第6話 クイズをすることにしました

「まだですかねぇ、キョウ先輩」

「もうすぐ来るでしょう。焦ってもいいことないわよ」

「含蓄ですねぇ、バラ先輩は」

 ある日の放課後の雑談部。

 部室にいる人数は2人だが、どちらも女子の制服を着用している。

 一人は普段から雑談部を利用している華薔薇。

 もう一人は日輪高校の女子制服を着用している学生。中性的な顔立ちながら、瞳の奥に好奇心を隠している。

 人懐っこい表情もありつつ、人を突き放す表情も見せている。第一印象が裏切られる見た目と性格の持ち主。

「ちわーっす、お疲れ。華薔薇、今日も雑談日和……ざ、ざ、雑談部に知らない人がいる!」

 いつもと同じく華薔薇の待つ雑談部に来たものの、華薔薇と見知らぬ生徒が和やかに会話をしている。何か間違えたのかとひどく狼狽する桔梗。

「えっ? えっ? ここ雑談部だよな」

「桔梗、うるさい。放課後に部室でお喋りするのが、そんなに不思議かしら。至極当然のことよ。驚いたら相手に失礼」

「あっ、はい。華薔薇の言う通りだと思います」

 何もおかしなことはないとすんなり納得する桔梗。

「あっはは、やっぱりキョウ先輩はバラ先輩に聞いてた通りに面白い人ですね。会いに来て正解です。今日は思う存分雑談しましょう」

「あの、どちら様で?」

 桔梗を一方的に知っているだけで、桔梗には皆目見当つかない。

「失礼しました。雑談部の部員で名前を風信子子(ふうしん ねこ)と言います。バラ先輩からキョウ先輩の噂はかねてより聞いております。以後よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしく。桔梗刀句です。えっと新入部員か?」

 桔梗の脳裏には雑談部の部員リストは華薔薇しか記載がない。当然新入部員を疑う。

「ネコはずっと前から部員よ。放課後に部室に来るのは気が向いたらだけど」

「バラ先輩の言う通り、放課後は基本的に別件がありまして、部室に顔は出しません。所謂レアキャラです」

 恥ずかしげもなく自分をレアキャラと言えるのが風信。普通は自分が変わっていると主張できない。集団からはみ出るのを嫌うのが人間の性だ。

「ただの幽霊部員じゃん。レアキャラとはよく言ったもんだ」

「失敬ですね。毎日ちゃんと雑談部として活動してます。むしろ雑談部優等生です」

 優等生の割りに部室で見たことがない桔梗。だったらいつ、どこで活動しているのか。

「キョウ先輩は、あっ、キョウ先輩はキョウ先輩って呼びますね。嫌だと言っても変えませんけど。ちなみにネコと呼んでいいですよ」

 呼び方にこだわりがないので桔梗もすぐに了承する。

「それでネコはどこで雑談部をやってるんだ」

「いつでも、どこでも、ですよ。もしかしてキョウ先輩は部活は放課後でしかできないと思ってるんですか? 雑談部の活動内容は雑談だけです。いつだって、どこだって、時間も場所も問わずに活動できるんですよ」

 桔梗の常識がガラガラと崩れ去る。部活は学校の放課後もしくは休日に指定の場所で行うのが当たり前と考えていた。

 学生の都合上、場所や時間が制限されるため、部活が放課後に行われることが多い。しかし放課後に行わなければならないルールはない。あくまで都合の問題だ。都合がつくなら部活動はいつでも、どこでも、問題ない。

