第3話

03 おいらがショーン


 スターハイウェイと呼ばれる、地球を覆う網のように張り巡らされた高高度の光速道路。

 そのインターチェンジとなっているロンドン橋から北に行ったところに、ホワイトチャペルはある。


 ホワイトチャペルは教会にちなんでその名が付けられたが、今では新興宗教のメッカと呼ばれており、八百万の神たちがひしめきあう地区となっていた。

 ストリートは古代ローマにあった宗教建築を魔改造したような建物が並んでおり、軒先の聖女たちは通りがかる人を強引なポン引きのように引きずり込んでいく。


 この異様な光景すらも、ロックとトニーにとっては日常の風景。

 我が家に帰ってきたような気分で歩いていると、路地裏からひとりの子供が飛び出してくる。

 薄汚れたジャンパーにショートパンツの彼は、ロックよりも歳下で、トニーよりは歳上、いかにもガキ大将といった風情だった。


「兄貴!」


「おっ、ショーンか」


 ロックは嬉しそうに駆け寄ってきたショーンとゲンコツを打ち合わせる。


「さっきは助かったぜ。パチンコの腕前もだいぶ上がったな」


「あのくらい、朝メシ前っすよ! おいらはロンドンいち、いや世界いちのストリートギャング、ロック団のアンダーボスなんすから!」


「アンダーボス? なんだそりゃ?」


「ロック、それってボスのひとつ下の階級のことだよ。といってもロンドンのギャングじゃなくて、イタリアのマフィアの階級だけど……」


「おいトニー、余計なことを言うな! おいらがせっかく助けてやったってのに、生意気だぞ!」


「僕を助けてくれたのはロックだよ、ショーンじゃない」


 「なんだと!」「ケンカはやめろって」と賑やかに向かった先は、ストリートの片隅にある一軒の建物。

 聖堂と呼ばれる、古代ローマの建築様式を頑なに守った3階建てのビルであった。


 重厚な両開きの扉をくぐると、中には派手な格好をした女性と、聖父せいふと呼ばれるこの聖堂の主がいる。

 女性は奥の神像に向かって祈りを捧げていたが、ハッと振り返ると、涙でぐしゃぐしゃに汚れた化粧顔を振り乱す勢いで飛んできた。


「と……トニーっ!」


 「ママ!」トニーも走り出し、木の長椅子が並ぶ聖堂の中心でひしっと抱きあった。

 女はトニーにこれでもかと頬ずりしたあと、キスの雨を降らせる。


「ああっ、無事でよかったぁ! なにか変なことはされてないかい!? どこもケガはしてないかい!?」


「うん! 僕はなんともないよ! ロックが助けてくれたんだ!」


 すると、女の興味はロックに向けられる。

 彼女は木から木へと飛び移るモモンガのように、「あ……ありがとう、ロックぅー!」と飛びかかっていく。

 キツツキのような動きでキスを繰り出すが、インパクトの寸前にロックからガッと頬を掴まれてしまった。


「やめろ、ザアダ! おれは女は大っ嫌いなんだ!」


「またそんなぁ! 今日こそはあんたのファーストキスを、あたいがもらってあげるからさぁ!」


 ロックとザアダが揉み合っていると、ふたりの前に聖父がやってきた。

 黒いローブに身を包んだ白髪の聖父は、人の良さそうな顔をしわくちゃにして笑う。


「ああ、ありがとう、ロック。トニーを見つけてくれて」


 ロックはザアダの顔を突っ張りで押し返しながら答える。


「礼なんていらねぇよ、トマス。おれは当然のことをしたまでだ。それに、礼を言うのはこっちの方かもな」


「ということは、トニーはやっぱり……?」


「ああ、トマスの言ってたとおり、人さらいだった。ロンドンでガキをさらうのが流行してるってのは本当だったんだな」


 今朝、このホワイトチャペルで娼婦をしているザアダが聖堂にやって来た。

 ひとり息子であるトニーが昨晩、家を飛び出したまま帰っていないという。


 このロンドンにおいて、娼婦の息子が行方不明になるのは、放置していた自転車を盗まれたくらいの事件性しかない。

 国家警察も民間警察も相手にしないので、ザアダのよりどころは聖父トマスしなかった。


 トマスの聖堂は孤児院も併設していて、この街の娼婦たちが事故的に生んでしまった子供たちを引き取って育て、養子や里親に出している。

 そして娼婦たちの駆込み寺でもあったのだ。


 ザアダの話を受けた聖父トマスは、すぐさまロックに相談を持ちかける。


「ロック、トニーが昨晩から家に帰っておらんそうじゃ。

 これは聖父たちの寄合いで聞いた話なんじゃが、最近このロンドンで子供たちを狙った人さらいが頻発しておるらしい。

 主に身寄りのない子供たちを狙い、さらった子供たちはテムズ川を利用して運んでおるそうじゃ。

 川のまわりは特に霧が濃くて、夜だとほとんど目立たないからのう」


 それから先のことは、もはや説明するまでもないだろう。

 テムズ川を最初の手掛かりとしたロックは、川べりのホームレスたちに聞き込みを開始。

 トニーをリレーした運び屋たちを次々と見つけ、その全員をぶちのめし、夜までに例のボートへとたどり着いたというわけだ。


 そう、ロックはホワイトチャペルの街をしきるストリートギャングであったが、同時に街を守る掃除屋でもあった。

 東にタチの悪い男につきまとわれる娼婦あらば、その男をぶちのめして身体に言い聞かせる。

 西にドラッグを持ち込もうとするチンピラあらば、ぶちのめすだけではすまない。

 その大元にまで乗り込んでいって、組織ごとぶっ潰す。


 ロックは他人の心が読めるというセマァリンと、頼れるロック団の子供たちを駆使し、街の平和を守っていたのだ。

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