提案

「さて皆さんクラスの文化祭の出し物について出していただきたいと思います。まずは、話し合ってみてください。」

季節は秋。秋といえば文化祭、みんなガヤガヤと楽しそうに盛り上がっている。もちろん、私も例外ではなく心の底からワクワクしている。教壇には我らが学級委員長、桐谷椿が立っている。今日も今日とて私たちの親友は麗しい。

「まーちゃん、何がいいと思うー?」

「うーん…。無難に喫茶店とかは?」

「いいね!それ、みれいウェイトレスさんやりたいなぁ。」

うわぁ。絶対似合う。尊すぎて語彙力を失う自信がある。ふわふわの髪の毛を黒いリボンでポニーテールして、カフェの店員さんみたいなかっこかわいい制服を着て…。美澪はスカートかな、めちゃくちゃ似合うんだろうなぁ。椿は、あえてパンツスタイルがいいなぁ。足が細くてモデルみたいだからきっと映える。私は裏にでも回ってお菓子作りでもしたいなぁ。シフォンケーキに、紅茶とクッキーのティーセット…。いい。すごくいい。

「…ちゃん、まーちゃん?」

「…!ごめんごめん、どうした?」

「いやぼーっとしてたから大丈夫かなぁって。」

あれこれ考えてるうちに時間がたっていたらしい。

「ごめんごめん。美澪のウェイトレスさん絶対可愛いなぁって考えてたの。」

「え!嬉しい。ありがとう。」

ふわっとした笑顔で笑っている。でも少し照れているのか耳がほんのり赤くなっている。

「あ、そろそろ話し合いの時間終わりだから、席戻るね。」

美澪がちょこちょこと席へ戻っていく。

「うん。後でねー!椿に言うかー。…椿ー!」

手をブンブン振り回しているとチョークを持った椿と目が合った。

「麻紀。何か思いついたの?」

「いや結構ありがちなんだけど、喫茶店…カフェ?とかどうかなぁって。」

みんなの反応を見てみると、「いいね」とか「楽しそう!」とか言ってる人もいれば、「単純じゃね?」、「ほかと被らない?」とか言ってる人もいた。椿は淡々と進行を進めていく。

「麻紀が出してくれた、喫茶店という意見以外あるかしら?ないのなら次の話題に進みたいのですが。」

誰も、何も言わない。おい、批判的なこと言ってたヤツらなんもないのかよ。否定するだけ否定して、自分はなんにも言わない…。そんな人ばっかりだよ最近。というのは置いておいて…そうすると…。

「いいと思います。」

横から落ち着きのある低い声がした。…矢沢だ。「では、皆さん異論はありませんか?ないのなら拍手を、あるのなら意見を言ってください。」

――パチパチパチパチパチパチ――

クラス中に拍手の音が響き渡る。

「では、私たち2年3組の出し物は喫茶店ということになりました。メニュー、服装などについては後日、また話し合いの時間を設けます。」

何とか、決まったらしい。何人か不満そうな顔をしている人はいるが、私は結果的に、文化祭を楽しめればいいと思うから、気にしないことにした。横を見ると、無愛想な目と目が合ってしまった。あの一件以来、少し気まずさをかんじてあまり話せなくなっていた。しかも、一方的に。今でも気まずい。だから、今すぐにでも目を逸らしたいが、逸らしたらダメな気がした。長く感じた沈黙の後、矢沢が口を開いた。

「なぁ。深瀬。」

「何?」

「……いいなカフェ。あれ?喫茶店?」

「どっちでもいいけど…。いいよねこういう感じのやつ。」

「おう。すごくいいと思う。……あのさ。」

「ん?」

直後、予想しなかった言葉が矢沢の口から発せられた。

「ごめんな。俺が前、変なこと言ったから空気悪くしちまってるんだよな。お前、俺のとこ避けてるよな。」

真っ直ぐにこちらを見てくる。熱のこもったような、どこか寂しいような目で。

「……うん。気まずくって避けてた。でもね矢沢。」

言葉に詰まりそうになりながら、私なりに言葉にした。

「矢沢が悪いんじゃないよ。それだけはわかってて欲しい。むしろ謝るのはこっちの方、私が諦めきれてないし、心のどこかで忘れられないのは事実。…だから矢沢は謝る必要なんてないの。ごめんね。」

「これからは普通に話せる…か?」

曇りの無い目。答えるしかないよね。

「うん。きっと。」

――文化祭、楽しもうね。――

「……良かった。」

表情は変わらないが矢沢の安堵した雰囲気が伝わってくる。

「確かに、あんたと話してないと私の愚痴の捌け口が減るってか、なんかやなんだよね。」

「なんだそれ。」

――プッ…ハハハハ――

2人で顔を合わせて笑った。

「あとさ、さっきはありがとうね。賛成、してくれて。」

「別に…俺もいいと思ったから。」

冷静だけど、温かい。

「おーいミハ!」

教室の外から高めの声が聞こえた…ミハ…ああ美颯。矢沢の事か。

「呼ばれてるよミハ?」

「やめろ。…んー!今行く。……じゃ。」

「おう。」

あいつが呼び出しをくらって1人になってぼーっとしていると、机の横に視線を感じた。そちらを見ると、そこには……

「ほー…そういうご関係。」

「仲のよろしい事ね。」

ニマニマとした椿と美澪が立っていた。……そういうご関係…?…ってええ!?

「いやいやいや!違う違う、あいつは中学から一緒なだけで…。」

…何焦ってるんだ私、まるで前の椿みたいじゃないか。

「「へぇ〜ソウナンダ〜!」」

「信じてないだろあんたら!」

ほんとスキャンダル沙汰は避けたい。

「…ていうか秘密のお話してたでしょ〜!」

美澪が思いついたように、話を切り出す。

「秘密の話?」

「みれいたちが聞いた事ない話〜!」

……ああ。アレのことか。確かに話したことがない。いや、話したくないんだ。もう自分で掘り返すようなことはしたくない。

「うーん、多分気のせいだよ。話したこと…あったんじゃないかな?」

自分でもびっくりするような素っ頓狂な声が出た。きっと不自然だったと思う。

「えー?あったー?」

疑問を持った目をした美澪。私が内心焦っていると…

「…確かに聞いたことあるわ。美澪はきっと忘れているのね。結構酷い話だったから、何を話していたかはもう聞かなくていいんじゃないかしら?」

椿から淡々と言葉が流れている。しかも、自然に。私は直後、彼女が私を庇ってくれたのを悟った。私は高校になって、誰にもこのことを話したことがなかったから。……椿には後でお礼を言わなくちゃ。

「ふーん。……そっかー!」

一瞬疑うような目でこちらを見たあと、美澪は明るい表情に戻り、声を弾ませた。なぜだろう、底知れぬ違和感を感じた。

「じゃあ、文化祭楽しもー!」

「そうね。思い出を沢山。」

微笑む椿。私は天井に向かって手を突き上げた。

「騒ぎまくるぞー!」

違和感なんてなかった。そう考えて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る