「そんな、雑談部はオールマイティだったのか」

「イエス、オールマイティ。朝も昼も夜も活動できます。だって今日もお昼にはバラ先輩と楽しく雑談してきましたよ」

「それはネコが勝手に押しかけて来たからでしょ。私はネコほど、いつでも、どこでもしてる節操なしじゃないから」

 華薔薇は場を整えてから雑談をしたい。1回当たりの雑談の価値を高めたい。

 対して風信は質より量を重視している。雑談ができるなら、時間も場所も問わない。

「知らなかった、雑談部は時間も場所も問われない。まさか後輩に教えられるとは、情けない」

「大丈夫ですよ、キョウ先輩。今日賢くなったんですから、今から実践していけばいいんです。人間は常住坐臥、成長です」

「じょうちゅうざが…………まあ、ともあれ俺はいつだって進歩している。ありがとなネコ。いい後輩に恵まれて最高だぜ」

「こちらこそ、キョウ先輩と知り合えて欣喜雀躍です」

 桔梗と風信は小躍りして、互いにハイタッチを交わす。

「イェーイ」「イェーイ」

 たまにはこんな雑談部も有りか、と内心では楽しんでいる華薔薇だった。

「いやー、最高だな。美少女2人に囲まれて部活できるなんて。まさに両手に花だな、日頃が行いがいいから、神様も見てるんだな」

「美少女だなんて、照れるな」

「…………」

 素直に喜ぶ風信に対して、華薔薇は眉間に皺を寄せる。

「バラ先輩もムスっとしないで喜びなよ。褒めてくれたんだから」

「いえ、私が美しいのは当然だし。ネコが綺麗なのもわかっている。褒められたら、お世辞だろうが嬉しい。私はもう取り返しのつかない所まで進んでいる現状に、どうしたものかと思っただけよ」

「バラ先輩に綺麗って褒められてちゃった、うれしっ。バラ先輩は頭がいいから難しく考えすぎなんだよ、今を楽しめばいいんですよ」

「そうだそうだ、ネコはいいこと言うな」

「……そうね、2人がいいなら、私から言うこともないでしょう」

 既に桔梗は風信の術中に嵌まっている。羽虫が蜘蛛の糸にからまって逃げ出せないように、桔梗もがんじがらめにされている。

 救いなのは桔梗が一切絡め取られていることに気づいていないこと。

「……ホント、油断ならないわ」

「何か言った、バラ先輩?」

「なんでもないわ。それで、ネコは桔梗と会ってどうするの?」

 華薔薇はネコに桔梗も人となりは話した。しかし、ネコから桔梗と会ってあれがしたい、これが聞きたいなどの目的は知らない。

「えっ、特にないけど。会うことが目的だったし、キョウ先輩と友達になれれば目標達成、かな」

「既に目的は達成したと、まるで竜巻ね」

 華薔薇が桔梗と風信と出会いをセッティングしたのではない。華薔薇がしたことはお昼に雑談ついでに桔梗の話をしただけ。放課後になると突然風信がやって来て、桔梗を待っていた。

 桔梗と出会ってからは終始マイペースに話を進めて、かき回すだけかき回した。

 華薔薇には風信の意図が読めない。

「せっかく3人いるんだし、普段とは違うことをやってもいいんじゃない」

「キョウ先輩ナイスアイデア。3人の仲を深めるために、親睦会を開きましょう。レッツパーティ」

「ここは雑談部よ。パーティをしたいなら、ファミレスにでも行きなさい。雑談部では雑談以外認めません」

 風信がいても雑談部で雑談しかしないのが華薔薇だ。2人でも3人でもやることは雑談だけだ。

「むむっ、さすがバラ先輩、一筋縄ではいかないですね。雑談しつつ仲を深めるパーティ、これを満たすものを考えないといけないですね」

「頑張れ、ネコ。華薔薇を言い負かす案を出すんだ」

 人差し指を口に当てて思案する風信と応援するしかない桔梗。何も案が出ないようなら、雑談できるように準備する華薔薇。三者三様に思いを巡らす。

「閃いた。クイズはどうでしょうか」

「クイズ? どうして」

「クイズをバラ先輩が口頭で出して、キョウ先輩と2人で答える。クイズはゲームとして面白いから、親睦会の内容として悪くない。何よりクイズは言葉遊びとして雑談部の内容には十分当てはまると思います」

