第二章 弥生桜の丘

弥生の少女

 横浜の山手で暮らす二人の女の子が“不思議な体験”をしてから3年が経ち、“夏”は中学1年生、“りん”は小学2年生になりました。


 ともに横浜で、元気に暮らす毎日でしたが、その年の夏休みのある日、ある出来事が起こります。

                    ♬ 雷鳴 豪雨

                                 

 その日の横浜は、夜半から滝のような激しい雨と落雷で、いたるところが停電したり浸水したりと、大変な天気になっていました。


 「ねえちゃん、雷が近くで鳴ってるから怖いね。このマンションに落ちたらどうなるの?」


 「屋上に、避雷針があるから大丈夫だと思うけど、テレビとかパソコンはコードを抜いた方がいいね。落雷したらこわれるかもしれないから」


 激しく打ち付ける雨と雷鳴に、なすすべもなくマンションの一室からおそるおそる夜明け前の外の様子をうかがう姉妹でした。


 その雨も、明け方にはやっと止み、やがて晴れ間がのぞくまでに回復してきた頃、最近、滅多に使うことのなくなった自宅の固定電話機が突然鳴りました。


 「あら珍しいわね。この電話が鳴るなんて」

 そう言いながら、おかあさんが受話器を取ります。


 それは山手駅前の交番からでした。

 「えっ交番ですか? 何かありましたでしょうか?」

 おかあさんは、少し不安げに問いかけます。


               ♬ ハリーポッターテーマ曲

                       

 「おそれ入ります。今こちらの交番で、女の子を保護しております。所持品の手鏡に、お宅の住所と電話番号が書いてありましたのでお電話させていただきました。女の子は小学校低学年くらいで、言葉はほとんどしゃべりませんが片言で“ゆき”と言っています。

 それから靴は履いておらず裸足(はだし)で、服装は白い布をかぶった簡素なもの。髪はロングで後ろに束ねて耳には緑色のピアスをしております。

 所持品は先ほど言いました手鏡のみ、所持金はありません。ほとほと困っています。お宅の住所だけが唯一の手がかりなのです。ご親戚かなにかでしょうか? よろしかったら交番まで来てはいただけませんでしょうか」


 おかあさんは“ゆき”と聞いて「あっ、きっとあの子だわ。うちの子供たちが千八百年前の“クニ”で出会ったというあの子にちがいないわ」と直感しました。


 「はい、わかりました。すぐにそちらにうかがいます」


 おかあさんは、けげんそうに受話器を置くと

「夏! りん! “ゆき”が来てるらしいよ! すぐ車に乗りなさい! 駅前の交番に行くわよ。早くしなさ~い」


 夏とりんたちは、あわただしく車に乗り込み、駅前の交番に向かいました。


 

 夏は、不思議でたまりません。

「本当に千八百年前の弥生のクニの“ゆき”なのかなあ? どうやってきたんだろう? でも私たちがあのクニから帰ってきたように、祠(ほこら)の裏の洞窟を使えばあり得るよね。ゆきは、洞窟の場所も知っているし…」


「そうだとしたら私たちと同じように、元町公園の外国人墓地の森の中に出てきたのかな? そうしかないよね」と、りん。


 「おかあさんは、あなたたち二人が千八百年前のクニに行ってきたことすら、今でも信じられないのに、今度は、弥生のクニの少女が横浜に来るなんて、とても信じられないわ」


 三人であれこれ言ってるうちに、車は山手駅前の交番につきました。


 交番の横には、立野小学校に通じる階段があります。この小学校に通っているりんは、いつも通学路の見守りをしてくれている“交番のおまわりさん”とは顔なじみです。


 「本当にあの“ゆき”がいるのかな?」


 りんは、そ~っと交番の中をのぞきこみます。


               ♬ めぐる季節


 「うわ~! やっぱり“ゆき”がいるわ!」


 その交番の中で困り顔のおまわりさんといっしょにいたのは、やはりあの弥生の“ゆき”でした。

 白い布をまとった姿は以前と変わりませんが、3年の間にすっかり美しい少女に成長していて目を見張るほどです。


「ゆき~!」

「夏! りん!」

                            

 夏とりんは、雨に濡れた“ゆき”の体をタオルで拭きながら、飛び跳ねるように手を取り合ったり、あたまを撫でまわしたり、背比べしたりと、はしゃぎまわるので、おまわりさんはすっかりあっけにとられています。


 おかあさんはそんな三人を見て「やっぱり“ゆき”なのね」と一人うなずくと


「この子は私の親戚です。私が引き取って帰ります。ご迷惑をおかけしました」と、おまわりさんに頭を下げました。


「どういたしまして。こちらも助かります。あの早朝の土砂降りの中、この子は傘も差さず大和町通りの坂道を山手駅の方に向けて歩いて来たようです。ちょうど交番の前を通りかかりまして、この軽装で、しかも裸足(はだし)で歩いているので、不審に思い呼び止め保護したのですが、何も話さないし本当に困っていました。では、調書にサインをお願いします


 おかあさんは交番のおまわりさんの差し出す書面にサインをすると、ほっとしたような表情を浮かべ


「さあ“ゆき”おうちに帰って早く着替えしましょ。でないと風邪ひいちゃうよ」


 「そうだよ、私の普段着なら、ちょうどサイズも合うはずだよ」

 りんも、ゆきのびしょ濡れの姿に心配顔です。


「おまわりさん、今日はありがとう! 9月になったらまた見守りよろしくお願いします」りんは、おまわりさんにお礼を言うと、濡れた“ゆき”を車に乗せ、四人は来た道を自宅に急ぎました。


