【第三一話 串に刺さった団子、団子】


「はい、本番入りまーす! よーい!」


 ディレクターの人が掛け声をかけて、カメラ、照明、音響と、それぞれのスタッフさんが続々と配置に着いて行く。

 猫耳を着けたメイドさんが私を入れて十六人、それぞれの始めの立ち位置に移動する。

 新曲を奪い合うトゥインクルとの合同パフォーマンスの収録がいよいよ始まる。


 あれから一ヶ月、自分達の仕事をしながら自主トレをして、歌や振り付けは完璧に覚えている。それは問題ない。


 問題は自己アピールをどうすればいいか決まってない事だ!


 何より生放送だって知ったのは、つい最近だ。もちろん事前に連絡はされている。他のメンバーも知っていた。

 けど私が知ったのがつい最近だってだけで……どんだけ、めでたいのよ伊吹美優!


 放送直後に、ファンからのサイトへの投票が開始されて、投票期間は一週間。

 放送後も各SNSを通じてアピールは出来る。けどやはり最初のインパクトは超重要で、そこでのスタートダッシュを決めた者が勝つのは目に見えている。


 理屈じゃ分かってる。分かってるけど、何も思いつかないんだよお!


 髪型もハイツインテールにして猫耳に映えるし、メイド衣装も私に良く似合っている。自分で言うのもアレだけど、めっちゃ可愛くなってると思う。

 でも、それだけじゃトゥインクルや麗葉さんに勝てる訳ない。


 麗葉さんの猫耳メイド姿も、めっちゃくちゃ可愛いんだもん——!


 麗葉さんを凌ぐインパクトあるが無いと、トゥインクルになんて勝てる訳ない。


「花梨さん……どうしよう。始まっちゃう」

「どうしたの? 珍しく緊張してるの?」


 本番までまだ数分あるので、助けを求めて隣にいる花梨さんにしがみつく。


「どうしたらいいか分からないの。どうしたってトゥインクルに勝てる訳ないじゃん。何にも秘策なんて無いの。でも負けるのも嫌なの。怖いの……」

「こんな本番直前で言うなんて美優ちゃんらしいと言うかなんて言うか……よしよし。大丈夫よ」


 こういう時の花梨さんは凄く頼りになるし、安心する。あの会議室でシャイニングが発足した時も、こうして抱きしめてくれて私を落ち着かせてくれたっけ。

 抱きしめて頭を撫でてくれる花梨さんに、このままずっと甘えていたかった。


「美優ちゃんはリーダーとして責任を感じてるのね。でも安心して? 私達皆んな、シャイニングが新曲を獲れなくても誰も責めたりしないから。誰が悪いとか考えに無いから。ポッと出のシャイニングがトゥインクルと同じステージに立てるだけで凄い事よ?」


「うん……」


 花梨さんの優しい語り掛けで、心が浄化されてくのが自分でも分かる。


「新曲の奪い合いって考えるんじゃなくて、トゥインクルと同じ曲で同じステージに立ってるって喜びを感じましょう?」


「うん……そうだよね」


 本当はそう言ってほしい訳じゃないけど、それはそれでいいかもしれない。

 トゥインクルを越える! って、気持ちだけが焦って前のめりになってたのかもしれない。

 そうだよね。せっかくのこの機会を楽しまなくちゃ勿体ないよね!


「でも美優ちゃんは負けず嫌いな性格してるからねぇ。そう言われてもしっくりと来ないでしょう?」


「——うん」


「私達が支えてるから、美優ちゃんは一回だけ勝負してきて?」


 ん? 何か流れが変わりました?


