第4章 慌ただしい役人生活

21、金のコンパス

 翌朝、エシルバは大樹堂郵便局から荷物を受け取った。

 差出人は――  


「ルダ|スー?」


 エシルバは一番近いリフの部屋に向かった。モワッとした空気が鼻に触れる。床はお菓子の袋やクズが散乱、よだれのついた抱き枕と一緒にカヒィが転がっていた。思わず「汚っ」と足を跳ね上げ、エシルバは窓を開けた。清々しい外の空気が部屋を満たす中、ようやくリフがベッドの上で芋虫みたいに動いた。


「おはよう、二人とも」

「エシルバ、いいところに。こいつを早く自分の部屋に戻してくれ」

 リフは死にそうな声で言った。


「どうしてここに?」

 エシルバはカヒィを起こしながら尋ねた。


「部屋に例のブツが出たって夜中に逃げてきたんだ」

「例のブツ?」


 突然むっくり起き上がったカヒィが悲鳴を上げた。二人は寝ぼけたカヒィにうんざりしながらため息を漏らした。

「カヒィ、自分の部屋に戻らないと。リフが迷惑してるよ」

「僕は呪われてるんだ」


 エシルバは眠気覚ましに冷水の入った袋をカヒィの顔にくっつけた。しばらくすると、ようやく完全に目が覚めたのかだるそうに床の掃除を開始した。


「昨日は夜遅くまでお菓子パーティーでもしてたの?」

 エシルバが聞くと二人は同時にうなずいた。


「発明にはお菓子がいるんだ。なにかこう、行き詰まったときは頭を働かせる糖分が必要になる。特に夜の時間帯は僕の頭が一番活性化するんだ」


 カヒィはそう力説しながらリフのベッドの下からどでかい箱を取り出した。中には大きな基板が入っていて、細かいパーツが埋め込まれていた。


「発明?」

 エシルバは顔をしかめた。


「言ってなかったっけ? メカニックオタクなんだ。これはその、小型ロラッチャーのモーターを作る試作品だってさ。俺も機械いじりは好きだけど、こいつは一本抜きんでている。放っておけば、一晩中基板いじりばっかり。なんでシブーになったのか分からないくらいさ」


「発明家? すごいや」

 エシルバは感心しながら言った。


「なにか困ったことがあれば、カヒィに頼めよ。なんでも直してくれる」

「なんでもは直せない」

 カヒィは言い返した。


「そんなことより、僕らになにか用?」

 カヒィの質問でエシルバはようやく目的を思い出した。


「信じられないよ。お母さんからプレゼントが届いたんだ!」

「でも、君のお母さんは病気で亡くなったって聞いたよ」

 リフに言われてエシルバは返答に困った。 


「分かった、とにかく中身を確認してみようぜ」

 箱の中には装飾が施された金のコンパスが入っていた。カヒィは基板でも見るように見開いた目をじっとコンパスに向けていた。

「カヒィ、これは分解しちゃ駄目だからね」

 エシルバは子どもに注意するみたいに言った。


「絶対高いやつだよ。でも、どこの会社が作ったのかロゴがないな」

 リフはしげしげとコンパスを観察して言った。


「誰が僕に送ったんだろう。確かめる方法はないのかな」

「どうだろう、単なるいたずらかもしれないよ」

 そう言うと、リフはあっと思い出したのか自分の手をたたいた。

「それよりすごいことになってる!」


「なにが?」


「朝のニュース見てないの? ネット上で君の名前が急上昇してるんだ。それに、ジグの名前も。ほら、使節団の再結成が話題になっているだろ?」


 エシルバはポケットから薄っぺらい透明なレンズ(ゴイヤ=テブロ)を取り出した。リフはそれをエシルバの腕に張り付けシステムを起動させた。問題のニュースがパッと浮かび上がった。


「これ、僕じゃないか!」

 どこの報道機関も待っていたとばかりにこぞってエシルバとジュビオレノークのことを取り上げている。しかも、握手して向かい合う二人の写真まで載っている。


「こんなの! ずるいじゃないか。だって、昨日はジュビオが勝手に……」

「君、ガンフォジリーの末裔なんだろ? 見ての通り、ジュビオが英雄の子孫だからってみんな面白おかしく取り上げたがるんだと思うよ」リフは言った。


「そんなぁ、最悪だよ」エシルバは絶望した。

「遅かれ早かれこういうふうに取り上げられるとは思っていたけど、あっという間だったね。俺なんて初デビューは奇跡のオレンジ大好き少年だったから」


「わざとやられたんだ」

 エシルバは恨めしい顔で言った。


 カヒィは話を聞きながらどこか深刻そうな顔をすると、すっくと立ちあがって部屋を出ていこうとした。

「どこへ行くの?」

 エシルバは聞いた。


「彼のところさ」


「よせ! カヒィ。よせってば! あいつに深入りすると面倒なことになる。なにしろ父親がすごい権力者だからな。なにかあったら俺たち抹殺されちまう」

 抹殺という言葉に思いとどまったのか、カヒィは体中の穴から蒸気を噴き出しそうな勢いでどすんと床に座って腕を組んだ。


「無駄なけんかはしない方がいい。ここでうまく生きていくこつだ」

「なぜ?」

「なぜって……」

 リフは急にしぼんだ。


「あいつはエシルバを陥れるためにああした。君はそれでいいのか? 反論もせず、自分が嫌なことをされていることにも黙ってふたをする」


「カヒィ、いいんだ。はっきり言ってこんなことは癪だけど、いずれ物事をはっきりさせるさ。反撃するには正しい情報をもって僕なりの正義が必要なんだ。でも、今は動かない方がいいかもしれない」


