第24話:フィスト1-7「奈落」

「クソ…だいぶ深いな…」


 上の方を見ると穴の入り口がだいぶ遠い。おそらくヒトガタの推進器を用いた一度の跳躍でギリギリ届く高さだろう。穴の底はだいぶ広く上から光が射す中心以外は暗くて先が良く見えない。

 隊長機は頭部に搭載されたライトを点灯させ、


「みんな大丈夫か?」


 暗闇の中にポツポツとライトが点灯し、皆から無事だと返事が戻ってくる。どうやら残っていたヒトガタの内、隊長機を含め6機中5機がこの穴に落ちてしまったようだ。


「皆すまない。俺が不甲斐ないばかっりに」

「隊長、今度おごってもらいますよ」

「俺、いい店知ってます!」


 皆、軽口をたたくくらいにはまだ心に余裕があるようだ。あるいはこの奈落の底での内なる恐怖をごまかしているだけなのかもしれない。光の射す穴の中心に皆集まる。


「特異体がいつ襲ってくるかわからない、とりあえず壁からは離れていよう。各自機体の状態を報告してくれ」

「4番機、各部正常です」

「5番機も同じであります、問題ありません」


 隊長機と4~6番機は地面が綺麗に崩れたおかげで機体へのダメージは少なく済んだらしい。だが、


「7番機、左脚部の推進器が深刻な損傷。跳躍は難しいです」


 7番機の一機だけこの穴から抜け出すには大きなダメージを負っていた。


「よし、7番機から4番機に移動しろ。その間5番機と6番機は俺と警戒だ。皆生きて出るぞ」


 隊長は7番機と4番機を中心にして残り3機で陣を張り警戒するよう指示した。が、


「隊長、5番機が…見当たりません」


 先程の機体の状態確認時にいた5番機が姿を消していた。この暗さだ、近くにいるのかもわからない。大きな声で呼びかけると暗闇から微かな声が、


「たす...けて...」


 突然、6番機の元に暗闇から影が倒れ込む。6番機は咄嗟に受け止めると、影の正体は5番機。しかし様子がおかしいかったので、両肩をつかんで引き離してみると機体の胸の部分は無残に破壊され、機体内部の赤い塊が口をパクパクさせていた。


「うわあぁぁぁぁ!」


 動揺した6番機は後ずさり壁に機体の背中をつけてしまう。

 そして、壁から特異体の手が伸びて6番機をがっしりと掴み、抵抗を意に介さず壁の中に引き込んでいった。


「おい!急いで跳躍するぞ!」


 隊長は動揺しながらも4番機に呼びかける。しかし返答は、


「う、動けません!」


 二人を乗せた4番機は必死に足を上げようとしていたが、足元には黒い粘性の高いものがあった。それはまさしく特異体に用いた黒いトリモチだった。特異体の動きを止めるほどのものだ、特異体に対して圧倒的に力の劣るヒトガタが抜け出せるわけがない。


「そうだ!焼夷弾で焼けば」


 有機物であるトリモチは燃焼することができる。4番機は投擲砲を片手に腰にマウントされてる焼夷弾を取り出そうと手を伸ばす。が、4番機の背後の地面から長い腕が伸びその先端のドリルで4番機の胸を後ろから貫いた。そして、その拍子に4番機は持っていた投擲砲の引き金を引いてしまい暴発。隊長機の足元に着弾した。


「とりあえず、ここを出…⁉」


 隊長はこの穴から抜け出そうとしたが、先程の暴発により推進装置が損傷し跳躍することができなかった。


「クソ!クソ!」


 息を荒げながら隊長機は銃を構える。ここでなんとかして迎え撃つしかない。額に大量の汗、心臓の音が耳の奥でする。

 ザッ


「ここだ!」


 音がした方向に発砲、すぐに着弾した。確かな手ごたえがあった

 闇の向こう側から何かが姿を現す。


「なんでだよ…」


 隊長機の間に現れたのは、特異体に引きずりこまれたはずの6番機。四肢をもがれ空中に浮いていた。そして胸には焼け跡、隊長の榴弾による損傷。


「たい…ちょう…」


 見るも無残な隊員。微かな声とともに絶命する。


「…どうして…」


 隊員を隊長である自分の手で殺してしまったという事実に頭が真白になり、うなだれ、隊長は完全に戦意を喪失する。


「ヒャヒャヒャ、最高ダナ!」


 6番機の後ろから特異体が高笑いしながら姿を現す。6番機は空中に浮いていたのではなく背中を特異体が掴み、持っていたのだ、盾にして。


「イヤア、マサカコンナ簡単ニイクトハナア。コノ大穴ツクルノモ簡単ニ誘導デキタシ、車両カラ拝借シタとりもちニモウマク引ッカカッテクレタ。マア他ニモイクツカ仕掛ケヲ施シタケドコンナニ簡単イッタシ、杞憂ダッタカモナ」


 動かぬ隊長機に向けて大きく振りかぶる特異体の顔を満面の笑みが浮かべられていた。


「ソレジャア、バイバイ」


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