気まずさが呼ぶ昼寝と変な距離感のお話

「…………」


「…………」


 気まずい。


 どの位気まずいかって、道端で女の子がゴミ袋に向かって「にゃ〜ん」って言いながら手招きしてる所に偶然居合わせてその女の子に見ていた事がバレた位には気まずい。


 目の前にはそんな状態であっても様になりそうな月雲。


 先程の袴とは打って変わって、ラフな格好で体育座りのまま膝に顔を埋めている。


 お互い無言で、この空気をどうしようか模索しているのだ。


 微妙に開いた距離で、ちらちらとお互いを見る。


 そして目が合うとお互いさっと目を逸らす。


 これが先程から15分は続いているのだ。


「……ぁ」


「……その」


「…………いや、なんでも」


「う、ん…………」


 まただ。


 これでタイミングが被るのも3回目、そろそろ僕の方がしんどくなってくる。


 …………僕は、この現実から目を逸らす事にした。


「……」


 目を閉じて、耳を澄ませて自分の心を落ち着かせる。


 扇風機の音、蝉の声、風の音、草が擦れる音、そして隣から聞こえる呼吸音―――え?


「?」


 ふっ、と首をその方向に向ける。


「ひゃ」


 ―――至近距離に月雲の顔があった。


 やっぱ近くで見ると綺麗……じゃなくて、なんでこんな近くに寄ってきたんだ?


 そんな状態に固まってると、だんだんと月雲の顔が紅くなっていく。


「……えと、どうしたの」


 どうにかして絞り出せた言葉はそれだけ。


「えっ、と……その、トイレに行こうかなー…なんて」


 紅い顔を隠さずに所々詰まりながら応えた月雲も、きっとそうなのだろう。


「……そう……行ってらっしゃい」


「うん……行ってくる」


「…………ん」


 ぎこちなくて、続かない会話。


 そなん変な空間から逃げるように、月雲はそそくさと僕の前を通り抜けた。


 その途中、トイレへ続く曲がり角で月雲がちらりとこちらを見る。


「…………いや、耐えられないわあんなの」


 パッと恥ずかしそうにトイレへと走っていった彼女を見て、僕はそう独り言ちた。



  ✦ • ✦ • ✦



「…………ふぅ」


 お手洗いでブツブツと心頭滅却煩悩退散みたいなお経を唱えて数分。


 漸く落ち着いた私は、無意識にも足音を殺して居間に向かった。


 ……しかし。


「すぅ……」


「…………寝てる、し」


 真顔が崩れてないか、とか歩き方は固くないか、とかをうんうんと唸って考えていた私に、その事実は膝から崩れ落ちるのには事足りた。


 いや、本当に崩れ落ちるのは辛うじて耐えたが。


「全く…………私の気苦労を返してほしい位だよ」


 溜息混じりに呟いて、彼の目の前に寝転ぶ。


 両腕で頬杖をついて彼の顔を見れば、そのあどけない寝顔がすぐ近くに。


「……いやいや」


 その直後に私達の顔が少しの衝撃でキスでもしてしまいそうな距離にあると気付き、その唇に意識が向いてしまってさっと数センチほど下がった。


 ………何を考えていたんだ私は。


 頭を振って邪で危ない思考を追い出し、もう一度寝顔を観察する。


 長過ぎない黒髪と整い過ぎてはいないがしっかりとした顔付き、そして今は閉じている黒目。


 まるで自分とは正反対だ、性別も要素も何もかもが。


いねぇ……えいっ」


 ぷに、と頬を突くと、柔らかい感触が指に残る。


「……ふふ、楽しい」


 昨日、彼が私の頬を引っ張った時の顔を思い出した。


 あの時の彼は年相応というか、なんだか純粋に楽しそうな顔をしていたから。


 彼もこんな気持ちだったんだなぁ、とこちらの頬も緩む。


「ふぁ……私も寝よ」


 と、リラックスした事により大きな欠伸が出た為に、すぐにそこに寝転ぶ事にした。


「……んふふ、おやすみ」


 そう言って力を抜き、彼の顔を見る。


 すこーしだけ、気になる優莉の隣。


 今だけは、演劇の特等席みたいな優越感。


 私達の距離は知り合い以上友達未満、恋人以下と結構微妙なライン。


 でも、そんな微妙な距離感だからこそ、今のこの短く過ぎていってしまう時間は私だけの小さな永い色として残しておきたいのだ。



 ―――かつて私に喪付もつくと名付けた人が、最期に何も言わず優しく微笑んでいた様に。


 ―――かつて私に縺久もつくと名付けた人が、思い出して欲しいと不器用なマフラーを編んだ様に。


 ―――かつて私に持来もつくと名付けた人が、私にはあまり似合わない髪留めを渡した様に。


 ―――かつて私に物憑もつくと名付けた人が、くだらないネタを何回も使い回して笑わせようとした様に。



 どれもではないけど、全部、ぜんぶ、がずっと愛しい痛みと共に残した記憶。


 生まれて、感じて、そうして名前を呼ぶ様な記憶。



 ―――多分だけど、優莉との愛しい記憶はまた新しく更新されて、この記憶もいつかは褪せるだろうって思う。


 でも、きっと。


 多分、きっと、この瞬間だけは忘れないんだろうなぁ、って思ってしまうのだ。




 ―――だって、私の心がこんなにも安らいでしまうのだから。

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