 風信が遊ぶために屁理屈をこねる。

「いいでしょう。今日はクイズをしましょう」

 さして考えず華薔薇は賛成する。これに桔梗が異を唱える。

「華薔薇が優しい。俺にはあーだこーだ言うのに、ネコの提案は即採用。華薔薇はネコに甘すぎる。横暴だ、不公平だ」

「覚えておきなさい。世の中は不公平にして、不平等。区別も差別もなくならない。私は私の基準で判断する。ネコには優しく、桔梗に厳しく。相手によって態度を変えるのは当たり前」

 仲のよさ、間柄で態度を変えるのは当たり前。同級生にはタメ口、先輩には敬語を使うのも不平等だ。本当に平等なら相手によって態度を変えてはいけない。

 横柄でも横暴でも乱雑でも不公平でも不平等でも不公正でも不義理でもない。至極当たり前にして当然。

「準備するから、2人で歓談でもしてて」

 華薔薇は言うだけ言って隣の部屋へと繋がる扉を開け中に消えていく。

 隣の部屋は雑談部の物置として利用している。そのため色々な小道具が保管されている。

「準備ってなんぞや?」

 滅多に利用しないので桔梗は隣の部屋の存在意義を知らない。

「キョウ先輩は知らないんですね、隣の部屋がなんなのか」

「おいおい、部室の隣に何があるってんだよ。学校だぞ、そんな変なものはないだろ。……ない、よな」

 ごくり、と唾を飲み込む。風信の意味深な口調に引き込まれていく桔梗。華薔薇に危険が及ぶあらぬ妄想が膨らんでいく。

「華薔薇は無事、だよな」

「……わかりません。だって隣には、」

「隣には、」

 ガチャリ、と扉が開いて華薔薇が戻ってくる。

「うひょいっ」

「どうしたのよ、変な声を出して。歓談してたんじゃないの」

「あはは、キョウ先輩面白い。『うひょいっ』ってなんですか。どこからそんな声が出るんですか」

 華薔薇の手には早押し機一式が揃っている。子供が遊ぶおもちゃではなく、クイズ番組が使用する本格的な早押し機だ。

「クイズをするんだから、早押し機は必要でしょう。これならどっちが早いか単純明快だし」

「なあ、隣の部屋はなんなんだ。俺入ったことないけど」

「ただの物置よ」

 なーんだ、と安堵する桔梗とそれを声を押し殺して笑う風信がいた。

「セッティングは終わったわ。ボタンチェックをしましょう。どっちかボタンを押して」

 華薔薇の手元には早押し機の本体が、風信と桔梗の手元には早押し機のボタンがある。

 ピコーン。

「おお、光った」

 桔梗がボタンを押し、ランプが点灯する。問題なければ正誤判定をして、リセットする。

 続いて風信のボタンチェックだ。ピコーンと音が鳴り、ピンポンピンポンと正解判定される。

「始めて触りましたが、これは感動しますね」

 パチパチパチパチ、と華薔薇から拍手が送られる。

 クイズあるあるで、ボタンチェックの後によく拍手がされる。他にも言い問題やいい正解の際にも拍手が起こる。

「ボタンチェックは問題なしね。では早速始めましょう。まず何問か出題して実力を計るわ。雑談部として日頃の成果を見せて頂戴」

 華薔薇はあくまで出題者としてクイズを進行する。持ち回りで順番にクイズを出題する方法もあるが、華薔薇がプレイヤーで参加すると、桔梗と風信を足しても歯が立たない。

 そのため華薔薇は進行に専念する。

「楽しみですね。提案者として恥ずかしい姿は見せられません。バラ先輩、勇姿をとくとご覧あれ」

「かっこよく決めてるようだけど、先輩として後輩に負けられんのよ。勝利の栄光は俺がもらうぜ」

 二人の意気込みに若干圧倒される華薔薇。たかが遊びのクイズ、されども真剣なクイズ。互いに勝ちを目指している。

 やる気は十分だが、気負いすぎて空回りしないか心配にもなる。

「やる気はわかったから、深呼吸して落ち着きなさい。ここは雑談部、面白おかしくお喋りする場所」

「おう、すぅーはぁー。よしっ、かかってこい」

「はーい、すぅはぁ、すぅはぁ。いっくよー」

 肩の力が抜け、適度な緊張感。先程の前のめりな姿勢から、戦いに適した状態に移行している。

