27、分かり合えない2人

「君のお父さん、最高だよ。ほら、サインまでもらっちゃった。一生の宝物にしないと」  

 エシルバは上機嫌でサインの色紙をうっとり見つめていた。

 トロベム屋敷に戻った3人は、リフの部屋で勉強会という名のお菓子パーティーを開いた。


「だろ? 俺、父さん大好きなんだ。なんて言えばいいのかなぁ、親友みたいなものさ、ニュアンスで言うとね。そうだ。今度さ、俺のうち来る? うちって言っても父さんの実家なんだけど。いいだろう? 長期休みに入ったらクリーグスに遊びに来いって! なんならポリンチェロも誘ってさ」


「いいの?」

 エシルバはうきうきしながら尋ねた。


「当たり前だよ、むしろ大歓迎さ。うちの家ばかでかいから1人で帰っても暇なんだ。上に兄がいるんだけど、とんでもなく不良、札付きの悪さ! 毎晩どこほっつき歩いているのか分からないし、大した相手にもならない」


「両親と一緒に帰るんじゃないの?」

 カヒィは聞いた。


「父さんは年中映画の撮影で飛び回っているよ。母さんは4年前に離婚したから家にいないんだ。不思議なもんだよね、一生添い遂げたいと思って結婚したのに、どこかでヒビが入っちゃうことってあるんだから」


「そっか」

 カヒィは少ししんみりした。


「でも俺、さみしくないよ」

 そう言ってリフはニッコリ笑った。


「君がジュビオに友人って紹介されてた意味が分かった気がするよ。親同士があんなに仲良さそうなんだもん」エシルバは何の気なしに言った。

「大正解。俺、使節団にスカウトされたのはジュビオの父さんのおかげなんだ」

 エシルバとカヒィは同時に驚いた。


「ジュビオの父さんが俺の父さんと長年の友達らしくてさ、施設団のパイロットに枠が一つ空いているからそこへどうだい? って誘われたのさ。どうしてジュビオと一緒にいないのかあの父さんは不思議がってたな」とリフはクスッと笑った。「まぁ、入っちゃえばこっちのもんだ」


 3人が部屋でのんびりする一方、屋敷の裏庭は険悪な雰囲気に包まれていた。ウリーンに呼び出されたポリンチェロが険しい顔つきで彼女が来るのを待っていた。


「時間通りに来てくれたのね」

 ウリーンは自慢の巻き髪を手で払いながら言った。


「用事ってなに?」


「簡単な話よ。あなたってば身の程知らずだから教えてあげるけど、あのエシルバって子と一緒にいない方がいいんじゃない?」


「エシルバは……私たちの仲間だわ」


「あきれた。あの子は確かに特別な子だけど、ジュビオと一緒にいた方がこの先、なにかと便利じゃない。ジュビオのお父様は絶大な権力者。エシルバの父親は犯罪者。この意味、分かる? それでもリフって子と同じでエシルバが良いっていうんなら、まぁ、いいけど。苦労するのはあなただから。でも、あなたが素直で賢く立ち回りたいっていうなら、あなたのお友達になってあげてもいいわよ」


 ウリーンはスッと手を差し出したがポリンチェロは手を出さなかった。


「そう」

 ウリーンは肩をすくめた。

「長いものには巻かれろ、あなたはそう習わなかったの?」


「あなたに憧れる人はたくさんいるでしょうね」


 ウリーンはどこか勝ち誇ったご満悦の顔になった。ところがポリンチェロが「でも」と返したことで彼女から笑みが消えた。


「一寸の虫にも五分の魂よ。あなたが見くびってかかっていいものなんて存在しないわ。私もその一人よ」

 これにはムッときたらしい。ウリーンはどこか悔しそうに唇をかみながらみるみる紅潮していった。


「虫に例えるなんて、あなたにお似合いね! そもそも、なぜあなたみたいな子を水壁師見習いになんかしたのかしら。私のお友達にもたくさん水壁師希望の子がいたのに。それでもあなたが選ばれた。どんな手を使ったの? だって、ご両親はごく普通の人なんでしょう? ごくごく普通の、平凡な人」


