試しに聞いてみるとオーナーの佐川さんから軽く「いいよ」と許可されたのだった。

 そんなに軽く言うならもっと早く言えば良かった。

 しかし、よく食う鳥だな。お前の口に合わせてハサミでサイズ調整するのは誰だと思ってんだ。


「本当によく食べるねー。そんなにいっぺんに食べると、お腹壊すよ?」


『心配ない。それよりこんな美味い食事があるのを何故もっと早く言わんのだ。われは動けなくなるまで食うぞ』


「そうですか……と」


 ま、喜んでるならそれでいいや。焼き上がったカルビをハサミで小さくカットしてあげてる時だった。


「お疲れ様です。やぁ、やってるねー」


 お店のドアが開いて現れたのは、なんと横山さんだった。


「横山さん! 珍しい。どうしたんですか?」


「たまにはね。なんかそんな気分だったんだ。あ、ノンアルコールのビールで」


 私の隣の席に着いて、誰にともなく注文を入れる。こんな時でも流れに無駄がない。


「ほぉ。ロッキーくんは焼肉も食べるのか?」


『うむ。初めて食すが、こんな美味いものを我に隠れて食ってた美優には失望していたところである』


 おい。完全に私が悪いみたいに言うな。


「横山さんはロッキーを知ってるんですか?」


 シャイニングは同じテーブルに居るので、唯ちゃんが驚いて不思議そうに見ている。事情を知ってる凛ちゃんだけは素知らぬ顔だ。


「君たちのことは知らないことはない程に何でも知ってるよ。僕は千里眼の能力があるからね」


「えぇー!」


 横山さんはニコニコ顔を崩さずに、おどけて言ってるけど、私と凛ちゃんだけはその千里眼の正体を知っている。工藤さん達の事だ。


「それでは! チーム・シャイニングのトップの横山さんがいらっしゃったので、乾杯の音頭をとらせていただきます!」


 横山さんのノンアルコールビールが運ばれてきたので、話題を逸らす為にも、立ち上がって注目を集める。


「いつから僕はチーム・シャイニングのトップなんだい?」

「そんなの最初からに決まってるじゃないですか」


 やれやれ……と諦めたような横山さんにグラスを持たせて、私はウーロン茶を掲げる。


「今日、何度目か分かりませんが、シャイニングのリーダー伊吹美優。やらせていただきます!」


 あちこちで拍手喝采である。こういう時はノった者勝ちだ。


「細かい事は言いません。これからもチーム・シャイニングは、ますます輝いていくぞ! かんぱぁーい!」


 シンプルにコンパクトに。これぞゼノン流。


「伊吹さんはゼノンの取り扱い方が身に付いてきてますねぇ」


 皆んなの乾杯の後、横山さんはテーブルのサラダをモシャモシャ食べながら感嘆としていた。


「でもあまり染まりすぎないようにして下さいね? 伊吹さんは伊吹さんのままが一番の魅力なんですから」


「ありがとうございます。はい、大丈夫です。たぶん」


「今日のライブもお疲れ様でした。まさか、みたらし団子が正式にマイクや振り付けに採用されるなんて思わなかったよ」


「私もビックリです」


 マイクは美術さんが会社にゴリ押して。振り付けは唯ちゃんがトレーナーの佐々木さんにゴリ押して実現している。


 そんなに良かったのか? あの、みたらし団子が?


「せっかくなので、横山さんに聞いておきたい事があるんですけど、いいですか?」


 おっと。そう言う花梨さんの目は真剣だ。


「何かな?」


「今回の新曲。最初から私達が獲れると思ってました? あまりにもシャイニングが当て馬にされてる気がしてたものですから……」


 うわぁ。相変わらず花梨さんはズバッと聞くねぇ。でも横山さんが何て言うか気になる。


「それは一概には言えないな。どうなるかなんて全く予想してないよ。新曲をトゥインクルと競わせたら、シャイニングは一体どんな輝きを見せてくれるのか……それを見たかっただけだからね。そしてその輝きは僕の予想以上に眩しかった。素晴らしいパフォーマンスだったよ。あのズッコケは」


 そこかよ!


 テーブルに笑いが溢れる。もう笑ってろ、笑ってろぉ!


「冗談はさておき、今回の曲は女の子の切ない気持ちを表した曲調なのに、わざと明るい感じの振り付けや衣装とセットを組みました」


 やっぱり。おかしいと思ったんだよ。


「やはり。変だと思ってたんです。でも言い出す勇気もなくて美優ちゃんに委ねてました」


 花梨さんもそう思ってたんなら、早く私に正直に言ってくれたら良かったのに。


「チグハグな条件下で、誰がどんなパフォーマンスをするのかを見てました。これからもこうして色々と試される機会が増えますから、気を抜かないでおいて下さいね? シャイニングは残り二年半、駆け抜けますから」


「はい、分かりました!」


 そう、残り二年半しかないんだ。悠長に構えてなんていられない。どんどん仕掛けていかないとだ。


「その中で、伊吹さんのお団子のパフォーマンスは見事としか言いようがない。トゥインクルを巻き込んだあの盛り上がり方は予想以上ですよ」


「ありがとうございます。でもそれでも麗葉さんに、してやられました」


「麗葉くんの願い事も見事だ。二人とも状況に応じて大きなチャンスを作り出している。トゥインクルもシャイニングも、ますます盛り上がって行く。喜ばしい限りだよ」


 横山さんはご満悦の様子だけど、麗葉さんだけ〝麗葉くん〟て呼ぶんだね。何か特別な関係なのかな。


「確かに犬耳の巫女さんは可愛いけど、決め台詞に欠けます。よって、猫耳メイドのみたらし団子に及びません。美優ちゃんの勝利よ」


 いや、彩香ちゃん。その褒め方? 持ち上げ方?

 リアクションに困るような分析を披露しないでほしいわ。


「今回のトゥインクルとの合同企画で、シャイニングの知名度は急上昇しました。皆さんの目標はトゥインクル越えなんですものね。夢物語ではなく、現実的に考えて達成は可能だと僕は思います。頑張りましょう」


「「はい!」」


 横山さんの一声でテーブルはピリっとする。他の誰よりも、横山さんの後押しは確かな自信に繋がるので、凄く嬉しい。

 締めには、ちょっと流れが早い気がするけどサクサクと締める。これもゼノン流。


 皆んなの目が、これからのやる気でメラメラと燃えている。うん、やってやるぜ!


『むうぅ……もう食えん。苦しい……』


 テーブルでお腹をはち切れそうな程パンパンに膨らませたロッキーが、フラフラと突っ伏している。


 お前、マジで食いすぎだよ……。

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