第27話 シンプルなルールこそが成果を出す秘訣
「今回のお悩みはアラセイトウさんからです、『この度新しいコミュニティを作ることになりました。運営することは初めてで、とても不安です。メンバーが気持ちよく過ごせるようなルールはないですか?』だ、そうです。ルールは破るためにある、なんつって」
ある日の放課後。
雑談部では桔梗がいつものごとく誰とも知れない悩み相談をせっせと運んでくる。
「理不尽なルールや効率の悪いルールは破っても問題ないでしょ」
「……あっれぇ、なんか賛同得られちゃった!?」
世の中には守らないと困るルールが大半だが、中には守っても損しかないようなルールが蔓延っている。
華薔薇はそんな守る価値のないルールについては守らない。
「華薔薇がルールを守るとか、守らないとかじゃなくて、今回はルールを作りたいって相談だ。そもそもルールって必要なん?」
「誰も彼もが賢いならルールは不要よ。自己判断で行動できるのなら、ルールは要らない」
ルールというのは損失が大きいことを規制するためにある。全ての人類がリスクとリターンを計算できるのなら、ルールは要らない。
全ての人間の全ての行動が最善なら、ひとつとして損失は発生しない。しかし、そんなことは夢物語。
「人間には感情があるから、必ずしも最善の行動なんて不可能よ。だからルールは必要になる」
「理想はルールがないことか。理想は理想、じゃあどれくらいルールが必要なんだ?」
「ルールは数が多いとしがらみが増えて雁字搦めで閉塞感がある。だからできるだけ少ない方がいいのよ」
「そっか、少ない方がいいのか。…………って、華薔薇が普通に相談に乗ってる。いつもはなんだかんだ屁理屈を捏ねくり回すのに」
「あら、いつ相談に乗ったかしら? 私はただ、ルールは守るべきかとか、ルールの数について雑談しているだけよ。気持ちよく過ごせるルールについては雑談していない」
華薔薇は単に桔梗の話に乗っかっただけ。アラセイトウの悩み相談とは無縁、という主張だ。
「屁理屈じゃね?」
「屁理屈じゃなくて、単なる事実よ。桔梗の貧弱な頭じゃ理解できないようね。ごめんなさい」
「謝らなくていいから。俺が惨めになる」
華薔薇は桔梗で遊ぶためなら頭を下げる。そもそも必要なら相手が誰であろうと下げる。頭を下げて事が進むなら頭を下げる。
桔梗だからといって下げない頭はない。斜に構える余計なプライドは持ち合わせていない。
「俺のことは横に置いといて、華薔薇はルールを作りたい相談に乗ってくれないの?」
「当たり前でしょ。ここは雑談部、面白おかしくお喋りする場所。誰かの相談を引き受ける場所じゃない。だから、これからルールを作る際に知っておきたい、ルールについて雑談しましょうか」
「なんだよ、やっぱり相談に乗ってんじゃん」
あくまで華薔薇は雑談をする。その内容が相談内容と合致していても、華薔薇には預かり知らぬことだ。
「いいルールというのは概して単純明快よ。ルールが複雑だと、難解で読み取りにくくなって、理解度が低くなる。また、優先順位が迷子になる。長く続く組織は得てしてルールが複雑になっていたりするわ」
「家電の説明書が単純だと読みやすいのと一緒か。あれこれ書かれても読まんしな」
ハイスペックな機械より、シンプルで限定的な機能しかない家電を求める人はいる。ルール作りとシンプルな機械は同列では語れないが、足すだけが答えではない。
「継ぎ足していいのはウナギのタレくらいよ」
「おお、上手い。ルールはシンプルがいいけど、ウナギのタレは継ぎ足してこそ味に深みが出る。そして何より継ぎ足されたタレは美味い」
「……そうね」
雑談の内容を解説されてちょっと複雑な華薔薇であった。ボケでも真面目でもないので、どう反応を返していいかわからない。
「ごほん、気を取り直して。単純明快なルールを作るには4つ気をつけることがある。①ルールの数が少ないこと。②使う人に合わせてカスタマイズできること。③具体的であること。④柔軟性があること。この4つを守っていれば、理想的なルールが作れるでしょう」
「へぇ、意外に少ないな。簡単そうだ」