 ポリンチェロは唇をかみ締めた。「えぇ」

「なら、あなたのご両親はさぞかし娘のあなたが誉でしょうね。代々役人の一家である私やジュビオとは比べものにならないけれど」

 ポリンチェロは笑うでも怒るでもなく黙っていた。


「なによ、なんとか言いなさいよ。その目はなに?」

 ウリーンはあわれみにも似たポリンチェロの目を見て嫌そうに言った。


「私の両親は捕まったわ」

 ウリーンはポカンと口を開けてから納得したようにうなずいた。


「あら。じゃあ、あなた。エシルバと一緒なのね? 私が手を差し伸べるべき相手でもなかったってことだわ。あなたも犯罪者の子どもってことでしょう? あぁ、かわいそうな子」

「いいえ」

 ウリーンはいら立った。


「認めなさいよ」


「かわいそうなのはお父さんとお母さんだわ。無実の罪で捕まって、今もダグリットにいるの。私はいつかきっと、両親が冤罪だと証明してみせる。おあいにくさま、自分をかわいそうだなんて思ったことは一度もないわ」

 ウリーンは真剣なまなざしで訴え掛けるポリンチェロをしげしげと見返した。


「苦労するわよ」

 そう言うと、ウリーンは笑みをサッと消して立ち去った。


 師弟関係を結んだ結果、同じチームメートのウルベータとも仲が良くなった。ありがたいことに、彼はとにかく誠実な少年だった。つまり、誰とは言わないが――人の上げ足をとるような人間とは違って配慮ができる育ちのいい人間ということだ。


 ある日、エシルバは大樹堂の細長い展望テラスを歩いていた。ジグから仕事中に休憩をもらい、両手にはチョコレートに熱々のお茶。ちょっとした幸せなひとときを満喫できると思っていたが、壁に寄り掛かかるジュビオレノークを見てがっくりきた。


「君も休憩?」

 なんとなく話し掛けてみると、なにか焦った様子でクルリと背中を向けられた。様子が変だと思ってさらに近づいてみると、なんと左頰が真っ赤に腫れているではないか。


「ひどい傷だ。今すぐレグニーに……」

「よせ、このくらい平気だ」

 ジュビオレノークは頬を押さえながら言ってエシルバに肩をぶつけながら歩いていった。


「一体誰に殴られたの? 今朝はいつも通りだったじゃないか。もしかして、シィーダーとの実習中に……なにかあったの?」

 すると、急に目の色を変えてジュビオレノークが戻ってきた。

「いいか? けがのことは誰にもしゃべるな」

「知られたらまずいことでもあるのかい?」


 ジュビオレノークはより厄介な顔になった。

「僕は君みたいな人間とは違うんだ。分かるだろう? 僕はいずれロゲン家の当主になる人間だ。例えどんな問題が起ころうとも自分で対処する」

「立派だよ。だけど、なぜそんなに頑ななの? ロゲン家の当主となる人間は弱みも見せてはいけないの? そんなのおかしいよ。君を殴った人間はちゃんと処罰されるべきだ。使節団の人間じゃなくても、君のお父さんならきっとよく理解してくれるよ」


「なるほど」

 急にジュビオレノークは肩の力を抜いて、指輪だらけの手を組んで手すりに肘をついた。


「道理であのリフが君に入れ込むわけだ」

 意味が分からずエシルバは眉をひそめた。

「真っすぐで、優しくて、いかにも先生から好かれそうな学級委員長タイプ」ジュビオレノークは皮肉って言った。「君もあのジグって男と似たような類だ。でも僕は、そういう連中が大嫌いだ」