 カヒィは手に顎をのせて納得してなさそうに聞いていた。

「とは言いつつも、あいつの顔みたら暴言が止まらなそうだ」リフは笑った。「そういや、今日から通常業務に入るんだよな?」

「なにも聞いてないよ。そもそも、二人は僕よりどのくらい先にシブーになったの?」

「俺とカヒィも一緒で2週間前。インターンシップも合わせれば1カ月ちょっとってとこかな」

 それを聞いてエシルバは大いに納得した。道理で彼が初めて入った「新団員」のにおいがしないと思ったわけだ。


「通常業務ってどんなことするの?」

「まずは、三大必需品の使い方を教えてもらうんだ。それと、役人の講習会にも参加しないと。シクワ=ロゲン規則だとか、全六書の触り部分とか、要するに役人として必要最低限のことをまずは頭にたたき込む!」


「学校と大して変わらないね」


「へたしたら大学よりも楽しいところだ。望んだら自分の好きな分野を学ぶこともできるし、政府が僕らに投資してくれる」

 急にカヒィはにこにこしてエシルバの肩を持った。


「学校と一緒にしたら怒られるぜ。俺たちは国民の税金と寄付金から給料をもらっているんだからさ。でも、残念ながら無星階級は給料が出ないけど」

 エシルバは驚いた。


「それって、どういうこと?」

「いわゆる下積み時代ってやつだ。その代わり屋敷での生活費や毎日の食費は制限付きで無償になる。全国シクワ=ロゲン基金から毎年集められる膨大な寄付金によって賄われているってわけ」


「リフは等級制だけど、僕らとは違うの?」

「あぁ」リフはニッと笑った。「基本給に技術料がもらえる」

 リフは何でも知っているなぁとエシルバは感心した。

「そういえばリフ。君もアバロンのことを知っているんだよね」

「あぁ、それ……聞こうと思ってたんだけど、なんだか触れてもいい話題なのか分からなくって」

 意外とみんな慎重なことにエシルバは驚いた。もっとずかずか立ち入ったことを聞かれるとばかり身構えていたのに――


「さっきの話だけど、なにが問題かって、俺たち以外アバロンのことを知らないってことだよな。理由もはっきりと分からないのに、いきなりゴドランの息子が使節団に入るなんて違和感しかないもんね。俺は理由を知っているから、なんら不思議には思わないけど。

 まぁ、心配するな。使節団のメンバーは全員知ってるから。君がアバロンの騎士とかいうすごいやつだって。みんなあんまり聞いてこないと思うけど、実は結構気になっているんだ。だって、俺と同じ歳の男の子がブユに選ばれたたった一人の騎士なんだもん。あぁ、でもいいんだ。君が話したくなったらいつでも話聞くからさ。今は忙しくてそれどころじゃないだろ? お互い」

 リフはそう言って笑ってくれた。


「アバロンのことを知ってまで、使節団に入ろうと思ったのは……すごいよ」

 エシルバは2人の顔を見て言った。


「俺だって、最初聞かされたときは驚いたよ! 入団を断ることもできたけど、それでも使節団で働きたかったからこの道を選んだ。みんな同じさ。君も覚悟を持ってここまで来たんだろ?」

 エシルバは言葉に迷わなかった。「うん」


 その後その後、3人は通勤電車に揺られて大樹堂の使節団屯所に向かった。とりあえず大樹堂の中に入ってしまえばやじ馬に注目されることはないのだが、すれ違う何人ものシブーに二度見されたり疑惑の目を向けられたりするのはまだ慣れなかった。

「おや、リフ! 来ないと思えばその2人と一緒か!」

 屯所に入るなりジュビオレノークが声を掛けてきた。エシルバとカヒィの顔を見比べるなり彼はどこかさげすんだ目をした。


「昨日は随分と勝手なことしてくれたよ。ブルウンドも怒ってた」

 リフが言った。


「偶然いたからね。友達になれたいい機会じゃないか」

「普通、マスコミの前で発言する時は事前に確認してからじゃないのか」

「手厳しいな」

 ジュビオレノークは笑った。


 リフはこの程度でなんとか収めようとしたが、案の定カヒィは胸を張って前にでた。

「なんだ?」


 ジュビオレノークは立ちはだかるカヒィを見て不愉快そうに目を細めたが、彼が通せん坊するものだから前に進めなかった。そんな押し問答が数回あってからついにジュビオレノークは「邪魔だ」とはっきり言った。


「友達? 随分と便利な言葉だな。君はエシルバのことをちっともそんなふうに思っていないのに。この間、君はうっかり僕にこんなことを教えてくれた。エシルバを蹴落としてやりたいって。今朝のニュースは嫌がらせだろ」

 カヒィが満面の笑みで口笛を吹かすと、ジュビオレノークはくるりと踵を返して去っていった。3人はソファに座って向き合い、さんざんジュビオレノークのことでしゃべり倒した。もちろん、半分は悪口でもう半分は事実確認だった。


「誰から聞いたのさ、蹴落としてやりたいって」

 リフが真面目に聞いた。

 カヒィは指をピンと立てると大きな耳をたたいた。

「自分から言ってきたんだ。僕は耳も記憶力もいい、しっかり覚えてるよ」

 エシルバとリフは余計に面白くなってクスッと笑った。


「そりゃあ赤面して逃げ出したくもなるよ」

 ソファにのけぞりながらリフが頭に手を添えた。


「それにしても、親が偉大ってのは大変だ」

 そのせりふがなぜか面白くてエシルバは笑ってしまった。

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