第42話

42 シャル・ウィー・ダンス


 ロックは足を完全にやられていたので、ワットが肩を貸し、一緒になって立ち上がる。

 セブンオーセブンは、いつもより深く唸っていた。


「ふむぅぅぅぅ……。我輩は紅茶と同じくらい、多くの命を嗜んできたが……。

 しかし初めてだよ、キミたちのような命は……。

 完膚なきまでやられたのにもかかわらず、逃げ出すどころか命乞いすらしないとは……。

 最後の一瞬まで命を燃やそうとするキミたちは、ゴールデン・ドロップと言えなくもないかもしれないな……」


「ならテメェを、出がらしにしてやるよっ!」


 ロックを支えて走り出すワット。

 セブンオーセブンめがけて大ぶりのパンチが繰り出されたが、スウェーでひょいとかわされてしまう。


「そうなるのは、キミたちのほうが先だろうな」


 的確なショートフックがロックの頬を捉える。

 ロックは「くそっ!」と怯まず殴り返すが、また反対の頬を打ち据えられていた。


 もはや自分の足で立つこともできないロックは、血の詰まったサンドバッグ状態。

 ワットはなんとかしてセブンオーセブンのパンチを足でかわそうとするが、こんな二人羽織のような状態でうまくいくはずもない。


 しかしふとしたことで、転機が訪れる。


「やはりお嬢さんたちは、ダンスが上手ではないようだな」


「ダンス……!?」


 セブンオーセブンのその一言が、ワットのなかに天啓のように響く。


 その時ちょうどロックのパンチが外れて身体が泳いでいたので、ワットはペアダンスのパートナーを引き戻す要領で、腕をぐいと引っ張った。

 ワットの胸に飛びこむロック、その時、ムチのようにしなった裏拳がセブンオーセブンの頬をバチンと叩いていく。


 それは、ごく軽いラッキーパンチでしかなかった。

 しかしセブンオーセブンは、予想もしない所から飛んできた一撃に、「ぬぐっ!?」と豆鉄砲を食らったハトのような表情になる。


 ロックは「なっ、なにすんだよ、テメェ!?」と、ワットの胸の内で赤くなっていた。

 ワットは「わたくしのリードに従ってください」と、ロックの手を取る。


 そのまま、ワルツのようなポーズでステップを踏み始めるワット。

 水に浮かぶバラのようにクルリと回転すると、また偶然のように、裏拳がセブンオーセブンの頬を音高く打った。


 スパァンという小気味よい音とともに、「うぐっ!?」とよろめくセブンオーセブン。

 その2連続ヒットに、ロックもすっかり気を良くする。


「おおっ!? テメェ、こんなすげぇ技を隠してやがったのかよ!?」


「わたくしはこう見えて執事兼、ダンサーだったのですよ。

 わたくしがステップを担当しますから、ロックは攻撃をお願いします」


「よぉし、まかせとけ!」


「ふ……ふむぅぅ……。戦いの最中に踊り出すとは、どうやら恐怖で頭がおかしくなってしまったようだね。

 ならばこのまま、まとめて串刺しに……」


 セブンオーセブンはステッキによる鋭い突きを放ったが、華麗なるステップでかわされてしまう。

 そしてすれ違いざまのボディブローに、脇腹を突き上げられていた。


 「がはっ!?」と腹を押えて崩れ落ちそうになるが、寸前で踏みとどまるセブンオーセブン。

 しかし、そこから先は形勢が一気にひっくり返った。


 ダンスを駆使する敵など前代未聞、攻撃を仕掛ければ闘牛士マタドールのようにひらりとかわされ、手痛いカウンターをもらう。


「こっ、このような戦闘スタイルを持つ敵のデーターなど、この我輩のセマァペディアには……ぎゃっ!?」


 どこから飛んでくるかわからないパンチに、ガードを固めて戦々恐々のセブンオーセブン。

 その鼻先に、銃口が突きつけられた。


 ワットの動かなくなってしまった手をロックが取り、銃座のように支えていたのだ。

 間髪入れずにズドォンと火を吹いた拳銃に、セブンオーセブンは「ぎゃあっ!?」とブッ倒れる。


 銃弾を間一髪でかわしたかに見えたが、お気に入りのフェードラは吹き飛ばされ、撫でつけた髪にはミニバリカンが走ったようなハゲができていた。


「ぎゃっ、ぎゃあああっ!? 我輩の髪がっ!? 我輩の髪がぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?!?」


 頭を押え、この世の終わりのような絶叫を轟かせるセブンオーセブン。


「ますます男前になったじゃねぇか、ケツアゴスパイ。

 テメェのセマァペディアから、髪っていう言葉を消してやろうか」


「敗北という二文字を増やしてさしあげるのも良さそうですね」


 ハッと見上げるとそこには、ダンスのフィニッシュのようなポーズを決めるペアがいた。

 左手を取り合って高く掲げ、右手でひとつの銃を握りしめている。


 ゴリッと額に押し当てられた銃口に、セブンオーセブンは引きつれた悲鳴とともに両手を上げた。


「ひ……ひいっ!? ま……まいったともいえなくもなくもない! 我輩の負けともいえなくもなくもなくもないっ!!」


 遠くで、パトカーのサイレンが響く。

 ロックとワットはふと顔をあげた。


「珍しいな、このホワイトチャペルにパトカーなんざ」


「おそらく、ザアダさんが通報してくれたようですね」


 その、ほんの一瞬が命取りとなった。

 セブンオーセブンは履いていた革靴のカカトを、カチリと捻る。


 するとカカトの小さな穴から白煙が吹き出し、あっという間にあたりをもうもうとした煙で包む。

 ロックは煙の中で咳き込み、ワットは目をこすっていた。


「げほっ!? ごほっ!? な、なんだこれっ!?」


「セブンオーセブンさんのスパイグッズのようです。視覚センサーがやられてしまいました」


「チクショウ、ヤツはどこへ行きやがった!?」


 「ここだよ」とどこからともなく声がする。


「無粋な者たちが呼び寄せられてしまった以上、我輩は失礼させてもらおう。

 この勝負はおあずけ……といいたいところだが、残念だったね。

 我輩の毛髪を毛根ごと奪った以上、このまま黙って帰るわけにはいかなくもないのだよ。

 どちらかの命で、償ってもらうとしようか」


「なんだとっ!?」


 と振り向いたロック、その先に立っていたのは……。

 黄金に輝く銃を構えた、伝説のスパイであった。


「この黄金のセマァガンの装弾数は、わずか1発……!

 だが威力は絶大で、カスリ傷でも致命傷となるのだ……!

 この銃を向けられて生きていたものは、誰ひとりとしていないのだよ……!」


 勝利を確信したその笑顔は、命を狩る死神のよう。

 それはさしものロックも、本気で死というものを意識せざるをえないほどの、恐ろしいものであった。

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