夏の不安

朝香るか

1.夢に出た不安

 夏休みに入ってからというもの

 毎晩同じ夢を繰り返す。

 

 辺りは真っ暗で、

 私がポツンと立っていた。

 

 迷子のように不安そうな

 顔をしていることだろう。

 

 実際に、不安で心細くてたまらなかった。


「亜美」


 どこからか響いてくる。私を呼ぶその声はさらに不安にさせる。

 

 姿が見えたら安心するのに、暗闇のまま。


 怒り、哀しみ、嫉妬、不安、苛立ち。

 

 そんな負の感情で語尾が震えるのを抑える。


「どうして私に何も話してくれないの? 私たち友達だよね?」 


 真っ暗闇の中、

 スポットライトがあたるようにパッと一部分だけが明るくなった。

 転校した女子生徒だ。

 城山澪シロヤマ ミオは精一杯明るく言うの。


「私がこんなに――したのは初めて」


 彼女は何を喜んでいるのか確認したくて、

 近くに行きたくて仕方ない。


 声の主を確かめたいのに身体は強張り、

 指先さえ動かない。

 自由になるのは口を開けることだけ。

 だから声を張り上げる。


「聞こえないよ! もう一度言って」


 問いかけには答えず、本音を偽った声は変わらない。


「転校は仕方ないのよ。頑張ってね!」


 私は涙を浮かべて叫ぶ。


 まわりの闇が消え去るくらいに大きく、強い声を。


「認めないから! 澪はずっと私と居るっていったじゃない!」


 この夢で最後に聞くのはいつも同じ言葉。


「いいよね、亜美はなんでも出来て。羨ましいよ」


 嫉妬混じりの囁きは、私に絶望を与えて現実に戻すんだ。

 

 ☆☆☆

 朝、5時半。目が覚めてからすぐに電話していた。

 

 機械を通して変換されているから、

 実際の声とは少し違った声が聞こえる。


『夢で飛び起きて電話とか何度目? 

 心配性は夏休みで会えなくても変わらないね。

 亜美アミ、聞いてる?』


 握っている白色の子機からミオの声がしている。


 夢で聞くような、

 どす黒い負の感情なんて感じないことに安心した。


「朝から電話してごめん。もう大丈夫だから」

『覇気がない。せっかく楽しい夏休みなのに』


「そうかな。今日はピアノあるし、苦痛だよ。

 それより澪と作業したい。

 もう八月半ばなのに一度も共同作業してないよ」


 七月中は宿題と個人で作品作り。

 八月になったら合同で漫画作ろうと計画していた。


 それなのにお互い忙しくて集まれていないのだ。

『ピアノコンクールで優秀賞取るほど才能ある子が何を言う! 

 レッスン中に漫画書いてちゃ駄目だよ』



「嫌。18歳以下のコンクールでの優秀賞なんて

 たかが知れていると思わない?

 親が叶えられなかったことを押し付けられてもね……

 暇があったら描いているに決ってる。

 ま、大した物は描けないけど。

 澪と一緒だからこそ、最大のリアリティーがでるんだし。

 今日会いに行くからね」


『サボってまで会おうとしないで。

 今日は用事あるから無理。

 二駅離れているのはそんなに遠くないでしょ?』


 からかう様な澪の口調についムキになる。

「私からしたら遠いの! 私との約束は? 

 一緒に漫画作ろうって言ったのは叶うよね――」


『いつかね。

 でも亜美にはピアノがあるじゃない。

 今日もレッスンなんでしょ? またお互いに頑張れるよ。じゃあね!』


 それきり切れた電話。


「澪……『逢わなくても出来る』って何なの」


 部屋に飾ってある熊のキャラクターが描かれた時計の針が指し示すのは、

 レッスン開始の十分前。


 どんなに急いだって間に合わない。


「もういいや! 澪の家に行こ」

 

 レッスンなんか集中出来ない。

 熱があると仮病の報告を済ませて、靴を履く。


 澪の家には常時家政婦がいるから、

 多分入れてもらえると思うのだが。


「澪、夏休み位は作業出来るよね」

 

 電話で聞けなかったその答を聞くために家を出た。


 いつもならバスに乗って一五分で最寄り駅に着く。


 今日は渋滞で五十分かかった。


 電車は人身事故のため三十分遅れている。


 最悪だ。


「やっと着いた」

 見上げた先は豪邸と呼べそうな大きな建物だった。


 結局、昼近くとなってしまった。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る