 カチーンときたが心の中で5秒数え、怒りのピークをなんとか乗り越えた。こりゃあリフもそばにはいたくなかっただろうな、とエシルバは内心思ったが口には出さなかった。


「それにしても、まったく不思議だね。君みたいな人間がアバロンの騎士というのに選ばれたというのは。どんな気分なんだい?」

 ジュビオレノークは話題を変えて言った。正直、この会話を彼に振られるのはあまり好きではなかったが、どう対応したって皮肉で返されるのは目に見えていた。


「そうか、そうだよな。君だって望んで選ばれたわけじゃない。だけど、正直シクワ=ロゲンの判断は間違っている。君は使節団に入るべきではなかったのさ。なぜ使節団でなければいけない」


「残念だよ、君はもう少し理解のある人だと思ってた。僕はここに導かれてきたんだ。それを君に否定される筋合いなんてない」

 エシルバががっかりした口調で言うと、ジュビオレノークはまるで心に響いていない様子で鼻を鳴らした。


「君は無意味だ。なぜなら、アバロンを阻止することなんてできないからだ。世界はいずれ終わる!」

 こうも否定ばかり続くとこっちまでネガティブになりそうだ。エシルバは頭を抱えながらやがて静かにこう言った。


「怖いんだね」

 ジュビオレノークは反射的に声を荒げた。「なに?」


「僕も怖いよ。でも、やらなければいけないんだ。例え道がなくても道をつくる。それが、シブーが示すべき姿なんだって、そうジグが僕に教えてくれた」


「君の父親は道を壊したというのに?」


「ジュビオ、お願いだから聞いてよ」


「よく言うだろ、歴史は繰り返されるって。君の父親がそうなったように、君もいずれ仲間を裏切るだろう。血は争えない。君みたいのが一番危ないんだ」


 ジュビオレノークはひどいあざを手で押さえながら、エシルバを鋭い目つきで見た。

「君は災厄だ。みんな、心の中では君を厄介だと思っている。言葉にしないのは周りが優しいからだ。でも、僕は他の連中みたいに優しい人間じゃない。みんな、本心ではそう思っている。アバロンの件がなければ君はこの地に足も踏み入れられないはずだった。そうだろ!」


 エシルバには彼が豹変したように思えた。凶暴で、今にもかみつきそうなライオンのような目をしている。それに、どうして使節団に入ったのか文句を言われたって、エシルバにはどうすることもできない。


 エシルバは真っすぐジュビオレノークを見返した。

「僕には選択の余地なんてなかった」


 目は口ほどに物を言うとはまさにこのことで、今のジュビオレノークは憎しみにあふれた目をしていた。しかし、さっきみたいには言い返してこなかった。


「なにを恐れているの? 君は僕を攻撃するけど、その目はどこか違うところを見つめているように見える。君のことはまだよく分からない。でも、同時に君も僕のことを知らない。それなのに、こうして批判し合うことになんの意味があるの? 批判したければもっとお互いのことを知るべきだ、違うかい? ジュビオ。僕は逆に聞きたいよ。君はどうしてシブーになったの? ロゲン家の次期当主として、親に言われるがままかい?」


 バッと胸ぐらをつかまれた反動でエシルバは床に倒れた。殴られるかもしれないと構えたが、彼は静かに理性の保たれた目で見つめていた。


「僕は今、わざとあおった。でも、君がしていることは同じようなことだ」

「君を知ったところで憎しみは増すばかりだ!」

「なぜ!」


 身の危険を感じたエシルバはついに彼の髪をつかんだ。ジュビオレノークはギリリと歯を食いしばった。


 そんな押し問答が数分あって、2人は同時に離れた。エシルバは頭がズキズキして、顔が火山のように真っ赤で汗が噴き出していた。どちらも無我夢中で息を切らしていた理由は分からないが、ジュビオレノークが驚いた目でこちらを見ている。彼がこわごわと視線を向けた次の瞬間、エシルバは深い眠りに落ちるように意識を失った。

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