疲れと眠気と珍しく早起きした君のお話

 くすぐり合い火照った身体を夜風で冷まして数分、自分達は何をしていたんだろうか?と頭の中が巡る。


 扇風機の取り合いになって、そこで月雲がくすぐって来たからやり返して……と、ここまで思い出して急速に顔が熱くなる。


 折角クールダウンして落ち着いた所なのに、と誰も見ていないのに頬をぐにぐに揉んで赤みを誤魔化した。


 頬を両手で持ち上げた体勢のまま、見られてないよな、と視線を左にちらっとズラす。


「えふー……」


 幸い僕のこの姿は見られてない様で、大の字で仰向けになりながら変な声を漏らしていた。


「ふっ……っ、てて」


 というか扇風機も首を振れば同じじゃん、という極論に今更ながら気付いた僕は、お腹に力を入れてぐぐっと―――


「おっ……と」


 ―――起き上がれなかった。


 どうやら笑い過ぎて腹筋が疲れ、起き上がる為の力すら無くなってしまった様だ。


 いよいよやり過ぎたな、と思いながら左を向く。


「うはー……やり過ぎたね?」


 と、それとほぼ同じタイミングで月雲が身体をこちらに向けた。


 真っ白い肌が熱を持って赤く染まり、髪は首元に張り付いてしまっている。


 左手で顔を仰いだり服をぱたぱたと動かしていて、どこか色っぽいというか。


 ただその口振りからして、彼女も腹筋が死にかけてるのだろう。


「うん、やり過ぎた。単に首振っとけば良かったのに」


「…………そうだったね」


 彼女も気付かなかったみたいだ。


 いやまぁ、月雲の事だし察してはいたが。


「……むっ、なんか貶された気がする」


「ないない」


 ちくしょう、なんか今日の月雲鋭いぞ。


 ジト目でちょっと迫ってくる彼女に、目を逸らして否定する。


 考えてる訳無いじゃないですかヤダー(棒)


「……じゃあいっか。そろそろ寝よ?ふぁ……私も眠いし……」


 眠そうな欠伸をした彼女に頷いて答え、お互いがごろごろと転がりながら寝る位置につく。


 薄めの掛け布団をお腹に乗せ、楽な体勢になって目を閉じた。


「すぅ……すぅ……」


 その少し間を空けた隣では、既に月雲が寝息を立てている。


 あどけない寝顔を月の光が照らして、不思議な輝きすら感じられる程だ。


 そんな彼女の、少し絡まった髪を撫でて直す。


「…………おやすみ」


 むふふと小さく言った彼女へとそう短く言って目を閉じると、僕の意識は今度こそ睡魔の海へと沈んでいった。



  ✦ • ✦ • ✦



 ―――朝、と言うよりも夜明け前。


「ん、んぅ……あっつ……」


 微温い扇風機の風と寝苦しさを感じて、私の目はふっと覚めた。


 夏特有のこの熱帯夜後のカラッとした感じに、寝返りを取らずに軋んだ身体が割とかなり響く。


「ん"っ、ん〜〜〜………」


 身体を伸ばして解し、ふぅっと息を吐く。


 と、今朝はしゃっきりするまでそう長い時間が掛からなかったなぁと思い出した。


 寝起きが悪いのは正直解っていたが、暑さのせいかその寝起きの悪さすら氷の如く溶かしてしまったのだろう。


 ぼーっとする時間が短くなるのは嬉しいが、暑いのはいまいち頂けないというか。


「……まだ、寝てる」


 起き上がるのもまだでいいかな、と私は右を向いて彼の寝顔を観察する。


 身動ぎ一つしないその姿は、の人達を見ているかの様だ。


「…………よかった、生きてる」


 本当に生きてるか心配になって、口元に手を近付ける。


 小さく呼吸をしていた優莉は穏やかな顔をしていて、それこそ死に目に会ったかの様な錯覚をもたらした。



 ―――とはいえ。


「まぁ、子供だろうし」


 彼はまだ10とちょっとの年齢。


 そんなぽっくり逝くなんてどこぞの異世界転生よりも無いだろう。


 ―――いや、異世界転生も無いと思いたいが。


「……ふふ、可愛い子だなぁ」


 閉じられ掛けた左手に指を置けば赤子の様にきゅっと握られ、更に身体を丸く縮める。


 そんな姿に母性というか庇護欲というかが掻き乱されてしまう。


 そんな私は、笑みを絶やさぬまま彼に近付く。


「よいしょ……っと」


 近付いても起きない。


 相当深い眠りについているのだろう。


「ぐっすり……良く寝れるね」


 握られた右手をそのままに、残った左手でわしゃ、と優しく頭を撫でる。


 少しちくちくした髪が手をくすぐり、無意識に笑みが零れた。


 そのまま前髪を掻き分け、額を出す。


 丁度優莉の所だけ日陰だったようで、その額には汗一つ付いていない。


 私が寝ていた所は陽の光が昇った時に丁度当たる位置だから、夜明け前の光で起きてしまったのだろう。


 優莉だけずるい。


「私も、そっちが良かったなぁ……」


 なんて呟きながら。



 ―――私はその艶のある前髪に、一瞬だけ唇を落とした。



 瞬きをすれば過ぎる程の短い時間。


 言葉の意味は知らないのには憶えているというのは、恐らく今までの経験のせいだろう。


 前まで私と一緒に居た人達の知識が偏っていたのがいけない、と決め付けて顔を下げて目を閉じる。



 彼が起きた時に、私のにやけた顔を見られないように。

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