「それはそうでしょ、単純明快ないいルールを作るのに、作り方が複雑だと矛盾する。単純明快ないいルールは単純明快ないいルールによって作られる。当然ね」
単純明快ないいルールを作るのに複雑なルールが必要なら本末転倒である。
「それぞれについてもう少しだけ深掘りしましょう。まず、ルールの数が少ないことについて。ルールが少なければ必然、単純になる。単純というのはとても強いのよ。最優先事項は明確だし、覚えやすいから忘れにくい」
「わかる! あんまり多いとルールを覚えられないし、覚える気にもならない。その点、数が少ないとハードルは低い」
覚えていないルールはルールの意味をなさない。ルールは守られてこそ意味がある。覚えていないルールを守ることは困難。
何よりルールが少ないと最優先事項がバッティングしない。
絶対に期日を守るルールと完璧に仕上げるルールがあったとして、一番は期日を守って完璧に仕上げることだが、往々にして守られない。期日を守って未完成なものを提出するか、期日を守らず完璧に仕上げるか、二つに一つ。あちらを立てればこちらが立たない。二律背反に悩まされる。
たとえば、ルールが損失を出さないことだとしたら、最優先事項が明確になる。クライアントが期日を重視するなら期日を守り、完璧な仕事を求めているなら完璧に仕上げる。必要な犠牲がわかりやすい。
「使う人に合わせてカスタマイズできること、この項目は人は誰しもが違うからとても重要よ。たとえば、アスリートが体を作るために毎日タンパク質を65グラム摂りなさいとアスリート全員一律にはできない」
「えっ、別に一緒で何が問題なんだ?」
「バカね。人は一人一人体型が違うでしょ。他にも年齢や性別の違いで推奨量は変わるのよ。だから、一律のルールはダメね。アスリートだと、体重1キログラム当たり必要なタンパク質は1.2グラムから1.6グラムね」
筋力を維持するなら1.2から1.4グラム。
筋力を増やしたいなら1.4から1.6グラムのタンパク質が必要になる。
「へぇ、その人に合わせたカスタマイズね。確かに必要だ。素人とプロが同じメニューで練習してたらおかしいもんな」
素人は優しいメニュー、プロは厳しいメニューをする。当たり前である。素人がプロと同じメニューんこなしたら体を壊す。逆ならば、物足りない。
必ずその人に合ったメニューが存在する。だからルールもその人に合わせられるようにする必要がある。
「さて、ルールを具体的にすると曖昧さがなくなって、現実的なルールに落とし込まれる」
「えー、もっと幅広く取ってもよさそうじゃん。手枷も足枷も取っ払って、自由に行動させようよ、可能性は無限大だろ」
ルールをきっちりかっちり決めて型に嵌まって、個性や独創性がなくなる。だからといって自由にすれば収集がつかなくなる。
「桔梗は学生よね。なら、学生のルールが学校にいくこと、だとすると。どうする? 学校にいつ行くのも自由、どの授業を受けるのも自由、クラスも自由で、あまつさえ通う学校を毎日変えてもいい。これでも桔梗は学校に毎日通えるかしら?」
「そ、それは……」
あまりに自由だと秩序が崩壊する。適切なルールは必要だ。学校なら、始業時間が決まっていたり、クラス単位で行動したり、使う教室が決まっていたりする。
「なんでもかんでも自由がいいわけじゃないのよ。自由を扱うには相当の賢さ、自分で考えられる頭が必要よ」
「はーい、素直に俺はルールに甘んじます」
自由にして、と言われた途端に何もできなくなる人は一定数いる。自由には考える力を消費することを忘れてはならない。
「最後に柔軟性があることね。健康になりたいから、毎日トマトを食べるルールを作ったとしましょう。これだとトマトばっかり食べて、いつか飽きてしまう。だから健康になりたいのなら、健康的な食事を毎日するにルールを変更すべきよ。トマト以外にも健康的な野菜や果物はあるもの」
「そっか、目標を達成できるなら、複数のルートを構築したらいいのか。ボスを倒すときにレギュラーのパーティーメンバーからサブに入れ換えるみたいに」
大事なのは目標を達成すること。自らに枷をかけて縛る必要はない。
「桔梗のようにドMの変態さんなら、縛りプレイの方が力を発揮できるかもね」
