第6話 首都カンテラでお買い物

「さっきはありがとう」


 目の前には、腕を組んで斜め上を見るエルザがいた。細い尻尾がピンッと立ってその先だけゆっくりと左右に動いている。態度は大きいけど、何か緊張しているのかな。

 獣人の彼らは表情はうまく隠しても、尻尾や耳に感情が出やすい。イザークの愛情タップリの尻尾も可愛いけど、気まぐれなエルザの尻尾も可愛らしい。ゲオルグに言われたから触らせてとは言わないけとわね。


「どういたしまして?」


 私の疑問形の返事に、エルザは明らかに不機嫌そうな顔になる。


「私が頭下げてあげてるのに、なんで不思議そうな顔してんのよ」


 いや、頭は下げてないよね。どちらというと踏ん反り返っているし。キツイ感じの美人ちゃんだから、そんな態度もとてもお似合いですけどね。


「いや、お礼を言われる意味がわからなくて」

「窓拭きのことよ」

「あぁ、あの時は脚立運んでくれてありがとう」


 エルザは吊り上がった目を真ん丸にして私の顔を見た。上から見下されるのは圧があるな。この世界では私はチビだからしょうがないんだけどさ。


「あんた、バカでしょ?」

「はい?」

「もういいわ!お礼は言ったからね」


 エルザは尻尾を揺らして廊下を行ってしまう。


「エルザはイザーク様に私達のこと話さないでくれてありがとうと言っていたのよ。ほら、窓拭きさせたの私達だから」


 いきなり背後から話しかけられて、思わず飛び退ってしまう。振り返るとミラがニコニコと立っていた。短くて先っぽに毛束のある尻尾が小刻みに揺れている。うん、これも可愛い。


「いや、あれは私がやらせて欲しいって聞いたことだから」

「それでもよ。みんな揃ってクビでもおかしくなかったもの。それにしても感心したわ。あんた凄いのね。あのイザーク様のダダ漏れの魔力に対抗できるなんて」

「魔力?」

「怒ってとんでもない量の魔力を放出してたじゃない。ペチャンコになるかと思ったもん」


 ミラいわく、イザークの魔力は人間レベルを遥かに超えてるから、魔法なんか使わなくても魔力を放出するだけで圧死させることができるレベルなんだって。私には魔力がないどころか魔力を感知する能力もないから、イザークに気軽に抱きついたりできたらしいけど。イザーク、規格外ですな。


「もしかして……シォリンはイザーク様の番だったりする?」

「まさか!そんな訳ないでしょ」


 だって、私はこの世界の住人じゃないですからね。異世界に「番」がいたら、出会えない獣人続出で可哀想過ぎる。


「だよねぇ。あのイザーク様の番が欠人な訳ないか」


 自分で否定したけどさ、相手にそれを思いっきり肯定されるとない胸がチクンと痛むぞ。


「シォリンはイザーク様の弟枠だよね。イザーク様、末っ子だから弟妹が欲しかったんだろうな。私もそうだから凄くわかる。私は長女だから、兄姉が欲しかったんだけどね」


 弟……妹ですらないのか。まぁ、性別を訂正してない私が悪いんだけど、誰が見ても男の子に見える私っていったい。


「シォリン、ここにいたのか。出かけるぞ」

「はい?」


 イザークが執務室から現れると、ミラは壁際に下がって頭を下げているが、その尻尾はこれでもかと揺れていた。わかりやすいな、やっぱり。


 イザークと屋敷を出ると、まるで当たり前のように抱き上げられた。肩の上の定位置……、いや、さすがに人の多い都では恥ずかしすぎるでしょ。都入りした時はすでに暗かったし、私は寝ていたしで全然気にしてなかったけど、赤ん坊でもないのに抱っこで運ばれるってさすがにどうなのよ?!

 しかも、イザークがイケメン過ぎるからか、有名人だからなのかはわからないけど、凄〜く人目を引く。無茶苦茶見られる。ハートのお目々でイザークを見ていた獣人女子達が、なんか凄い目で私を睨んでくるんですけど。般若みたいな顔になってますよお嬢さん方。


「下ろして」「嫌だ」のやり取りを繰り返しているうちに、イザークは一軒の建物の前についた。カランカランと音を鳴らせて建物に入ると、そこは洋服屋だった。しかも子供服の。

 原色カラフルでフリフリレースがふんだんについたドレスとかがズラリと並べられている。


 後で知ったこの世界の常識なんだけど、女子はスカートしか履かないんだって。(女性騎士だけ例外)しかも成人した女子が足を晒すのはパートナーにだけ。足の形がわかるズボンなんて論外だったらしい。子供は膝下十センチくらいまでならギリOK。どんな厳しい校則だよ?! って思っちゃったよ。


