第41話:コクーン6「別れ」

「お嬢様!準備できましたよ!」


 ローズがトラックから大きな声で叫んだ。彼女は運転席の扉を勢いよく閉め、トラック横を走る。トラックの荷台には新しいドレスに身を包んだヘレナ専用のヒトガタ"ヴィッキー"が仰向けで固定されていた。くまなく整備され、新品といっても申し分ないほど万全な状態であった。出撃の時を待つばかりだ。

 ローズが荷台後部に回り込むと、彼女のパートナーかつ仕える主人であるヘレナがいた。彼女はあどけない笑顔で話をしている。ローズは声をかけずその姿を微笑み見ていた。ヘレナはローズが来たのに気づき、服をかるく整え、姿勢を正し、


「皆さまもうすぐ出発の時間になりますわ」


 ヘレナとローズは次の狩場へ向けてここ、シャスール機関本部を出発する。


「…気をつけてね」

「無理しないように」

「拾い食いすんなよ」


 その準備を終えたところにちょうど新装備試験の開始前であったメイジー、クロエ、デリーナの3人が見送りに来ていた。


「はい。フフ、楽しかったですわ、また皆んなでタイシュー浴場でしたっけ?入りたいですわ」


 どうやらローズが来る前の会話は昨日の風呂についてだったらしい。私も会話に入りたかったとローズは内心、悔しがっていた。そして、ヘレナの可愛らしい体躯を思い出し、鼻血がでそうなのを耐えていた。それに気づいたデリーナは目をそらしつつ、


「ああ、またな入ろうな」

「また入ろう…まあ、クロエはいなかったけど」


 デリーナに続いてメイジーが言葉を返す。嫌味なニュアンスを含んだ物言いで、細めた目でクロエを睨んでいた。瞼のすき間から覗く眼光の強さにクロエは思わずたじろいた。メイジーは相当クロエと風呂に入りたかったらしい。さらに圧をかけるようにメイジーが顔を近づけると、彼女はとある事に気づき鼻をヒクヒクと動かした。


「…イアイカラの実の匂いがする!…風呂に入らずに飲んでた?」


 イアイカラの実とは乾燥させたものがお酒のお供として定番の紫色の果実であった。どの地域でも群生地している手頃なものだ。そして独特な匂いをもっている。


「い、忙しかったんだよ、つまんでもいいだろ?」


 クロエは小さな声で弁解する。少しの罪悪感からだろうか、顔を引きつらせていた。


「フン!どうだか…ヘレナ、こんな子に育っちゃダメだよ」

「そうだぞ」

「大丈夫です!私がそうさせません!」


 デリーナが意地悪な笑顔ではやしたてローズが胸を張って答えた。


「おいおい、悪かったって」


 クロエが謝るが、メイジーはそっぽを向いておほを膨らませていた。

 短かったが和やかな時間が流れていた。


 しばらくして、2人を乗せたトラックがようやく出発する。小さな土煙を立てて、舗装された道路を走り抜けてゆく。彼女らは互いに手を振りった。

 赤ずきんは特異体を狩る、命を賭して。狩りは常に死と隣り合わせ、また会える確証はなどどこにもない。しっかりとその戦友の姿を目に焼き付けようと遠くに消えるまで彼女らは手を振り続けた。


 西側の空には鼠色の雨雲がゆっくりと流れていた。数刻後に雨が降るであろう。


「二人が仲良くなって…よかった」

「前はあんなにいがみ合ってたのにな」


 デリーナとメイジーは互いに笑顔を交わす。ローズはヘレナの姉が自殺した原因とも言えるメイド達の一人であった。それが原因でコンビを組んでからもずっと2人の間には壁があった。何度か共闘したメイジーやデリーナはそれを見ていたため、今の仲つむまじい姿を見て心より安堵していた。


「ああ、そうだな。さて、我々も親交を深める為、次の試験に行くとしようか」


 クロエが二人の先頭に立ち、新装備の場所へ誘導する。格納庫が横一列に並んでいる中で一際大きいものへ3人は足を運ぶ。


「次の試験は…何?」

「お前達には空を飛んでもらう」


 クロエが力強く答え、格納庫の扉を勢いよく開けた。

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