「おい、こらっ! 誰が縛られて罵られるのが大好きな変態ドM野郎だ!」
「そこまでは口にしてない」
「口にしてないってことは、心の中では思ってんのかよっ!」
口にしていないことと心の中で思うことが必ずしも一致するかは不明だ。華薔薇が桔梗のことをどのような変態に思っているかは、本人と神のみぞ知る。
「単純明快なルールを作るためには大枠だけじゃなく、中身も大事よ。ここからは中身。つまり、具体的なルールの作り方について雑談しましょう」
先の4つのルールに当てはまるだけでは中身が伴わない。単純明快でいいルールを作るには中身にもこだわる必要がある。
「そっか、チームとか組織によって作るルールは違うよな。何か基準があるのか?」
「もちろん、あるわ。まずは境界線ルール。何かをする際にこれだけは越えなければならない一線を決めるの」
何個かの一線を設定して、すべてクリアした場合にのみ認可を出す。こうすることで意思決定までのスピードか格段に早くなる。
「たとえば、桔梗は泥棒が侵入する家を決めるルールは何か知っていて」
「えっーと、泥棒が入る家なんて、金持ちの家なんじゃないか。だから、広い敷地とか、ガレージに高級外車が並んでいるのを見る……と思う」
「不正解ね。泥棒が見るのは外に車が止まっているかどうか。車が止まっていたら家主が在宅している可能性が高い。逆に車がなければ家主は外出している。たったこれだけで泥棒は判断するのよ」
泥棒という犯罪のリスクを背負うにはわかりやすいポイントで決めている。
侵入する家が金持ちかどうかより、捕まらないことに焦点を置いている。入念な下調べや、複雑な公式は存在しない。
「マジかよ!? よく、そんなルールでリスクを犯せるな。信じられないぜ」
泥棒というリスクを犯す人生より、もっと他の普通の生き方を選んだ方が楽に生きれるのは確かだろう。
「境界線ルールが泥棒云々だけというのは印象が悪いわね。医者の判断にもこの境界線ルールが使用されているわ。4つ質問するから、イエスかノーで答えて」
「よっしゃ、なんかよくわからんが任せろ」
威勢だけは一人前な桔梗である。
①この一週間、泣くことが多かったか。
②この一週間、自分に失望することが多かったか。もしくは自己嫌悪に陥ったか。
③この一週間、自分の将来に不安を感じて、気分が落ち込んだか。
④この一週間、自分は人生の落伍者だと感じたか。
「ノー、ノーだ、当然ノー、余裕でノー。ノーノーノーノー、ノー祭りだぜ」
桔梗の回答は全てノー。
「これらの4つの質問に全てイエスと答えた人は鬱病である可能性が高い。この質問の正確性は97%以上だそうよ」
「ひゅー、97%ならほぼ正解じゃん。しかも時間も1分もかかってないだろ」
専門家でも診断の難しい鬱病をたった4つの質問で見抜ける。境界線ルールが活用されている一例だ。
どんな難解な問題でもルール次第では即座に判断が下せる。
「境界線の次に考慮するのが優先順位ルール。これは時間、労力、資金に限りがあるとき、もしくは関係者の意見が合わないときに特に有効よ」
「世知辛いよな、時間も労力も金も潤沢なら、完璧を目指せるんだろうけど。実際にはどれかが足らないんだろ」
経営においてヒト、モノ、カネの三要素が揃い踏みすれば言うことはない。しかし、現場で全てが揃うとは限らない。そうなると何かを切り捨てる必要がある。
そこで優先順位ルールが活かされる。優先順位を明確にすることで、何を切り捨てるかの判断に時間を使わない。即断即決で物事を進められる。
また、意見が衝突した際に優先順位があると、どの意見を採用するか決めれる。
「優先順位ルールがあると文字通り優先順位が一目瞭然。何に注力するのか、何を切り捨てるかの判断も一目瞭然」
「決めてなかったら、後からあーだこーだ言われそうだな。それを防げたら確実に時間はかからない」
「この優先順位ルールは古代ローマの時代から使われていたのよ」
古代ローマには十二表法と呼ばれる法律がある。始まりは政治参加を要求する平民が貴族と身分闘争を展開したこと。
十二表法は時代が進むにつれ法学者によって体系化され発展していく。しかし、関わる人数が増えると同じ法律でも違う解釈をする者が現れる。
