神龍の涙

 りんが神龍にたずねます。

「ねえ神龍さん、ゆきはどうしてるの?平和な国になったことは大桜と鏡で分かったけどその後どうなったの・・・」


「・・・はい・・・残念ながらゆき様は・・・千八百年前に亡くなられております」

「・・・」    

                   ♬ 別れの曲(ショパン)


「私は若い男子に姿を変えてゆき様のおそばで長らくお仕えしておりました。ゆき様は平和な倭国を作られたのち長寿を全うされて静かにお亡くなりになりました」


「やっぱりそう・・・ もうずいぶんとたってるもんね。お墓は弥生のクニのあの丘の上?”はやと”やお父さんと一緒?」


「いいえ ゆき様のお墓はあの丘の上ではありません」

「ええ?あの丘の上じゃあないの?じゃあどこなの?私行ってみたいよ」


「・・・・」

 しばし無言の神龍でしたがしばらくすると大きな目からキラリと輝くものがあふれ出ました。

 それは大粒の金色の涙でした。


「はい お話します。これはお二人にはお伝えしなければいけませんから」

 そういうと神龍は霧の中で悲しげに小声で話し始めたのでした。


                   ♬ 月光 (ベートーベン)


「驚かないでくださいね。ゆき様が眠っておられる場所は・・・・」

 そこまで言うとしばらく大桜をみつめていた神龍でした・・・


  


「じつはゆき様は・・・この祠の下で眠られているのです」

 神龍は二人のほうを振り返ると悲しげに告げました。


「ええ~! ゆきは、ここで眠ってるの!この祠の下で?」

 りんが目を見開いて大きくのけぞりました。 


「はい ゆき様は倭国の女王として長らく国を治められましたが亡くなられる直前に私にこう言われました」

                              

「神龍、私が亡くなったらあの桜の丘にお墓を造って下さいな。あそこなら夏さんやりんさんも毎年来てくれると思うから。

 それから二人に再会したら一緒に過ごした数日はとても楽しかったと伝えて下さいね。お願いですよ」

「ゆき様はそう言われるとすっかり安心したかのように静かに息を引き取られました」


「やっぱりそうなの もう亡くなってるのね・・・でもお墓がこの祠の下にあるなんて私、知らなかった」

 りんはあふれ出る涙をこらえながら祠を見つめます。


 しばらく沈黙が続きました。


「ゆきのお墓は誰が造ったの?村の人?」

 夏が神龍にそっと聞きます。


「いいえ私がお造りしました。この桜の丘全体がゆき様のお墓なのです。誰にも知られないように私一人でここに倭国の女王にふさわしい巨大なお墓をお造りしたのです。濃霧の中で作業したので当時の村人はこのことは知りません。一夜で丘の形が変わったので不思議に思ったことでしょう。お墓は桜を中心にして丘全体をお椀を伏せた形にしております。」


 姉妹は言葉もなく無言で神龍の話に聞き入ります。


「今の時代では円墳と呼ぶようですね。この祠の下に石で造った棺(ひつぎ)があります。その中でゆき様は眠っておられます。

 そのゆき様の周りには大陸から送られたたくさんの銅の鏡を並べてお守りしてあります。

 それから足元にはりん様からいただいた靴、そして胸元にはりん様の洋服をおかけしました。それはそれは永いこと大切にしておられましたから。それにピアスも亡くなられるまでお付けになっておりましたよ。片耳だけですけど」


「そうなの?そんなに大事にしてくれたの?ゆき、ありがとう」

 りんの瞳からまた大粒の涙があふれだしほほを伝いました。


「ですから私はゆき様のお墓もお守りしているのです」


「そうだったの ゆきはここで眠っていたの。こんなに近くに居てくれたんだね。気づかなくてごめんね。これからはちゃんとお参りするからね」

 夏は祠に向かって膝まづいて合掌しました。


「私もそうするからね。ごめんね」

 りんも目を潤ませながら両手を合わせます。


  

「お二人にお会いし、ゆき様の言伝(ことづ)てを伝えられて安心しました。永いことお待ちしておりましたから。

 では私は”神庭の滝“に戻ります。御用の時はお呼びください。鏡を使えば簡単です。

 そうそう 私の今のご主人様は夏様とりん様です。お二人に再会したときにはそのように伝えるようにとのゆき様からのご命令です」


「ご主人様って言われても私、ゆきみたいに修行してないけど大丈夫かなあ?姉ちゃん大丈夫?」

「うん、ほかの人じゃあできないから私たちでやるしかないね」


「では今日のところはこれで失礼いたします」

 神龍が上空を見上げて飛び立とうとしたそのとき


「ちょっと待って。私たち明日は横浜に帰るから横浜からは鏡を使って神龍さんを呼ぶことはできないよ」

 気付いた夏がつぶやきました。


「そうでしたね 私を呼ぶ方法は鏡以外にもう一つあります。りん様はゆき様からいただいたピアスをしておられますね。そのピアスを右手に握りしめてそっと話しかけて下さい。私とお話することができます」


「了解。まるでスマホみたいだね。じゃあいつでも神龍さんとお話できるんだね」


「はい二十四時間いつでも可能です」

 神龍は二人を優しく見下ろすとニヤリとしました。

「では日暮れも間近ですから今日のところはこれでお暇(いとま)いたします」 


「じゃあね神龍さんも気を付けてね」


             ♬ 控えめな雷鳴


 神龍は霧とともに静かに丘を立ち去りました。

 すると丘を覆っていた霧もいつものようにす~っと消えてあたりはもとの青空に一変したのでした。

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