第3話 貴族って偉くないの?

「イザーク、自分で歩けるってば」

「シォリンを歩かせたら日が暮れる。森で野営は君には無理だ」


 イザークは私の名前をどうしても発音できず、詩織がシォリンで落ち着いた。まぁ、なんて呼んで貰ってもかまわないんだけどね。神崎もやはりちゃんと呼べず、シォリン•キャンザクが私の名前になった。すでに日本名じゃないね。


 そして今、私はイザークの肩の上に座って森を移動中だ。理由はまぁ私の足が遅いからなんだけど、まるで幼児のような扱いに恥ずかしくない筈がない。誰にも見られてないからいいけどさ。


 で、向かっているのはザルツイードの首都のカンテラって街らしい。

 イザークは銀狼の獣人で、森の守護者と呼ばれているのは、森での生活を好む種族だかららしい。魔獣が多い森でも生活出来てしまう戦闘能力の高い種族であると共に、五感の発達が著しい為に、人の多く住む街ではうるさいわ臭いわで、気力がすり減ってしまうんだとか。だから、一年に数回、数週間単位で森でリフレッシュ休暇を過ごすらしい。

 今回たまたまイザークの休暇中に私が転移してきたのは、まさに僥倖だったと思う。竜巻に巻き込まれなきゃより良かったんだろうけど、起こってしまったことをグジグジ悩んでもしょうがない。なら、死ぬような目に合いつつも無事に生き延びることができ、さらにイザークに拾われたことを僥倖と呼ばずになんと呼ぼう。


「私は楽でいいんだけどさ、イザークが大変でしょ」

「楽で何より。シォリンはもっと食わないとだ。羽より軽いよ」


 そんな訳はないだろう。イザークに毎日三食きっちり食べさせられてるし、健康的で規則正しい生活にそれなりに肉付きがよくなった気がする。ガリガリからガリくらいにはね。


「カンテラについたら、まずはシォリンの衣服を買わないとだな」

「うーん、イザークのお古でも大丈夫だけど」


 私が着ていたスーツは、さすがに竜巻に巻き込まれたせいかかぎ裂きがあちこちにあったので破棄し、インナーは無事だったから、洗って乾かしてを繰り返し着ている。衣服はイザークの擦り切れた古着を切ったり縛ったりして、なんとか着れるものにした。


「さすがにそれはなぁ」

「駄目? 」


 元から着る物には無頓着だったし、部屋着なんて中学の体操服だったくらいだ。ちなみに、近所のスーパーくらいなら部屋着で出かけるのはOKというのが私ルール。化粧だって、仕事に行く時は眉書いて口紅をつけるだけで、休日は常にスッピンで過ごした。

 破けたり汚れたりしてなきゃ良い、見栄えは二の次なのである。


「駄目じゃないけど、子供らしいもうちょい丈の短い方が遊びやすいだろ」


 子供じゃないから走り回って遊ばないんだけどね。でも家事やったりするには動きやすい方がいいかもしれない。


「働いたら返すからね」

「子供はそんなこと気にするなって」


 私はヘラッと笑ってありがとうとイザークの頭に抱きついた。

 十九歳にたかる二十六歳でゴメン。


 夕暮れ前、森を抜けて田舎道をしばらく歩くと、次第に家々の間隔が短くなり、大きな建物も増えてきた。道路も土や砂利の歩きにくい(私は歩いてないけどね)道から、石が敷き詰められて舗装された道にかわった。等間隔に街灯まであり、いっきに灯りがつく。


「電気があるの? 」

「電気ってなんだ? 」

「あの灯りだよ。あれはなんで明るいの? 」


 イザークの森の小屋には灯りはなかった。太陽が上がれば起きて、沈めば寝る。そんな生活だったから。


「あれは光石が入ってるんだ。光石は知らない? 暗くなると自然と発光する石だよ」


 便利な石だな。しかもエコ。


「私が生活してたとこにはなかったよ」

「そう。俺には眩しすぎてあまり使わないから小屋にはなかったけど、カンテラの屋敷にはあるから」

「屋敷? 」


 森の小屋はまさに小屋といえる1Kのほったて小屋で、一部屋しかないしベッドも一つしかなかった。東京で一人暮らしをしていた身としては、あの狭さは普通だったし、若者の一人暮らしならあんなもんだろと、抵抗なくお世話になっていた。衝立があったから着替えは不自由しなかったし、ベッドは広かったから一緒でも広々してたしね。

 それに、イザークにとっては私は十歳の子供。それと今更確認はしてないけど、どうやら私のことを少年と勘違いしているっぽかった。まさか、自己紹介で私は女ですなんて言わないじゃん。あっちだって、あなたは少年ですかなんて聞かないしね。

 あえて言わなかっただけ。嘘ついたワケじゃないよ。

 だから無邪気に共寝できたんだけど、ドキドキしなかった訳じゃない。イザークには絶対内緒だけど。

 今はそんな話じゃないか。

 屋敷? 

 屋敷って言われると大豪邸をイメージするんだけど、十九歳で大豪邸住まいなの? 


「あー、うん。ほら、ザルツイード王立騎士団第七団隊副団長やってるって話しただろ? 」


 ナンチャラ団がどうのってやつね。長くて覚えてなかったけど、とりあえず頷いておく。


「騎士団に入ってからずっと団の宿舎にいたんだけど、団の宿舎は騎士団員しか住めないからな。シォリンの面倒を見るなら実家の屋敷のがいいと思って。でも、うちの両親は領地の森に入り浸りだし、兄貴達は家出てるから屋敷は管理してくれてる数名しかいないから気兼ねしなくていいからね」


 ちょっと待て。

 領地って、領地持ってるのってつまりはお貴族様(こっちでの呼び方はわからないけど)ってこと?

 私、そんな人の肩に乗ってていいの?


「確認なんだけど、イザークは貴族なの? 」

「言ってなかった? しがない伯爵家のしかも十一男だよ」


 伯爵?

 それにもビックリだけど、十一男?男だけで十一番目って、何人兄弟よ?!この世界の異性カップルは多産って聞いてたけど、それにしてもすごいな。


「私……下りた方がよくない? 」

「何で? シォリンの足じゃ、夜までに辿りつけないだろ」


 いや、お貴族様が自力で歩いて帰るってのもおかしくない? ほら、家紋入りのゴージャスな馬車はどうした?

 お古をリメイクしたへんてこりんな衣服を着た貧素な子供(大人だけどね)を肩に乗せて、埃まみれになって(凄いスピードで歩いて埃をたてているのはイザークなんだけど)徒歩で帰宅とか、伯爵家の威信に関わらないのか?


 フムムム……と悩んでいると、イザークは私の背中をポンポンと叩いた。


「君の住んでいた国じゃどうかわかんないけど、この国じゃ貴族と平民に対した差はないよ。一つの職業みたいなもんだ。それに十一男だよ? 成人した時点で扱いは平民だ」

「イザークは成人してるの? 成人って何歳? 」

「男は十五で成人だね。君の国は違った? シォリンはあと五年か。ゆっくり大人になればいいさ」


 この時、私はこの国の成人は早いな……くらいの感想しかなかった。男子の成人は十五歳、女子の成人は十二歳ということを知ったのは、もう少し後になってからだった。そしてやっぱりイザークの勘違い(私の性別についての)は続いていくのである。


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