第11話 初めてのお使い 3

 人見知りな性格ではないけれど、ワイルド系美丈夫に見守られながら一人昼食をとるのは、さすがにきまずいんだけど……。


 チラチラと目の前に座るアイン団長を見ながら、とりあえず果物でもすすめてみる。サンドイッチはイザークのお昼ご飯だからね、そっちはあげないよ。


「その果物、お嬢さんがむいたのか?」

「いや、ほとんどイザークがむいたのでご心配なく」

「心配なんかしないけどねぇ、どっちかというとかわい子ちゃんがむいたやつが食べたいもんだ」


 そう言われても、果物は全部イザークがむいてしまったしな。私がむいた歪なものはすでに私のお腹の中だ。果物を見て悩んでいると、アイン団長がニヤリと笑った。


「否定しないんだな」

「へ?」

「お嬢さん」

「あぁ!」


 私はポンッと膝を叩いた。

 そう言えば、お嬢さんとかかわい子ちゃんとか、女の子に対してしか言わないよね。うん、普通に照れて受け流してたよ。でも別に自分から積極的に性別詐称した訳じゃないのよ。間違いを訂正しなかっただけで。


「団長さんからしたら私は女性に見えますか?」

「えっ?かわい子ちゃん以外の何に見えるんだ?しかも、それなりに……妙齢の御婦人ってぇの?ぶっちゃけ子供じゃないよな。見た目は小さいけど」

「正解です。神崎詩織、二十六歳です」

「キャン……」

「どうも私の名前は発音しにくいみたいで。神崎が家名で詩織が名前です。でも、シォリンでいいですよ」

「あぁ……うん、で、何だって少年のふりを?」


 私は異世界のことは伏せて、イザークとの出会いからアイン団長に話した。よくわからない環境に放り出され、子供に間違われたのなら、環境に慣れるまであえて年齢は伏せておこうと思ったこと、少年に間違われていたのは自分でもよくわからないけれど、いまさら女子ですとも言いづらく訂正はしていないこと。特に少年ぽく振る舞ったことはなく、一人称も「私」なのに伯爵家全員から少年扱いされてちょっと納得いかないなどの愚痴もどきまで。


「まずは髪型だな」

「髪?」


 私は自分の肩を少し超えたくらいの髪を引っ張った。


「女は生まれてかある程度まで髪を切らない。だいたい腰くらいまでだな。男は子供ん時はシォリンくらいで、成人ちょい前から伸ばしだす。こんぐらいな」


 アイン団長は背中の真ん中くらいまである髪を示してみせた。言われてみれば、みんなそれくらいかもしれない。男性はだいたい一つ結びにしているし、女性は垂らしていたり編み込んだりしているがかなり髪の毛長いなとは思っていた。


「あとはズボン」

「ズボン?」

「女はズボンを履かない。女騎士は例外だが、それでも足の形が顕になるようなズボンは履かない。子供でも女子は膝下丈だな。成人女性は足首も見せない」


 なんと!

 私がこの世界に来た時、ズボンスーツだったね。しかも細みでフィットした感じの。


「……ハァー、おまえさすがにスカート履いた方が身の為だぞ」

「身の為とは?」

「女だってイザークにバレた時、あいつが怒り狂うから」

「はい?」

「なんつうか……、女が足の形を晒しているってことはだな、男がチ○コ丸出しで歩いてるようなもんなんだよ」

「ブッ……、ゲホゲホッ」


 食べていた果物が気管に入らそうになり、私はむせ込んでしまった。咳き込んでる時、「番の足を他人に晒してたとか知ったら、あいつ怒り狂うだけですむかな?確実に見た奴根絶やしにすんだろ」などと、アイン団長がつぶやいていたのだけれど、私は胸をドンドン叩いて咳き込んでいたので、全く聞いていなかった。


 咳が落ち着いた頃、イザークがけっこうな勢いで部屋に駆け込んできた。


「シォリン、無事?!なんか咳してなかった?!」


 だからさ、ここはそんなに危険地帯なのか?海外のスラム並みなの?それより、私の咳ってそんなに大きかったのか?どんな耳して……あぁ、狼さんの耳でしたね。


 アイン団長は呆れたようにイザークを見ていたが、イザークが私の隣にピッタリと収まったのを確認して、「よいせっ」と少し親父臭い掛け声をかけて立ち上がった。


「ほんじゃ、仕事に戻るや。シォリン、さっきの忘れんなよ」


 アイン団長は手をヒラヒラ振って部屋を出ていき、イザークは「なんのこと?」とかなりしつこく聞いてきた。

 アイン団長の喩えはおいといて、やはり性別は隠したままだと駄目かとため息が出そうになる。


 だってさ、恥ずかしくない?いまさら実は女なんですとか、少年にしか見えないナリ(主に胸とか胸とか胸なんだけどさ!)してさぁ。

 まさか、足を出す行為が痴女行為なんて知らなかったんだもん。年齢的には足首も駄目なんだよね。どうせバラすなら一気に全部バラした方がいいよね。


 アアァァァッ! 