解釈の違いが起こっては法の公平性を保てない。裁判官も判断に窮する。
426年、西ローマ皇帝ウァレンティニアヌス三世は5人の権威ある法学者の学説を認め、優先順位ルールを定めた。
①学説が全員一致している場合は、それに従う。
②学説が異なる場合は、多数派に従う。
③学説が同数の場合は、5人の中でもっとも権威のある者の説を優先する。
④学説が同数で、権威ある者が主張しない場合は、裁判官が独自の判断を下す。
この優先順位ルールを定めたことで一世紀以上の長い間、裁判で使われるようになる。
「古代ローマか、そんな古い時代から法律はあるのか」
「世界最古の法律はメソポタミア文明のウル・ナンム法典ね。およそ紀元前2100年頃よ。ちなみに古代ローマの十二表法が制定されるのは千年以上先よ」
「うへぇ、とんでもなく遠い昔だ」
桔梗は具体的に数字を言われても該当する年代の知識がない。だから漠然と昔のこととしか理解できない。
「日本が縄文時代とか弥生時代と呼ばれている頃のお話よ」
「マジかよ。歴史の教科書の最初じゃん。そんなときから、法律とか作ってたのかよ。昔の人すげーな」
ちなみに、日本の初代天皇である神武天皇が即位したのが紀元前660年とされている。日本も負けず劣らずな出来事を経験している。
「ちょっと横道に逸れたな。話を戻してくれ」
雑談部では話題が逸れることは当たり前。
「では、話を戻して、もう一つルールを紹介するわ。それは停止ルールよ。このルールではやめ時を見極める際に活用する。損失が膨らんでいるのに、やめられない。そんな損が損を呼ぶ、負のスパイラルに陥らないためにも決めておく必要がある」
「それってあれか、ギャンブルでよく聞く。儲かったときにやめていれば、幸せに帰れたのに、欲をかいて負け越すみたいな」
「あながち間違いじゃない。停止ルールを決めていないから、やめ時を見過ごしてしまう。最初に決めてしまえば、損失は最小限に、利益を確実に」
後からルールを決めても守れない。ギャンブルで勝っているときは脳は大量のドーパミンを分泌して興奮状態になる。冷静な判断を下すのは不可能。
最初に決めていなければ、ずるずる沼に嵌まっていく。ギャンブルはマイナスサムゲームなので、プレイヤーは長く続ければ確実に損する。客に経営側は長く続ければ確実に儲かる。
「ギャンブルにも失敗の例がある。結婚できず独身の人も停止ルールがない。どんなにいい人に会っても、もっといい人がいると信じて疑わないといつまで経っても結婚できない」
「妥協しろってことか? 嫌だ、結婚相手は理想の彼女がいい」
選り好みをして結婚できないか、妥協して結婚を選ぶかは桔梗の自由。一人でも幸せな人はいる。結婚が幸せの唯一の正解ではないことは確かだ。
「パートナー選びに失敗したくないなら、そこそこの人数と付き合った後に、付き合った中で一番よかった相手を越える相手が現れたら結婚するといいそうよ。恋愛を数学で語るなら、この方法で約90%はパートナー選びに成功する」
「数学も大事だけど、運命の相手と出会いたいのが人の性ってもんでしょ」
運命の相手と出会えるなら誰だって運命の相手を選ぶ。だが、現実で運命の相手と出会うのは確率が低い。
「運命の相手と出会える確率を知っていて? 0.0000034%だそうよ」
100万回に3回から4回ということになる。仮に1日に10人の新しい人と出会うと計算しても270年以上の時間がかかる。
運命の相手と出会う確率は現実的ではない。
「そんな、俺は運命の相手と出会えないのか」
「桔梗は運命の相手と言うけれど、桔梗に運命の相手がいるかどうかが不明じゃない。運命の相手がいる前提で話を進めるのもどうなのかしら?」
「ぐはっ!?」
地球には70億を越える人間に、数多の生命が蔓延っている。そんな途方もない数がいても桔梗の運命の相手となる生命が存在するかは計算しても答えは出ない。
冷静に考えれば、桔梗がダメージを受ける必要はない。
いい出会いを求め続けて挫折すると自己評価が下がってしまう。すると普段は見抜きもしない相手にも関心が向くようになる。不満を残す結果に繋がるので、漠然と理想を追い求めてはいけない。