「美優ちゃんは最後のカットで麗葉さんと二人でポーズ取るでしょう?」


「う、うん」


 一応、シャイニングに気を遣ってくれたのか、パフォーマンスの締めは麗葉さんとツーショットのカットで終わるようにしてくれていたので、リハーサルでも麗葉さんと同じようなポーズを決めて締めるようにはしていた。


「そこで麗葉さんを出し抜いて美優ちゃんをアピールして来て!」


「えぇっ!」


「奇襲よ。生放送なのを利用しましょう?」

「え、でも麗葉さんに……」


「そうでもしないと勝てないわよ? それに負けると分かってて何もしないで負けるだけなら、やるだけやって勝てなかったって方が、私達の実力が足りなかったんだって、後で割り切れる。そうじゃない?」


「そうだけど……何をしたらいいかが分からなくて」


「美優ちゃんは考えちゃダメ。その時に感じたままを表現すれば良いの。美優ちゃんは計算高い女になれないんだから、諦めてありのままをぶつけておいで?」


 サラッと凄い事を言うね。


「うん……分かった。ノリでやってくる」


 花梨さんから身体を離して決心を固める。もう不安は消えていた。出たとこ勝負、上等!


「ありがとう花梨さん。大好きだよ」


 気分を立ち直らせてくれた花梨さんに、感謝の気持ちを伝えたくて自然に出た言葉……これがいけなかったのか?


 ほんの一瞬の早業で、唇にチュッとキスをされてしまった——!


 え……え?


「軽いおまじないよ? 足りなかったらもっと強いおまじないもあるのよ。する?」


「いや、今はちょっと——」


 今は……じゃないでしょうよ!

 花梨さんに期待させちゃったんじゃないの⁉︎


「ふふ。じゃ、後でね?」


 微笑んで自分の立ち位置に移動する花梨さんの顔は、あのお風呂での艶やかな花梨さんそのものだった。


 あわわわわ。あっちもこっちも大渋滞にゃ!


 自分の立ち位置に戻って深呼吸して落ち着かせよう。

 うん。やるだけやってみるか! 花梨さんのおかげでスッキリしている。あのキスも、私の不安や緊張を取る為にわざとやったのかもしれない。

 歌い終わった後のノリで勝負だ!




「本番! 5秒前! 3……2……1……」


 一瞬の間があってからイントロが流れ出す。出だしは全員座っていて、ニャンニャンポーズから始まり、その後は本当に自由に個々がステージを駆け回り、パフォーマンスを披露する。

 サビまでの自由の振付けの所は「とにかくニャンニャンしてなさい」とは、トレーナーの佐々木さんの言葉だ。


 「私が目を見つめて」

 「話をしたら」

 「あなたはじっと見つめ」

 「黙って去っていくの」

 「ツンツンしたように」

 「ちょっと怒ってるの」


 新曲の【聞いてほしい子猫のように】はイントロからAメロに移行してで流れている。

 それぞれイヤホンマイクを装着して、歌ってるようにしてるけど……すいません。口パクです。

 まだCDで出せる程に習熟してないし、そもそもどっちのグループが出すかも決まってないから、とりあえず音源だけは予め全員分を録音してあるのを編集して流してるのである。

 それに今回のメインは個々のパフォーマンスなので、歌についてはファンの皆様におかれましては忖度してくれると助かります!


 「私が目を潤ませ」

 「涙流したら」

 「あなたはじっと見つめ」

 「そっと寄ってくるの」

 「デレデレしたように」

 「ちょっと優しいの」


 曲も、もうすぐサビの部分に差し掛かろうとしていた。

 セットは円形テーブルが六卓あり、それぞれのテーブル毎にスイーツが並べられている。

 トゥインクルの子たちもシャイニングのメンバーも、それぞれがスイーツを手にカメラに向かってアピールを忘れない。


 ショートケーキの生クリームを鼻につけて照れる子も居れば、カメラに向かってチョコを食べさせようとしてる子も居る。


 皆んな上手だなぁ。


 生放送のテレビだし、立ち尽くしてる訳にもいかないので、とりあえずカメラに向かってニャンニャンしてみるけど、なんとなくこのセットと曲調が合ってない気がして、私は苦戦していた。