 自宅のあるマンションに着くと、部屋の中を不思議そうに見回している“ゆき”


「しばらくこれを着ていなさいね」とおかあさんがりんの普段着を手渡します。


「ありがとう」

 ゆきは、それを受け取ったものの、もじもじしています。


「そうか、ゆきって、洋服初めて着るんだよね。私が着せてあげるよ」と夏は、手取り足取り着衣の手伝いをします。

 ゆきは、はずかしそうに、でもうれしそうに、とまどいながら初めて洋服に着替えたのでした。


「よく似合うね。洋服着ると、現代っ子と変わらないじゃん。髪もロングだし背も同じだし。私の普段着着てると、私がもう一人増えたみたいだね。ふたごの姉妹のようで楽しいね」りんは、ゆきの姿にうれしそうです。


「あなたが“ゆき”なのね。はじめまして。私はこの子達の母親です。よろしくね。くわしいことはわからないけど、二人があなたの暮らしている千八百年前のクニに行った時は、とてもお世話になりました。信じられないけど、二人の話したことは、本当だったのね」

 おかあさんは、そう挨拶をしました。


 ゆきは、おかあさんのほうにキッチリ向き直ると深々と頭を下げ「私は“ゆき”といいます。よろしくお願いします」と丁寧な挨拶をしました。


 「あら、りんより、よっぽど礼儀正しいわね」

 夏がニヤリとしました。


「さあ、お茶にしましょうか。濡れちゃったから温かい飲み物がいいわね」

 おかあさんはキッチンでなにやら準備をはじめたようです。


 しばらくすると「ゆきは、これは飲めるかな?」といいながら、おかあさんが温かいハーブティーとケーキを運んできました。


 甘みとハーブの香りが効いた、そのあたたかいお茶に、ゆきの顔は緊張から解放されてほころびます。そして、イチゴとブルーベリーの乗ったショートケーキの美味しいこと。


 三人はぺろりと平らげました。


                        

 一息ついたところで、夏がふと思いつき、ゆきにたずねます。


 「今、気付いたんだけど、私たちはなぜ“ゆき”とおしゃべりができるの? 千八百年前の弥生のクニでは私たちおしゃべりができなかったよね。でも今は普通におしゃべりできてる。これって不思議じゃない?」 

 けげんそうに、ゆきの顔を覗き込む、夏。


「あら! そういえばそうだね。気づかなかった」と、りん。


 ゆきは、やさしい微笑みを浮かべながら、姉妹に説明を始めました。


「私は、あなたたちが“弥生”と呼んでいるあの“クニ”で巫女(みこ)の修業を積みました。そしてきびしい修行が終わった時、大巫女(おおみこ)さまから特別な力を持ったピアスを授かりました。

 このピアスをつけていると、あなたたちとだけでなく、言葉のちがうどの国の人とでも、話すことができるのです」


「へえ~不思議だね。修行を積んで、ピアスのパワーで私たちと話せるようになったのね。すごいね。それにピアスもよく似合っててかわいいよ」と感心する、夏。


「ゆきは、若いのにたくさん修行したんだね。わたしゃ、まだまだ修行がたらないわ。算数ができるようになるピアスないかな~」

 りんがぽつりとつぶやきました。


 「ゆき」は微笑みながら続けます。

                      

「それに、私は大巫女さまから“龍”も授かったのです。龍に乗れば時空を超えて移動することができます。今日は、その龍に乗って、光の束の通路を通って、この街にやってきました。こちらの人たちに気づかれないように、雨と稲妻も使いました。夜中は少しにぎやかだったでしょ。ごめんなさいね」


 「そうか! 夜中の雨を降らしたのは“ゆき”だったんだね。龍に乗って稲妻といっしょに、横浜に来たんだ!」 


「だったら、私たちが初めて会ったムラの森の洞窟から来たの?」


「はい、そうです 祠の裏の洞窟からやってきました」


 「それなら出口は、元町公園だね」


「あの洞窟は、龍が時空を移動するための通り道だったの?」

 夏は、矢つぎ早に問いかけます。


「はい、あの洞窟は龍が時空を移動する時に使う通路なのです。私は龍に乗って祠の裏の洞窟から、公園の森の斜面に出てきてきました。でもそこから迷ってしまって・・・」


 「だから立野小学校の前の交番に通りかかったんだね でも私たちの住所が書いてある鏡を持っててよかったね。でないと絶対迷子になってるよ。横浜は広いんだから 」と、りん。


 「で、龍はどこにいるの?」ふと気づいた夏が問いかけます。

 

「今、その学校の四角い池の中で休んでいます」


 りんが、あわてて「あ~っ! それって立野小学校のプールじゃないの? それはヤバいよ。夏休みで“プール開放”だから友達がたくさん遊びに来るよ!替わりの場所を早く探さないと」


 夏がすかさず言いました。

 「近くにたしか、防火水槽があったはずよ。少しせまいけどね」


 「では、そちらに移動するよう龍に伝えますね。でも、移動する時に、雨が降ってしまいます。ごめんなさい」 


 ゆきは、目を閉じ、手を合わせると、何やらつぶやきます。


                     ♬ 和太鼓 雷鳴


 突然、空がにわかに曇ると、雷鳴とともに大粒の雨が降ってきました。


 「今、龍が移動しています。ごめんなさい」


 しばらくすると雨がやみ、青空が出てきました。

 「龍は水槽に移動しました。かなり窮屈(きゅうくつ)のようですが “がまんする”そうです」


 「これでプールに行った友達がおどろかなくてすむわ。プールに龍がいたらびっくりするもんね」りんは、ホッとしました。


 まだまだ、夏の質問が続きます。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る