53.英雄は魔王への愛を貫きました

「勇者アイオン、英雄クラウス、魔王フェリシア……

 ありがとうございました」


 3人が喜びを分かち合っていると、聞き覚えのある声が3人の脳裏に響いた。


「女神…… さま?」


「ずいぶんとタイミングのいいご登場だな」


 突然の女神の声に驚くアイオンの横で、クラウスは顔をしかめて毒づいた。


「まぁそれはいいや、一つ教えてくれ。

 王国と帝国の全面戦争はどうなっている?」


 クラウスとフェリシアが人族を少しでも多く滅ぼすように導き、戦端を開いた全面戦争。

その選択が世界に強いた壮絶な犠牲を、クラウスは直視すべく覚悟を決めた。

女神は無言のままクラウスたちを城下の平原が見下ろせる場所まで誘導した。


「こちらをご覧ください」


 クラウスたちが見下ろしたその場所は、まさに戦場となった場所であった。

そのひどく荒廃した光景に3人が言葉を失っていると、女神が話し始めた。


「この場所を主戦場として戦争は始まりました。

 両陣営ともに実力は拮抗していたため、徐々に被害が増大しました。

 休戦を考え始めた頃、この場を一筋の光が通過しました」


 女神が語った一筋の光とは、フェリシアを瀕死に追い込んだ邪神の口から放たれた一条の閃光のことであった。


「そして、この場にいたものはすべて消滅しました」


「……」


「……英雄クラウス、魔王フェリシア。

 両軍ともに大半を人族で構成していたため、あなたたちの思惑通り人族のみが大幅に数を減らしました」


「!?

 クラウス!

 それはどういうことなんだ!!?」


 女神の言葉に困惑を隠せないアイオン。

その戸惑いのままクラウスに問いかけると、クラウスは絞り出すような声で答えた。


「この世界を人族の支配から解放させただけだ。

 人族にこの世界の支配者たる資質も資格もない、それはおまえもわかっているはずだ」


「それは……」


 アイオンはクラウスの言葉に反論できなかった。

人族の勇者としてこれまでクラウスたちと対立してきたアイオンであったが、人族の闇を見てこなかったわけではなかった。


「もちろん、他の種族にだって悪いやつはいるし、闇を抱えてはいると思う」


「そうじゃな、わらわたち魔族にもどうにもならないようなクズはおるじゃろうな。

 だから、わらわたちは決めたのじゃ。

 単一の種族での統治は辞めるべきじゃとな」


「そのために、お前たちがこの世界に生きる種族の数を調整したとでもいうのか……!?」


 驚愕の表情を浮かべながら訪ねるアイオンに、クラウスとフェリシアは頷いた。


「英雄クラウス、魔王フェリシアの意思はわかりました。

 勇者アイオンよ、あなたも二人の意見に賛同しますか?」


「……単一の種族が支配するべきではないことには賛成するが……

 そのために二人がやったことを認めることはできない……

 できないんだよ……


 でも……

 クラウスが人族に絶望したあの時、俺は支えてやれなかった。

 ファウストが力に溺れていったあの時、俺は掬い上げてやることができなかった。

 だから……

 今度こそは……

 幼馴染あいつを支えてやりたい……」


 アイオンの言葉を目を閉じたまま聞いた女神は、少しの沈黙のあと3人に提案をした。


「我はこの世界の行く末を3人に委ねたいゆだねたいと思います。

 あとは任せましたよ……」


 それだけ言い残すと、女神はすっと姿を消した。

そして、全ての生きとし生きる者の頭の中に声が響いた。


『皆さん、初めまして。

 我の名はユグドラシル、この世界で女神と呼ばれる存在です』


 ほとんどの者にとって初めてきく女神の声。

本物なのか? これはなんなのか? と世界中がざわめく中、女神は告げるのであった。


 この世界は『勇者』『英雄』『魔王』の3人が手を取り協力することで救われたということを。

その結果、『文明崩壊の連鎖』から脱したということを。


『そこで我はこの偉大な3人にこの世界の行く末を委ねたい。

 彼らとともにこの世界を再び平和に発展させてください。

 ​全ての生ける者達よ、幸多からんことを……』


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 その後、世界は大混乱となった。

突然あんなことを女神から告げられたのだから当然といえば当然である。

アイオンたち3人は女神のその宣言を聞いたのち、互いに顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。


 そこで3人は話し合って、いくつかのことを決めた。

人族と魔族、本来敵対しあっていた二つの種族間で芽生えた二人の関係はとても尊くてこれからの世界にとっても大切なものである。

今後この世界は全種族で手を取り合っていく、その象徴にもなりえる2人をこの世界の王としようと。

そして、それをアイオンが補佐すると。


「勇者さまが魔王を補佐するとかいいのか?」


「別にいいんじゃないか?

 命を預け合った仲でもあるし、なにより……

 親友おまえの大切な人だしな!」


「なっ!」


「わらわたちのように種族を超えて愛し合える関係が当たり前の世の中にしなくてなの」


「そうだな」


 クラウスとフェリシアが互いに見つめ合う姿に、アイオンは苦笑する。

世界は広く、その全てを統べるには彼らの手はまだあまりに小さい。

それでも、愛し合う英雄と魔王の姿はこの世界を導く篝火かがりびのような輝きと暖かさをたたえていた。

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