 私は心の中で悶えながら、イザークの方に向き直った。同じソファーに座り、膝をつきあわせるくらい向かい合い潔く頭を下げた。


「ごめんなさい!」

「は?いや、なに?どうしたの?」


 頭を上げ、オロオロとしたイザークの顔をジッと見上げる。悪気はなかったアピールに、全力で目を合わせていく。イザークは耳をペタンと下げてしまい、戸惑いを隠せないようだ。


「まずね、騙そうなんてこれっぽっちも思ってなかったのよ。イザークが勘違いしているなって気がついたのは、助けてもらてからしばらくたってからだったし、いまさら違いますなんて恥ずかしくて言えなかっただけなの。あと、私の国の常識とこの国の常識がかなり違くて、だからイザークの勘違いにも気が付かなかったっていうか……」

「俺の勘違い?」


 イケメンさんは戸惑った顔もイケメンですね!写メに撮って待ち受けにしたいくらいだよ。今手元にスマホ持ってないけどさ。あぁ、現実逃避してる場合じゃない。


「性別詐称してました!男子ではなく女子です!!」


 イザークがポカンと固まってしまっている。


「あのね、がっつり言い訳聞いてくれる?私の住んでいた国では、女子もズボン履くし、なんならミニスカートとか足出すのも普通だったりするのね。まさか、この国では女子が足出したりズボン履くのが駄目なんて知らなくて」

「……ミニ……スカートって何?」

「これくらい短いスカート。学生とかだと、見せパンとか履いて下着が見えそうなくらいスカート短くしたりもする。見せパンって、見えても良いパンツのことね」

「ハ?」

「スキニージーンズとか、足にピッタリしたズボンもあるし、短パンとかはこーんなに短いズボン。あ、水着とかは足丸出しだね。水着は泳ぐ為の洋服で、ほとんど下着」

「ハアッ?」

「そんなんが普通の国にいたからさ、まさかズボン履くのは男の子だけなんて思いもしなかったんだよ」


 理解してくれたかな?とイザークの目をジッと見るけど、イザークはまんじりとも動かない。放心っていうか、目開けたまま気絶してない?静寂が居心地悪くて、イザークの制服を軽く引っ張ってみる。

 すると、みるみるうちに目に感情が溢れ、両肩をつかまれソファーに押し付けられた。

 ヒーッ、なんか怒ってるよ!騙されたとか思っちゃった?!


「シ……シォリンもその見せパンとやらを履いてミニスカートを履いたのか?!!!」

「は……履いてない。わざわざ校則破るの面倒だったし、成長期考えて逆に長めのスカート買わされて、結局あんま身長伸びなくて最後まで膝下十センチだったし」

「スキニージーンズや短パンは?!」

「ジーンズは持ってたけど、仕事がブラック過ぎてほとんどスーツで過ごしたから履いてないし、短パンは持ってなかったよ」

「水着は?!!!」


 目が血走り過ぎじゃない?!なんか、着たことあるとか言ったら、イザークの血管が切れそうなんだけど!


「持って……ない」


 嘘じゃないよ。もう十年以上プールなんて行ってなかったから、水着なんか着てないし持ってない。多分、中学の時のプールの授業が最後だよね。


 イザークが急に脱力して私に覆い被さってきた。気絶?血管切れた?


「イザーク、大丈夫?」

「良かった。ほんとーに良かった。シォリンの生足を見た奴がいたら、消し炭になるまで燃やし尽くすところだった」

「はい?」


 なんかブツブツ言っているけど、私をギューギュー抱きしめてきたから、血管が切れた訳でも私を怒っている訳でもないんだなって理解する。


「生足見た奴って、今、イザーク見てるよね?」


 私はイザークの買ってくれた七分丈のズボンを履いていて、イザークに押し倒された時点で膝上までめくれてしまっていた。

 イザークは凄まじい勢いで起き上がると、騎士団の制服の上着を脱いで、これでもかと私の下半身をグルグル巻きにした。

 その顔は真っ赤で、何故か尻尾が引きちぎれんばかりに振られている。

 今まで少年とみなしていた私だけど、女子だと認識した途端、生足の存在に喜んじゃったってところか?何気にイザークってムッツリ?


「洋服!洋服買いに行こう!」

「でも、イザーク仕事中ってか、まだご飯の途中でしょ」

「これ以上シォリンの足を晒しておくのは駄目だ!すぐ行く!今行く!絶対に行く!」


 うーん、そんなレベルで足出しちゃ駄目なんだ。そうだよね、チ○コ丸出しって言ってたくらいだもんね。


「ごめんね、この前買ってもらったばっかなのに」


 それから、イザークは仕事を放り出して、私を連れて洋服屋へと走ったのだった。

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