 十歳設定とはいえ、さすがにこんなブリブリなのは似合いませんよと顔を引きつらせていると、端の方にひっそり陳列された男子物の前に連れてこられた。


 そりゃそうか、年齢共に性別も詐称しておりました。


 女子のに比べると明らかに陳列枚数が違うし、しかも黒、紺、茶、緑……と目に優しい色合いだ。私は薄い茶系色とアイボリーの七分丈のズボン二着に、濃い色合いのシャツを三枚選んだ。上が濃いめにしたのは、胸が目立たないようにする為だ。残念なお胸の私は、あっちの世界にいた時は、楽だからという理由でスポーツブラをご愛用していた。しかしつけていた一枚しかなく、夜中に洗って干して朝つけるというヘビロテ。さすがにヘタってきたから、ノーブラでも大丈夫なように、お胸のポッチが目立ちにくい色合いにしたって訳。インナーのシャツも数枚買ったけどね。そしてパンツ(パンティじゃないよ)も当たり前だけど男物を選ぶ。パンツというより股引き? 膝丈でピッタリしたのがこの世界の男性パンツの定番らしい。


「お坊ちゃまでしたら、こちらの物もお似合いですよ」


 男子物にしたらいささかブリブリし過ぎるシャツを持った店員さんが近寄ってくる。私に洋服をすすめるフリして、目はイザークにロックオンだ。


「そうだな、シォリンは可愛らしい顔してるから、そういうのも似合うかもな」

「かわ……」


 私的には自分の顔は嫌いじゃない。(ポジティブシンキングなんです)でもいたって普通だと知ってますよ。獣人ってのは整った顔が多いみたいだから、私みたいなのは物珍しいのかな?何より、イザークみたいに神々しいまでのイケメンに可愛いなんて言われると、滅相もないッ!!て土下座したくなるな。


「じゃあそれ何枚かと、部屋着にできる楽な衣服数枚と、あと靴三足に帽子も……」

「ちょっと待って!」


 バカみたいに買おうとするイザークの腕を引っ張る。

 そんなに洋服はいらないし、靴だってしっかりしているのが一足あれば良い。帽子なんかかぶる習慣ないよ。お肌の曲がり角だから日よけは大事なのかもしれないけどさ。


「贅沢は敵だよ。それに私に返せる目処もないのに、そんなに買い与えようとしないでよ」

「坊ちゃま、必要経費でございますよ。イザーク様といるのにその格好では……。伯爵家のメイドや従僕でももっと綺麗な格好をしておりますでしょ」


 確かに、イザークのお古をリメイクしたと言っても、なんのセンスもない私の手作りなんだから、見た目がよろしくないのは明らかだ。店員さんが言うように、伯爵家のご令息の横を歩いて良い格好じゃないか。でもなぁ、必要最小限で良くないか? 


「なら、これとこれとこれはいらない。こっちと似てるから。靴は黒のブーツが一足あれば良いよ。帽子はかぶらないからいらない。イザークだってかぶってないじゃん」

「色が違うぞ。靴は雨で濡れるかもしれないだろ。帽子は、似合ってるから買おう」

「そう言うなら自力で歩かせてよ」

「……うん、靴は一足でいいな」


 イザークは靴のみ店員さんに返し、その他のものはシュテバイン伯爵家に運ぶように手配してしまった。そして私は試着したうちの黒いシャツとアイボリーのズボンをそのまま着て店を出た。


「歩きたい」

「新しい靴で靴ずれができるかもしれない」

「歩かなきゃ慣れないよ」

「迷子になったら大変だろ」


 私はイザークの肩の上で、街の人の視線に耐えられずにイザークの耳をグイグイ引っ張った。


「こら、人前で耳を弄るな。はしたないだろ」


 はしたない?意味が良くわからないです。でも、イザークがなんとなく嫌そうに耳をピクピク動かしているから、私はさらに耳を引っ張った。


「わかったから、下ろすから止めろって。本当、人前では勘弁な。二人っきりならいくら触ってもいいけど」


 フワリと地面に下ろされ、イザークは左手を出してきた。


「ほら、迷子防止。離さないって約束できるなら歩いて良し」


 迷子はさすがに困る。スマホとかないこの世界で、はぐれたら会える気がしない。「シュテバイン伯爵家はどこですか?」くらいは口があるから聞けるけど、イザークの足で三十分くらい歩いたから、私の足なら三時間くらい?下手したら半日?たどり着く気がしませんな。


 私は素直にイザークの手に手を重ねた。イザークの尻尾がスルリと私の腰を撫でる。これはご機嫌な証拠。手でやったらただのチカンだけど、なぜか尻尾ならあんまり気にならないんだな。手をつながれ、尻尾で腰を引き寄せられるようにして街を歩いた。


 よく見ると、同じように尻尾で腰を抱いていたり、尻尾同士を絡ませて歩いているカップルがそれなりにいた。あ、親子も……いや、あれは背中を押しているだけかな?

 だいたいがカップルや夫婦。同性でもたまにあったけど、あれは同性婚カップルだと思う。距離がね、恋人の距離だから。


 では、今のこの私に巻き付く尻尾は?


 まさか、まさかね!私は十歳で、男の子で、イザークにしたら保護した子供ってだけの筈だよね?!

 親愛の表れ……なんて訳ないか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る