「話が逸れたわね。停止ルールでの成功例も紹介しましょう。フレンチパラドックスという言葉を知っているかしら? フランス人は乳脂肪や肉類の摂取が多いにも関わらず、肥満率や心臓病の死亡率が低い現象のこと」
「つまり、太りやすい食事をしているのに太ってもいないし、不健康になっていないのか。フランス人はチートか!?」
フレンチパラドックスは赤ワインのポリフェノールやチーズの腸内環境を整える作用が効くと言われている。
「フレンチパラドックスは食事内容も重要だけど、フランス人は食事の量を停止ルールでコントロールしているそうよ。肥満度第一位のアメリカのシカゴの住人は食事をやめるのを『食べ物がなくなったとき』や『テレビ番組が終わったとき』にしている。対してフランスのパリの住人は『満腹を感じそうな頃』に食事をやめていた」
アメリカ人は食べる量もさることながら、ながら食いをしているので、肥満になる。フランス人は満腹になる前に食べ終えるので肥満にならない。
空腹を感じなくなったらやめる、という停止ルールがフレンチパラドックスに繋がっている。
「ついつい手が伸びそうだけど、フランス人は自制するのか。羨ましい」
「一食一食、食事に向き合っていれば満腹にならなくても食事に満足できるからね。人間には腹八分で十分。むしろ満足できないようなら、食事に集中できない要素があるのよ」
食べすぎているようなら、原因を追求して改善するだけで健康になる。伸び代があると思えば食事の改善も捗るだろう。
「基本的なルール作りはこんなものね。細かいルールを言い出したらキリがないからね」
「あんまり多すぎても覚えられないから、これくらいがちょうどいいかもな」
本当に重要なことを押さえていれば変なことにはならない。幹がしっかりしていたら、枝が折れても倒壊しない。幹が腐っていたら、いくら枝葉が元気でも、倒壊の危険がある。
「ここからは単純明快でいいルールを使っている具体例でも紹介しましょう」
「大事だな。どんな風に使われてるのか知れたら、俺たちのルール作りに参考になる」
「それじゃあ、ロボット掃除機の動き方とか、どうかしら」
ロボット掃除機が部屋を掃除するときに同じ場所ばかり掃除していては意味がない。部屋全体を満遍なく掃除する必要がある。
「ロボット掃除機の動き方、その①ジグザグに進む」
「確かに! なんであんな変な動き方するんだろうと思ってた」
「その②障害物にぶつかると、方向転換する」
「それも見たことある。何かにぶつかると、あらぬ方向に行くんだよな」
「その③バッテリーが切れそうになるとホームに戻る」
「えっ、あっ、うん。バッテリー切れなんて悲惨なことにはならんよな」
ロボット掃除機は3つのルールに従って部屋を掃除する。ジグザグに進んだり、方向転換して部屋を綺麗にする。バッテリー切れを起こさないように充電を繰り返して、たくさん稼働して最終的に余すとこなく部屋を綺麗にする。
最新のAIは部屋をスキャンして全体を把握する。部屋の汚れに応じて掃除するので、必ずしもルールに従うとは限らない。
「なんかもっと賢いイメージがあったけど、意外に単純な行動原理なんだな」
「そのようね。これはアリの行動からヒントを得たみたいね」
「へぇ、アリか。うん、アリ? アリ、アリ……アリってなんだっけ?」
アリについて考えすぎた桔梗がゲシュタルト崩壊を起こしているが、華薔薇には関係ない。もちろん手助けもしない。
「うおぁぉぉっ! 俺の心の中がアリに支配されるぅぅぅ!」
「バカなこと叫んでないで、落ち着きなさい。まったく、この程度のことで取り乱すなんて、メンタル弱すぎ」
「……あっ、はい」
ピシャリ、と言い放たれて桔梗の思考が中断される。これによりゲシュタルト崩壊の波から抜け出す。
「もう一つくらい単純明快ないいルールを使ってダイエットに成功した話を紹介しましょう」
「よしきたっ! 世の女性の永遠のテーマだな。差別はよくないな、男も永遠のテーマだな」
運動、食事、睡眠、その他諸々に気をつけている華薔薇には無縁の言葉、それがダイエットだ。
「本当に単純明快でね、ルールは一つ。夕食は直径25センチのお皿に収める」
「えっ、それだけ? ホントにそれだけでダイエットできるの?」