「よろしい、では軽くルールを説明しましょう。私が問題文を読み上げるから、わかったらボタンを押すこと。回答はボタンを押してから5秒以内。誤答はその問題の回答権がなくなるのと、問題を最後まで読みきって相手に回答権あり。問題文を読み終わって5秒経過で両者スルーとして、次の問題に進む。スルーの際のペナルティはなし。練習としていくつか出題して実力がわかったら、その後に本番ね」

 桔梗、風信共にルールを理解する。スタンダードなルールなので理解もしやすい。

 用意ができたら、いよいよクイズの始まりだ。

「では、準備はいいかしら」

「問題ない」

「同じく」

 両者ともに準備万端。

「問題。マリモの生息地として有名な、2005年にはラムサール条約に登録された北海道釧路市の湖はどこでしょう?」

「……」「……」

 1問目から両者スルー。銅像かと思うくらいに固まっていた。

「正解は阿寒湖です。スルーするくらいなら、回答した方がいいわよ。誤答ペナルティも優しいんだから」

「難しいよ。もっと簡単なのでお願いします」

「恥ずかしながら、キョウ先輩に同意します。もうちょっと優しめにしてください」

 特に難しくした覚えのない華薔薇は困る。どのレベルの問題が適正か一問では測れない。

「練習問題だし、適正はおいおい測りましょう」

「ちなみに、華薔薇は何も持ってないけど、問題はどこから読み上げてるんだ」

 華薔薇の手元には早押し機の本体があるだけ。テキストやスマホといった問題集はない。

「何を言ってるかしら。手元に資料がないなら、頭の中にあるに決まっているじゃない」

「まじか」

「流石としか、言いようがないです」

 即興でクイズの問題を諳じる華薔薇に引く二人だった。普段から華薔薇の賢さを目の当たりにしているから衝撃は少ない。それでも二人の思考が一致するくらいには常人離れの記憶力を見せつけられた。

「記憶にもコツがあるのよ。忘れたら思い出すとか、分散学習とか、チャンク化とか、色んなテクニックを普段から使えば、誰でも覚えられるようになるわ」

 記憶するテクニックは今回は関係ないのでクイズに戻る。

「問題。日本の歴代内閣総理大臣のうち、第10代、第7代、第5代、初代を務めた人/」ピコーン

 ボタンを押したのは風信。

「伊藤博文」ピンポンピンポン

 日本の歴代内閣総理大臣のうち、第10代、第7代、第5代、初代を務めた人物は誰でしょう?

「お見事、正解よ。ネコにまず、1ポイント」

「やったー、嬉しいな。最初の総理大臣が伊藤博文なのは習いましたから」

「調子に乗るなよ、この後は俺が連続正解するぜ」

 桔梗と風信に険悪な雰囲気はなく、クイズを楽しんでいる。

「問題。株式会社やおきんが販売している、1本の小売価格が10円である棒/」ピコーン

 ランプが光っているの桔梗。風信も押したが一瞬間に合わなかった。

「10円だろ、うまい棒」ピンポンピンポン

 株式会社やおきんが販売している、1本の小売価格が10円である棒状の駄菓子は何でしょう?

「正解ね。ただルールが厳しいクイズ大会だと、余計な言葉を発すると誤答扱いになることもあるから注意するように」

 雑談部が遊びでやっているクイズなので、今回のルールはかなり緩い。多少お喋りしても誤答にはしない。

「サクサク進めましょう。問題。部屋の内装を英語で/」ピコーン

 ボタンを押したのは桔梗。連続正解という有言実行を果たすかの瀬戸際。

「インテリア」ブブー

「残念、不正解。問題を最後まで聞いてネコが回答よ。部屋の内装を英語でインテリアというのに対し、塀や門扉などの外装のことを英語で何というでしょう?/」ピコーン

「えーっと、なんだっけ……思い出した、エクステリア」ピンポンピンポン

「よく思い出せたわね。正解はエクステリアでした。今回の問題はですが問題、所謂パラレル問題ね。問題の前半と後半で対比しているものがあるから、それがわかれば後半は聞くことなく答えられるわ」

 対比する言葉のアクセントが変わるから、クイズプレイヤーはアクセントを聞いて問題文を予測する。一朝一夕で判断できないので、慣れが必要なテクニックだ。

「桔梗の押しも悪くなかったわ。実際、クイズプレイヤーなら正解できるポイントだったわ。間違いは気にせず、どんどん押すように」

「なんとなくわかってきたぜ。ぜってー次は正解する」

「キョウ先輩には負けません」

「次の問題は難易度高めでいくわ。最後まで諦めないように。問題。「思考経済の法則」「ケチの原理」などとも呼ばれる、ある事柄を説明する際には必要以上に多くのことを仮定すべきではないという指針のことを、14世紀にこれを多様した後期スコラ学を代表する哲学者の名前から何というでしょう?」

 問題文が読み終わってもランプは光らない。

「5、4、3、」ピコーン

「全然わからん。でもなんか言えば当たる可能性がある。カラス」ブブー

 果敢にチャレンジするも桔梗の回答は不正解。続いて風信もボタンを押すが、ガリレオ・ガリレイと答えて不正解。

 適当に答えて当たるほどクイズは優しくない。

「正解はオッカムの剃刀でした。難しくしたから、正解は出なかったわね」

 5問終わって成績は、桔梗が1問正解。風信が2問正解。共に答えられなかったのが2問だ。

「肩慣らしは十分ね。傾向は読めたから、そろそろ本番に行きましょう。ルールは王道の7○3✕」

 7問正解で勝利、3問誤答で失格。問題を誤答した場合、相手に解答権はない。クイズでは王道中の王道ルールだ。

「これからは誤答ペナルティがあるから、不用意にボタンを押すと失格になる。気をつけてね」

 既にクイズの雰囲気はつかめている。本番に移行しても問題なく進行できる。

「練習ではリードしているようだが、俺は本番に強いタイプだ。勝ちは決まったもんだ」

「キョウ先輩知ってます、弱い犬ほどよく吠える。強がりはよくないですよ」

 桔梗は言い返す言葉が浮かばず、舌戦は風信に軍配が上がった。

「今回は勝負の場を用意しているのだから、クイズで争いなさい。醜い言葉の応酬は雑談とは呼べないわ」

 桔梗と風信は互いに睨みを利かせ、相手を威嚇する。華薔薇に窘められて直接の口撃ができないので、少しでも萎縮させようと目に力を込める。

 慣れていないのか共に迫力はなく、アイコンタクトで遊んでいるようにしか見えない。

「ふふっ」

 当人の感情とは裏腹に、微笑ましく見守る華薔薇だった。

「桔梗、ネコ、遊んでないで本番を始めるから準備しなさい」

「いつでもいいぜ」

「絶対負けません」

 遊びであっても真剣に臨んでいる。互いに勝利を目指してクイズに集中する。

「よろしい、では本番を始めます。問題。スカートみたいに裾が広がった七分丈パンツのこと/」ピコーン

 先にボタンを光らせたのは風信。

「これはガウチョパンツでしょ」ピンポンピンポン

 スカートみたいに裾が広がった七分丈パンツのことを、南米の草原地帯のカウボーイを指す言葉で何パンツというでしょう?

「先制点はネコのようね。おめでとう」

「ありがとうございます、バラ先輩。このまま正解して、勝ってみせます」

「まあ先輩として、後輩に花を持たせるのも仕事だよ。こっから先は俺のターンだ」

 桔梗の主張は虚勢ばかりでもない。一部には真実も含まれている。

「安心しなさい。私はどちらかに有利な問題を出し続けるつもりはない。むしろ負けている方に有利な問題を出すわ」

 一方的になってしまえば面白くない。ある程度拮抗したゲームの方が面白い。

 通常のクイズなら事前に用意した問題から出題する。しかし、今回の進行は華薔薇だ。華薔薇の好きなように進めていく。

 そもそも雑談部の遊びだ。ルールを厳格に守る必要はない。

「問題。日本のノーベル賞受賞者の朝永振一郎、福井謙一、利根川進、湯川秀樹らが卒業したのは何大学でしょう?」

 今回の問題は共通点を答える問題。

「5、4、3、2、1」ピコーン

 ギリギリでボタンを押したのは桔梗。

「……京都大学」ピンポンピンポン

「難しいかと思ったけど、見事桔梗の正解」

「半分は勘だけど、なんとなく聞き覚えがあった」

 ノーベル賞ともなるとニュースでも取り上げられる。教師が授業で話すこともある。

「どんどんいくわよ。問題。洗顔料や石鹸では落ちにくいため、化粧品の油分を溶かし落とすけ/」ピコーン

「クレンジング」ピンポンピンポン

 ネコが自信を持って正解する。得意分野だとボタンを押すスピードも早くなる。どや顔をされると多少鼻につくが。

 洗顔料や石鹸では落ちにくいため、化粧品の油分を溶かし落とす化粧品のことをなんというでしょう?

「いい感じね、次は難しい問題にしましょう。問題。フェルディナント・テンニースが提唱した、共同体における社会進化論とは「ゲマインシャフト」となんでしょう?」

 どちらの指も全く動かない。

「両者スルーね。正解はゲゼルシャフトでした。共通の目的のために成員の自由意思に基づいて形成された社会のこと」

「チンプンカンプンだ」

「右に同じく」

 知らないことを知るのもクイズの楽しみだ。

「難しい問題を答えると気持ちいいから、ガンガン挑戦するように」

 誰もわからない問題を正解すると、得も言えぬ快感がある。簡単にはいかないから、正解したときの気持ちはひとしおだ。

「問題。完結までの40年間一度も休まず連載された、愛称「こち/」ピコーン

 タッチの差で桔梗のランプが光る。

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」ピンポンピンポン

 完結までの40年間一度も休まず連載された、愛称「こち亀」で知られる秋本治の漫画はなんでしょう?

「んー、悔しい、押したのに、どうして着かないのよ」

「ネコも押したけど、間に合わず。コンマ数秒を競うのが早押しクイズよ。悔しいなら、もっと勉強しなさい。もっと手前で押せるようになるから」

 5問終わって、両者2○0✕。誤答がないのは優秀だからか、それとも慎重になっているのか、5問ではわからない。

 試合展開は華薔薇の望む通りの拮抗した流れをしている。

「早く次の問題にいきましょう、バラ先輩」

 風信の催促。クイズに熱中しているのが伺える。

「サクサクいきましょう。問題。サッカーやバスケットボールなどで特定のチームを応援するファンのことを/」ピコーン

「サポーター」ピンポンピンポン

 流れるように桔梗が正解する。連続で正解されて面白くないのは風信。

「悔しい悔しい悔しい、バラせ~ん~ぱ~い~」

 すがる視線に肩を竦める華薔薇。負けている方を贔屓すると宣言しているため、次の問題は風信に有利な問題が出る。

「問題。一般に調味料の「さしすせそ」の「し」が/」ピコーン

「お塩」ピンポンピンポン

 一般に調味料の「さしすせそ」の「し」が指しているのは何という調味料でしょう?

「やったー、これで点数は並びましたね。このままじゃんじゃん正解して、ぶっちぎりで優勝です」

 どちらかに有利な問題を出していると正解率が高い。

 クイズの悔しさは、押し負ける悔しさ、わからない悔しさ、間違える悔しさがある。

 正解を出し続ける難しさを味わってもらいたい、と華薔薇の心の中で悪魔が囁く。

「問題。「勇み足」「序の口」「大一番」「番狂わせ」はいずれも何のスポーツか/」ピコーン

 勝ちを意識した桔梗がいち早くボタンを押す。

「やっべー、わからん」

 簡単な問題が続いたから、次もわかるだろうと調子に乗った結果だ。

「んー、将棋」ブブー

「番狂わせの番は将棋盤の盤とは違うからね。発想はよかったと思うわ。正解は相撲でした」

 解答権は一人しかないので、誤答しても風信は答えられない。

 「勇み足」「序の口」「大一番」「番狂わせ」はいずれも何のスポーツから生まれた言葉でしょうか?

 問題文中にスポーツからと入っているので、答えはスポーツになる。将棋は一般的にスポーツではなく、ボードゲームに分類される。

「初めての1✕ね。3×で失格を忘れないように」

「……バラ先輩、何かやってます?」

 神妙な面持ちで考え込む風信。引っ掛かりを覚えているが、明確な答えは出せずに眉間に皺を寄せる。

「私たちは今、クイズをやっているのよ。それ以上でも、それ以下でもない。それでは、続けます。問題。日本のプロ野球で、パ・リーグは「パシフィック・リーグ」の略ですが、セ・リーグは/」ピコーン

 ランプがついたのは風信。桔梗もボタンを押したが、先程の誤答が尾を引いて指の動きが鈍った。

「セントラルリーグ、ですよね」ピンポンピンポン

 自信なさげに答えるが正解。自信の有無は正誤判定に関係ない。

「ほっ、よかった。これでバラ先輩の思惑がなんとなく見えてきました。かなり重要な1点になりそうです」

「やべー、離されてる」

 何かを掴みかけている風信とは対称に、取れる問題を落として焦る桔梗。焦れば焦るほどに冷静に考えられず、正解から遠退いていく。

「ここが正念場ね。問題。どんな出会いも偶然ではなく、生まれる以前の深い縁があるので大切にしなければならない、という意味のことわざは「何振り合うも多生の縁」というでしょう?/」ピコーン

 最後まで読み終わったところで桔梗のランプが点灯する。

「最後まで聞きゃわかる、袖振り合うも多生の縁」ピンポンピンポン

「桔梗がサポーター以来の正解ね。この調子で最後まで集中を途切れさせないように」

「ふふーん、わかっちゃいました。バラ先輩の思惑。ここから先は負けません」

「あん、俺が答えてからわかっても遅いぞ」

 何かに気づいた風信と、呑気にクイズを楽しむ桔梗。

 華薔薇の思惑があってもなくても、クイズに正解するのは簡単ではない。小さなことに捕らわれて大局を見逃すこともある。

 二人にはより一層の冷静さが求められる。

 本番のクイズ10問が終わって、桔梗が4○1✕、風信が4○0✕で風信が半歩程度リードしている。

 問題が恣意的なのでリードはほとんどないに等しい。

「問題。「廻れば大門の見かへり柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く。」という書き出しの、樋口一葉の小説は何?/」ピコーン

 最後まで聞いて風信が押す。

「た……た……た……あああ、出てこない」ブブー

「正解は『たけくらべ』でした。思い出せず、ネコに1✕ね」

「わかってたのに、あれはわかったのに」

 結局、時間以内に思い出して答えられないと、誤答だ。最後にものをいうのは知識だ。

 深い知識があれば、問題文の先頭でわかる。広い知識があれば、推測で答えを導ける。

 一朝一夕では身に付かない。だから、クイズは面白い。

「ネコも、気落ちしないように。問題。スペイン語で「ヤギの血を吸うもの」を意味する、主に南米で目撃報告がある、鋭い牙で家畜の血を吸って殺すといわれる未確認生物は何でしょう?/」ピコーン

「テレビで見たことある、チュパカブラ」ピンポンピンポン

「未確認生物でもマイナーなのによく知っていたわね。お見事、正解」

 未確認生物は度々テレビで特集される。それを覚えていた桔梗が正解を出した。風信は興味がないので全く歯が立たない。風信が知っている未確認生物はネッシーやビッグフットくらいだ。

「そろそろ、勝利が見えてきたわね。最後まで油断しないように。いくわよ」

 問題。古代エジプト第18王朝の王で、エジプト考古学博物館では副葬品の黄金の棺や黄金のマスクが展示されている人物を一般に何と呼ぶでしょう?

 正解は、ツタンカーメン。

 黄金のマスクで閃いた風信が正解を出す。

 問題。鎮痛剤として医療に用いられる、フグの肝臓や卵巣に多く含まれる猛毒は何でしょう?

 風信がテロトンドキシンと答える。正解は、テトロドトキシンである。残念ながら覚え間違いで誤答。

 いよいよ風信に後がなくなる。もう一度誤答で失格だ。

 問題。メキシコ料理の伝統料理でブリトーやタコスに使用する、小麦粉やコーンフラワーから作る薄焼きパンを何というでしょう?

 正解は、トルティーヤ。

 慎重なボタンの押しで、料理問題を風信が確実に正解する。

 問題。野球の変化球で、英語で「指の関節」という意味の名前がついている、不規則な軌道が特徴的な投球を「何ボール」というでしょう?

 スポーツ問題は無難に桔梗が正解する。

 これで両者勝利にリーチがかかった。桔梗は1×で若干有利である。

 問題。漫画家の魔夜峰央、和月伸宏、高橋留美子はいずれもどこの都道府県の出身でしょう?

 日本の都道府県は全部で47。当てずっぽうに挑戦するのは躊躇われる。

 風信のランプが点灯する。

「新潟県」

 確信を持って風信が自信満々に答える。

 ピンポンピンポン。

「正解よ。これにてネコの勝利が決まったわ。おめでとう」

「ありがとうございます、バラ先輩。とっても嬉しいです」

「はー、負けた負けた。悔しい、悔しいな、でもめっちゃ楽しかったな。またやりたいな」

 勝者は喜び、敗者は悔しがる。

「よく最後の問題の答えがわかったな、知ってたのか?」

「んーっとですね、全然知らなかったですよ。新潟県以外に選択肢はなかったんですよ。もしかして、キョウ先輩は気づいてないんですか」

 漫画家の出身地を知る機会は早々ない。風信が答えれたのは推理に他ならない。

「何のことだ?」

 クイズを純粋に楽しんでいた桔梗には理解不能だ。

「バラ先輩が一筋縄では行かないのは常識ですよ、当たり前にして当然。単にクイズで遊ぶだけで、済むはずないでしょう」

「あら、ひどい言いようね。私はネコがクイズをしたいと言ったから、クイズをしていたのよ。何か間違っていたかしら」

「バラ先輩は意地悪です。クイズの最中にクイズを仕込むなんて、普通できませんから」

「けええ! そんなんやってたのか、全然わからんかった」

 後から知る衝撃の事実。即興で問題を作りながら、即興の問題を組み込む。女子高生の範疇を逸脱している。

「キョウ先輩は素直ですね」

「だったらネコはひねくれているわよ」

「そうですね、ひねくれてますよ。だからこそ最後の新潟県を答えられたんですから。ひねくれ、万歳」

 特に傷つくこともなく受け入れる風信。

「さて、今日の雑談部はここまでにしましょう。クイズも楽しんだし、即興の作問で疲労困憊よ」

 疲れた様子を一切見せないが、雑談部を締め括る。

 これにて雑談部の番外編、クイズで遊ぶが終わった。


「やれやれ、今日はクイズに夢中になりすぎたわ」

 桔梗と風信が帰った後、部室に一人残った華薔薇から声が漏れる。雑談を忘れてクイズに夢中になってい。雑談部として反省しないといけない。

 しかし、それ以上に、

「桔梗はどこまで気づいたのかしら。全く気づいた様子はなかったけど」

 ネコの違和感に、と続く。

「まあ、大丈夫か、桔梗だし」

 真実に気づいた桔梗が問題を起こすとは思えない。精神的にダメージを受ける可能性は否定できないが、桔梗はそんなに柔じゃない。と結論づけて、放置を決め込む華薔薇だった。


「性別不詳のネコ先輩」

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