第5章 『聖者の忘れ物』 17話 「託された家族愛」
その日の夜……。
夕食の間も、リアンたちは昼間見た謎の竜について話していた。
しかし、あれがいったい何なのかまったくわからないので、何ひとつ結論がだせないでいた。
「そういえばあの竜からは、そんなに邪悪なものは感じられなかったよね」
リアンが竜を思いだす。
「竜の背に乗っていたお爺さん、ノリノリでしたね。気持ちわかります。あんな大きな竜に乗れたら、わたしだって高笑いしちゃいますよ。あれ誰だったんでしょうね? わたし気になります!」
ヨーベルが頬を紅潮させて、その場をウロウロしている。
ヨーベルは竜よりも、その背に乗っていた老人が気になっているようだった。
そんな竜騒動に未だ興奮冷めやらぬヨーベルを連れて、リアンがフロントのロビーにきた。
バークの読んだ本をロビーに返しにきたのだ。
「やあ、夕食はどうだったかな?」
フロントにくると、そう声を掛けてきたのはハイレル爺さんだった。
まるでウェイターのような制服に着替えて、昼までの漁師のような格好からかけ離れている。
「ハハハ、これかい? アシュンの友達が仕立ててくれたモノらしいんだが、どうかね似合っているかな?」
ハイレル爺さんの言葉に、リアンとヨーベルは「よく似合ってる」と絶賛。
「それは良かった良かった。ちょっと髪と髭が汚らしいかもしれませんなぁ」
ハイレル爺さんが鏡に映った自分の姿を見て眉を下げる。
「チョイ悪な感じがして、この無精な感じは有りかと思います~」
ヨーベルがハイレル爺さんにいう。
若いヨーベルにいわれ、まんざらでもなさそうなハイレル爺さんの顔が緩む。
「わしは長いこと漁師しかしとりませんからな。こういった別の生き方をこの歳ではじめるなど、考えもしなかったですよ」
「ひとつのことを、長く継続されるのはすごいことだと思います。それだけじゃなく、柔軟に環境に合わせて自分を変化させるなんて……。いや、成長させるなんて。僕なんかにはできないですよ」
ハイレル爺さんに対して、リアンが正直な感想を述べる。
それに対して、リアンの肩を軽くたたくハイレル爺さん。
「君はまだまだ若いじゃないか、何を成長を諦めたようなことをいうんだい」
「リアンくんは、幼い割に自己肯定感の低い少年なんですよ~」
ヨーベルにそんなことをいわれて、困り顔になるリアン。
それを見て、また笑いながらリアンの肩をポンポンとたたくハイレル爺さん。
「僕、成長なんてできるかな? やっぱりどうしても、ふと考えちゃうんですよ。自信もないし」
リアンが後ろ向きな発言をしてくる。
「それは君の、役者としてのスキルのことをいっているのかい?」
ハイレル爺さんが、役者という設定のリアンに対して、嘘だと知らずに訊いてくる。
少し考え込むリアン。
自分から面倒な話題に、誘導してしまったことを後悔する。
「そっちもそうなんですけど、人生って大きな括りでもそうです……」
しょんぼりとした表情でいうリアン。
「ハハハ、本当にヨーベルさんのいうとおり、自己肯定感が低いんだね。まだそれといった成功体験を経験していないんじゃないかな? そういう体験を重ねていけば、自分にも自信が持てますぞ。公演で自分が納得できるような芝居が、できたことないのかい?」
ハイレル爺さんが、消沈したようなリアンを励ますように訊いてくる。
「リアンくんは、まだまだこれからだと思います~。なのでもっと堂々としてればいいと思います。場数を踏めば成長していきますよ。ねぇ?」
ヨーベルがハイレル爺さんにいう。
「役者という仕事はよくわかりませんが、どのような世界であれ、経験を積むことは上達の秘訣ですよ。自分で選んだ生き方なんだし、もう少し自信を持ったほうがいいと思いますぞ」
「そ、それもそうですね……」と、小さい声のリアン。
「ところでリアンくん、君はやはり自分の意思で役者を志したんだよね」
ハイレル爺さんが真剣な表情で訊いてくるので、一応うなずいて例の嘘設定を踏襲したうえで話しを合わせる。
「親御さんは、応援してくれているのかい?」
「え? 両親ですか?」
「うむ、親元を離れてまで、エングラスに勉強にいくほどの決意があるんだろ? やはりご両親を説得して、理解を取りつけたんだろう?」
ハイレル爺さんの質問に答えると、完全な嘘をつくことになるリアン。
だから、一瞬の迷いがあり、変な間が空いてしまう。
「ご両親は、頑張れ頑張れと、大応援ですよ!」
リアンの間を埋めるように、ヨーベルがセリフを差し込んでくる。
「アハハ、まあ、そんな感じです……。親は自分のやりたいことやれってスタンスですから」
リアンがそんな嘘をつき、心を少し痛める。
「そうか、応援してくれているのなら、問題はないだろうねぇ」
ハイレル爺さんが安心したようにいう。
「それなら、なおさら頑張らなくては。自信がないような感じをだすのは、あまりよろしくないんじゃないのかい。もっと自信を持たなくては、送りだしてくれたご両親にも悪いぞ」
「ところで……。ちょいと話が変わるが演劇というのは……」と、ハイレル爺さんが訊いてくる。
「やはり……、魅力があるものなのかい?」
リアンは内心で激しく困惑していた。
例の劇団員設定の嘘のせいで、嘘に嘘を塗り固めた会話を余儀なくされている現状に。
今回それは、アモスではなくヨーベル発信だったのだが、すごく迷惑だという気分になってくるリアン。
「実はな……」と、つづけようとしたハイレル爺さんだが、言葉を止める。
「いや、別にいいか。今のは忘れておくれ」
そういって改めて挨拶を済ますと、ハイレル爺さんは宿の厨房に向かっていった。
「何かいおうとされてましたね。何いおうとしたんでしょう?」
ヨーベルがリアンに訊いてくる。が、リアンもわからない。
そんなふたりに向かって声が掛かる。
「ここにいたのね。他にもまだ気になる本あるの?」
アモスがアシュンと一緒にあらわれた。
リアンは夕食がおいしかったことを伝えると、アシュンに礼をいう。
「お口に合ってよかった、きっと厨房のみんなもよろこんでくれるわ」
ウキウキとした仕草で、アシュンがうれしそうにいう。
「ところでさっきの話し、リアンくんたちにも話していいのね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
アモスがアシュンに何かを確認する。
「どうしたんですか? 何かありました?」
リアンが不安そうに尋ねる。
「アシュンの親父さんね! 驚くなかれ、キタカイの劇団で働いてるんだって」
アモスのどこか半笑いの言葉に、リアンとヨーベルが驚く。
「そうなんですね! すごいや」
「お父さんも、役者さんなんですか~?」
「昔は役者志望だったんですけどね。いろいろあって今、脚本家になっているみたいなんです」
アシュンが照れたようにいう。
「一年前そんな手紙が届いたの。長いこと音信不通だったのに、突然ね。ほんと、勝手な人だわ」
後半少し、恨み節を感じさせるようにいうアシュン。
「この親父、なんと家業と家族を捨てて、キタカイに演劇やりにいったんだってさ!」
「えっ! 家族を捨てて?!」
リアンの目が点になり、恥ずかしそうにしているアシュンの表情を見る。
隣のアモスがちょっと半笑いなのは、それが理由だったのかと合点がいったリアン。
「家族を捨てたのは事実なんだ。若いころからの夢が捨てきれずに、わたしが小さい頃に村を出ていったの。この村、今は忙しいけど、昔は本当に時間の流れが止まったかのような感じの、変化のない村だったからね……。お父さんの気持ちも少しわかる、みたいな?」
アシュンが照れくさそうにいう。
「家族捨てるなんて、とんだダメ親父じゃないの。無理からいいように、思うようにしてるんじゃないの?」
アモスの突っ込んだ言葉を、リアンがたしなめる。
「さすがに最初は恨んでたかなぁ。でも、それでも追いたい夢があるんだって、考えてたらいつの間にか許していたの。今は、会えなくなってだいぶ経つけど、応援してる。まだ公演、観に行ったことないんだけどね」
アシュンがエプロンのポケットに手を突っ込んで、モソモソさせながらいう。
彼女の中で納得できない思いがありつつも、全力で応援しているという相反する思いがせめぎ合っているのだろう。
「せっかくの機会ですし、何か伝言を言付かっておきましょうか?」
ヨーベルがそんな提案をする。
「わたしたちがキタカイに着いたら、アシュンちゃんのお父さんにお会いしますよ。その時に、アシュンちゃんのことお話ししますよ」
「えっ、どうしようかなぁ……」
アシュンがヨーベルの提案に、少し難色を示す。
「恨んでないんでしょ、応援してるなら、その言葉を伝えてやったほうがいいんじゃないか?」
アモスが珍しく、人を貶さないような言葉をいう。
「そうかぁ、どうしよう……」
ちょっと考え込んで、アシュンは一枚のパンフレットを取りだす。
「手紙を書くってのは、いろいろあってちょっとハードル高いかも。これぐらいが一番いい感じかな……」
アシュンは村の観光案内パンフレットの裏に、何かを書き記す。
「夢を叶えるために頑張るわたしたちを、応援しにきてみてよ」
パンフレットに書かれた、アシュンの言葉はそれだけだった。
「お父さんも後ろめたい気持ちあるだろうし、帰って来づらい思いもあって当然だしさ。まずは、小さなきっかけでも作れたらなって」
「それもそうだね、時間をかけて解決していく感じが、一番いいと思うよ、僕も」
アシュンを励ますようにいうリアン。
それと同時に、叔父さん夫婦とアシュンの仲が、あまり良好じゃない理由を知れたような気がする。
きっと、アシュンのお父さんが村をでたことで、親族間で折り合いが悪くなったのだろう。
それも含めて、改善のきっかけになるといいと考えたリアンが、アシュンからの伝言を責任もって受け取る。
リアンは、アシュンからもらった伝言入りパンフレットを、大事にポケットにしまいこむ。
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