「事実よ」
ただお皿の大きさを決めて、はみ出ないようにした。これだけで、ルールを決めなかったグループより長続きした。ちなみに朝食や夕食に制限はない。
「お皿に収まらなかったら食べない、つまり食べ過ぎを防げる。このルールなら夕食後のデザートも減らせる。毎日続けたら、成果は出るでしょう」
「皿を決めるだけで、ほとんど労力もかかってない。勝手に食べる量が減るのか」
お皿に無理矢理に収めることも可能だが、さらにお皿を小さくすればいい。小さいお皿なら大盛りにも限界がある。
続けていれば、自信に繋がる。自信がつけば自然と食べる量も減っていくだろう。
「こういった小さな積み重ねが、大きな結果を呼び寄せてくれるのよ。桔梗も少しは成長できるようなルールを作ったら?」
「そう言われちゃ仕方ない。俺も単純明快なルールを決めるぜ。うーっん、そうだ、こんなルールはどうだろう。雑談部に来るときはジグザグに歩いてくる」
「まあ、いいんじゃない」
華薔薇は一応、同意したものの何を目的にしているかわからない。ただ、ルールの数が少なくて、使う人に合わせてカスタマイズできて、具体的であり、柔軟性はある。基本に則っているのは確かなようだ。
「でも、ルールは作っただけで満足してはダメよ。常にブラッシュアップしていく必要がある。不要なルールは削ったり、経験の中で有用と判断したものに変更したり。同じルールを使っていたら、いつかは破綻する」
「ブラッシュアップか。言われてみれば当たり前だよな。何十年も前のルールを今の常識に当てはめても仕方ないもんな」
ルールは定期的に見直して、使わないルールや効率の悪いルールは削ぎ落とすか変更する必要がある。
「昔のルールなんてありがたく思う必要はない。骨董品くらいよ、古くてありがたいのは」
「違いない」
「それとルールを見直す際には、直感で決めたり楽なものや慣れ親しんだものを選んでいないかチェックすること。人間は最初に思いついたものを採用する傾向があるの」
分析した結果、最初に提案したものが採用されるのなら構わない。しかし、最初に思いついた内容を吟味もしないのは災難の始まり。最初に思いついたものは大抵愚かな内容である。
ルールは少しくらい歪んでも大事にはならない。それでも積み重ねていたら、いずれ取り返しのつかない事態になる。塵も積もれば山となるのはプラス方向でもマイナス方向でも発生する。
常に楽な方向に逃げていないかのチェックは欠かせない。
「常に間違っていないか自分に問いかけることが重要。もしかしたら間違っているかも、を忘れないこと」
「でもさ、自分じゃ自分のことわからなくね?」
「なら、誰か信頼できる人にチェックしてもらいなさい。思わぬ見落としや第三者視点での新たな発見がある」
どうしても一人だとカバーできない範囲が出てくる。そういった場合は素直に他人の力を借りればいい。何もかも一人で完璧にこなさなくていい。
「はーい」
「最後に軽くおさらいしましょう。さて、単純明快ないいルールを作る際に気をつける4つは何?」
「数が少ないこと、カスタマイズできること、具体的であること、柔軟性があること、の4つだ。どうだ」
「ちっ!」
華薔薇の目論見は外れた。
予定では覚えていない桔梗の不備を指摘して、ちゃんと話を聞きなさいという方向に持っていくつもりだった。きちんと覚えられては、仕込みは不発である。
「なんで舌打ちされんの!? ちゃんと覚えていたよね」
「覚えやすくて忘れにくいのが裏目に出た。今日は気分が乗らないから、雑談部はここまでね。さようなら桔梗」
「えぇぇぇっ! そんな理由で打ち切られるの!?」
雑談すべき内容を済ませた華薔薇は桔梗に一矢報いるべく、脱兎のごとく逃げ出すという最終手段に出る。
とんずらをかまされた桔梗は呆然自失。
「…………いったい、なんだってんだよ」
魂を半分引っこ抜かれて桔梗のバカ丸出し顔をこっそり覗き見した華薔薇は意趣返しが成功したとしてほくそ笑む。
最後に面白いものが見れた華薔薇はルンルン気分で帰宅するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます