第28話:フィスト1-11「恩」

「すみませんお嬢様、お見苦しい所を。ささ、お嬢様、お洋服が汚れてはいけません。お屋敷に――」

「何してるの?」


 お嬢様は繰り返し私に問いました。視線は私の傷だらけの手に向けられ、次に白群の瞳は私の目をじっと見ました。なんだか、私の瞳のその奥まで見透かしているように感じました。

 私はお嬢様に大丈夫です、そう言おうと口を開きました。が、視界は涙でゆがみ、私の唇は震え、言葉はカタチになりませんでした。そんな私にお嬢様は手を伸ばし、頭を優しく撫でてくださいました。


「大丈夫」


 その言葉を聞いた時、涙が止めどなく目から流れ出ました。


「ヒグッ、ネックレスを無くしたんです。大切なものなんです。ヒグッ、ずっと探してるんですが、見つからなくて…」


 私は探しているもののことを声をしゃくり上げながら話しました。その時の私の顔はきっとくしゃくしゃだったと思います。

 そうすると、お嬢様はそっと私の頭から手を放し私に頬笑みかけ、突然水路に飛び込みました。


「何をしてるんですか⁉」


私は驚きのあまり思わず怒鳴ってしまいました。

お嬢様は腕まくりをしながら、


「一緒に探したげる。あたし泥遊び好きだから、服汚してもいつもの事だからそんなに怒られないよ」

「し、しかし」

「いいから、いいから。探させないと、お母様にあること無いこと言っちゃうよ? ネックレスってどんな色」

「…チェーンは金色で付いている石は赤です。…良いんですか?」


 ん!お嬢様はそう返事して泥の中を探り始めました私も涙を拭いてネックレスの捜索を再開しました。


 二人で探し始め1時間ほど経った頃、


「これ?」


 お嬢様の掲げた手の中を見ると太陽の光に反射して赤い光を放つものがありました。お嬢様曰く、泥に隠れてしまっていた水路の分岐点にあったようで、私はその存在に気づきませんでした。

 私は軽率ながら思わずお嬢様に抱きついてしまいました。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 先程流したものとは違う心の色から出る涙が溢れだしました。お嬢様は優しく抱きしめ返し、


「よかったね!」


 お嬢様も本当に嬉しそうな表情をしていました。


 私が帰る頃には陽が傾いてしまいました。屋敷につくと自分の仕事をほったらかしにし、誰にも言わず、ケガをして帰ってきた私は当然怒られました。特にメイド長はカンカンで足の裏が痛くなるほどの時間説教されました。疲れ果ててメイド長室から出てくると、今度は奥様に呼ばれました。

 呼ばれた部屋に入ると奥の方に奥様が座り、その隣にはあの先輩が立っていました。そして、その二人は気づいていない様子でしたが部屋のカーテンの裏にはヘレナお嬢様が隠れているのが見えました。

 手で促され、奥様の目の前に立つと、


「ヘレナからあなたの首飾りを持ってそこの者が水路に向かっていたのを見たと聞きました。水路にあなたの首飾りを投げ入れたのはそこの者で間違いないでしょう。加えて屋敷の者に聞いたところ、そこの者はあなたにひどい事をしていたことがわかりました。」


 先輩は何も言わず頭を深々と下げた。奥様はため息をついて先輩を一瞥し、今度は私を見て、


「ローズ、この者はやめさせる事に決まりました。良いですね?」


 私は一度先輩を見て俯き、少し考えた後答えました。


「彼女を辞めさせないでもらえないでしょうか?」


 私以外のこの場にいる者全員が驚きの表情を見せました。


「それで本当に良いのですか?酷いことをされたのでしょう?」


「確かに酷い事をされましたし、まだ許せません。けれど、ここに働く者にとってここが大切な所だという事も知っています」


 この屋敷で働く者の多くは私と同じように行き場を失ったもの達であること私は知っていました。先輩もその一人です。私も含めここが最後の拠り所であり、失えはどういう運命を辿るのか想像に難くありませんでした。


「そうですか…わかりました。あなたがそう言うのならば、そうしましょう。ただし、咎めなしとはできせん。しっかり働いてもらいますよ」


 先輩は、はいと涙を流しながら返事をして、何度も何度も私に頭を下げながら感謝の言葉を口にしていました。

 私が横目でカーテンの方を見るとヘレナお嬢様は笑顔で親指を立てていました。


 その後、ヘレナお嬢様のおかげで、先輩のいびりは全くなくなり屋敷での生活は充実した日々が続きました。

 私は今回の一件でヘレナお嬢様に大きな恩ができました。屋敷での生活の中で少しずつでもこれからその恩を返していこうと私はそう思っていました。


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