第22話:フィスト1-5「罠」

 転倒した白いヒトガタに特異体の手があと少しで届く距離だった。

 ゴッ!

 特異体の足が山吹色の地面に飲み込まれ、腰のあたりまですっぽり入る。それはいわゆる落とし穴。目の前の白いヒトガタに夢中の特異体はその手前の地面の色が違いに気づかなかった。とはいえ腰までまでなら問題ないないので両腕を使って体を上に持ち上げようとするが、


「…!?」


 動かせない。落とし穴の中はいつのまにか粘性の高い黒い液体で満たされ、それが下半身にへばりつき動きを封じられ、踏ん張りもきかない。


「シャスール機関特別製のトリモチだ。抜け出せはしない」


 先程地面に刺さっていた白いヒトガタが特異体の前に悠々と立つ。そして、手を上げると白いヒトガタの背後から複数本のワイヤーが飛んで来てその先端のアームが特異体の腕をがっしり掴む。振って引きちぎろうとするが数が多く、腕を前に突きだし地面に手をついた状態から動かすことができない。ワイヤーの伸びる先を見ると地面に杭を打ち付け固定した車両に繋がっていて、それが扇状に並んでいた。

 そして、その車両の間からぞろぞろと白いヒトガタと同型の黄土色のヒトガタが8機、姿を現した。白いヒトガタを含めその機体達の左肩には4の数字が強調されたエンブレムが描かれていた。黄土色のヒトガタの内一機が白いヒトガタの側に来て、


「シャスール機関第4支部防衛ヒトガタ部隊各員、隊長の指示通りこの草原に集結、プランCを発動し、現在第2段階に以降できます。隊長、ご無事で何よりです。しかし、転倒する演技まで必要だったのでしょうか。危険すぎますよ」

「副隊長、油断はしてはいけない。特異体は頭が切れる。とはいえ直情型のやつで簡単に街からこの草原に誘導できたし、杞憂だったかもな。さあ次の段階に以降しよう」


 白いヒトガタは隊長機のようだ、隊長機が指をクイッとすると、黄土色のヒトガタの内二機が車両から”とあるもの”を重そうに取り出す。


「通常のヒトガタではお前たち特異体に効果的なダメージを与える武器を赤ずきんのような出力がないため携行できない。が、お前が動けないこの状況なら話は別だ」


 “とあるもの”は十数メートルもあるヒトガタとほぼ同じ大きさの長細い箱型で、中からは一本の杭が顔をのぞかせている。それを左右で抱える二機の背中からはか節足動物のような細い腕が複数本伸び、箱型に接続していて、持つのをサポートしている。


「よし、背中に打ち込め」


 箱型を抱えた二機は特異体の背後に移動し、特異体の背中にしっかりとそれを押し当てる。危険を感じた特異体が藻掻くがもちろん身動きが取れない。

 ガシュッ!

 箱型の杭が勢いよく射出される。その杭は易々と特異体の皮膚を貫き、肉を割き、内臓にまで到達する。鮮血が噴水のように勢いよく吹き出し、箱型とヒトガタ二機を赤に染める。特異体の口からはゴパッと血のあぶくが溢れ出る。

 それを見た隊長は愉快そうに笑い声をあげ、


「どうだ? 結構効くだろ。安心しろ、時間はたっぷりある。何回でも味わえるぞ? 」


 隊長機は手を降ろし、さらに一撃加えることを指示する。

 それを受けた二機は構えなおし箱型を起動させる。が、カシュッと間の抜けた音が聞こえるだけで杭は一向に飛び出してこない。繰り返し起動するが同じ結果。どうやら特異体の鮮血を浴びて内部機構に異常をきたしたようだ。二機のヒトガタが頭を左右に振ると、隊長はため息まじりに


「チッ、仕方ない。傷口に炸薬でも詰めるか」

「早クシナイト、死ヌノハ、オ前ラダゾ」


 濁った声の返答にヒトガタ全機が銃器を構え臨戦態勢に入る。声の主は特異体。


「へえ。しゃべれる個体か。で、俺らはどうやって死ぬんだい? まさかお前が殺すってんじゃないよなあ? 身動き取れないもんなあ」


 隊長は特異体の前を左右に歩きながら嘲笑する。


「マア、見テナ」


 特異体は口角を上げ自身の血で染まった牙を見せて笑う。そして、両手の甲のらせん状の突起が金切り音と共に高速回転する。それが地面に触れるとガガガと勢いよく地面を削り、その腕に引っ張られるように特異体の体も地面に向かって動く。その力は強く、トリモチはブチブチと下半身からちぎれ、特異体を拘束しているワイヤーが伸び切り亀裂が入り始めていた。


「直に拘束が解かれてしまう!全機射撃開始!」


 隊長の号令と共にヒトガタ達が手にしていた回転式の投擲砲を一斉に放ち、耳をつんざくような轟音が響き、凄まじい爆風が辺りを吹き荒らす。

 皆の回転式弾倉内の弾を撃ち尽くし、爆発音が止む。数秒の静寂、立ち上る土煙。そこに吹いた冷たい風が土煙をさらっていく。

 そこに特異体の姿はなかった。

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