 この曲の歌詞って、明るい感じじゃなくて少し切ない部分があって、どう表現していいかずっと悩んでいたんだ。


 ニャンニャンって、明るく媚びる女の子ってイメージがあって、私は曲調との温度差に違和感を抱いていた。

 子犬が寂しそうに、クゥンクゥンとしてる映像しか頭に浮かばなくて、それを子猫に置き換えたら、どうなるかが全然思いつかない。


 「話したい事があるんだけど」

 「いつもの私の猫耳を立てて」

 「話を聞いてよ」

 「大事な話なんだよ」

 「黒いワンピースと白いエプロンはどこ?」

 「聞く耳立ててよ」

 「ちょっと怒ってるの?」


 悩んでても時間はどんどん過ぎて行き、答えは出ないまま、とうとうサビまで来てしまう。

 サビの部分は全員でテーブルの前で、練習した振付けでパフォーマンスするんだけど、この振付けも違和感があって、形だけは完璧にしてるけど、完全には自分のものにしてるとは言えなかった。


 どうしよう花梨さん……何にも思いつかないまま、サビが終わりそうになるよ。

 やっぱり私には無理だったんだよ。これはもう大人しく諦めた方が良いのかもしれない。


 グッバイ……私の猫耳メイド。


『食ってくれぇ! 早く俺を食ってくれぇ!』

『僕も僕も!』

『何を言う!私こそ——』


 ほとんど諦め気分で最後の締めのポーズを取るテーブルの前に移動してる時に、変な声が沢山聞こえてきた。


 え? って思って視線を上げた目の前のテーブルには、みたらし団子や色取り取りの饅頭が、ずっしりと綺麗に盛り付けられていた。


 このテーブルは和菓子のテーブルだったのか。綺麗なままで残ってるのは、衣装がメイドさんだから洋菓子の方が映えると思って、誰も手に取らなかったのかもしれない。


『頼む、嬢ちゃん。俺を食ってくれぇ!』

『抜け駆けは許さん! 俺だ!』


 そんな事してる時間なんて無いはずなんだけど……何故か、一番上のみたらし団子を一本手に取っていた。


 これが喋ってるんだよね?


『そう、俺だよ。いいぞ! 固くならないうちに早く俺を食ってくれぇ! 美味いって言われたくて作られたんだ。生ゴミになんてなりたくねぇよー!』

『てめぇ、ずりぃぞ!』

『一番上だからって特権活かしやがって!』


 手に取った瞬間にビビビっと頭に閃いたものがあった。これだ!

 ダッシュして麗葉さんの隣に移動する。この子は何故みたらし団子を持ってるの……て、言いたそうな麗葉さんの表情は置いといて、カメラに向き合う。


 ギリギリ。曲のアウトロも終わりになろうとしていた。麗葉さんはお決まりのニャンニャンポーズを取っている。

 私もそれに近いポーズを取っておく。だけど踵は浮かしたままで。

 アウトロも終わり、一瞬の沈黙が訪れる。時間にして数秒しかないはずだけど、この数秒に全てをかける!


『何だよ嬢ちゃん。早く食えよ!』


 サッと麗葉さんとカメラの間に入り、やや内股で前のめりに屈む。

 胸元が少し空いてる衣装なので、胸チラを狙ったものだ。ちょっとエロさを出すのが肝です!

 両肘を畳み、左手で猫耳の先を摘み、垂らすようにする。

 右手はみたらし団子を持っていてカメラに差し出す。肘は畳んでおかないと胸元が見えないからね!

 そして表情が最も大事。お兄ちゃんに許しを請う妹のように、申し訳なさを含んだ上目遣い。

 潤んでたら最高だったけど今は仕方ない。さらに決め台詞!


「おみみたらし団子、あ〜んだにゃん……」


 ちょっと切なく言うのがポイントです。

 みたらし団子で異性に許しをもらおうとする、甘えたな子猫の出来上がり!


 これなら新曲の歌詞とも繋がってるよね。やったよ花梨さん。私、やったよ!


「カーット!」


 ディレクターのカットの声が入り、テレビの生放送はこれで終わる。

 ふと、カメラのレンズ越しに反射して映る麗葉さんの表情が、笑顔から無表情。

 無表情から嫌悪に変わってく様子が見てとれた。

 ポーズを取ったまま動けない。


 花梨さん……私、やっちゃったの……かな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る