第6章 そんなはずないのオンパレード ⑥

 響貴の家は、昔から金持ちの家が多いことで有名な住宅街の一画にあった。

 敷地全体が高い塀で囲われたデカい一軒家。こじゃれていながら威圧的な門構えとか、普段だったら近づくのも尻込みするほど立派な家だ。


「――――…」


 翔真の班の面々も、そこが響貴の家だと思うとひるんでいる様子だった。

 ゴキブリの屋敷なら、どんなとこでも平気で突っ込んでいくのに、完全に腰が引けている。


 そんな中、昴が進み出て、俺と翔真をまっすぐ見据えた。

「嫌でも、やらなきゃならなないことでしょう? ほら、早く!」


 急かされた俺は、英信から預かったキーホルダーについてる、小さなリモコンのスイッチを押す。と、開錠音がして、大きな門が自動的に開いた。


「うぉー…」

「いいから入れ。早く」

 全員中に入ったのを確かめると、もう一度ボタンを押してすぐに門を閉める。


 広い庭のある一軒家は、瀟洒な二階建てだった。玄関まで行くと、持っていた鍵でドアを開ける。

 開錠したのを確かめて、俺はみんなをふり返った。


「いいか。今回は家の中のものを持ち出すのは禁止だ」

 みんなが神妙な顔でうなずく。

「よし――行け」


 俺が勢いよく玄関のドアを開けると、全員いっせいに家の中に飛び込んでいった。猟犬よろしく、人の気配がないか嗅ぎまわる。


 俺は一番最後に入って行った。

 玄関を上がって進むと、まず最初に広々とした居間が目に入る。全部で十人くらいは座れそうなソファセットや、ふかふかのラグ、オーディオセットが置かれ、壁には大きな絵画が飾られていた。

 上下で向かい合う、二体の天使の絵だ。


 それを横目に通り過ぎ、階段を二階に上がっていく。

 目についた部屋に入り、中をぐるりと見まわすと、木製のブラインドっぽい白いドアがあった。何気なく開くと、両脇に女物の衣類がびっしり吊られている。


(これ…ウォークインクローゼットってやつか…)

 ドラマの中でしか見たことがないものを興味津々で眺め、ハンガーにかかったワンピースの束をかき分けた――その瞬間。


「――――…っっ!?」


 足下にうずくまって、こっちを見上げる女を見つけ、心臓が口から飛び出しそうになった。


 緊張にこわばった顔で俺を見上げてくるのは、長い髪をまとめてアップにした、大人の女。

 歳は二十代後半くらいか。ピアノの先生みたいな感じの、お嬢様系の美人。ラフに重ね着したシャツにロングスカートという格好で、膝を抱えてうずくまっている。


 硬直する俺の背後で、昴の声が聞こえた。

「それらしい痕跡、ないですね~」

 そう言いながら、同じ部屋に入ってくる気配がする。


 どうする? どうする? どうする? どうする!? どうする!? どうする…!?


 自分の中で、瞬時に百回くらい同じ問いをくり返した結果――


 頭で結論を出すよりも先に、クローゼットのドアを閉じていた。

「斗和?」

 昴の問いに背中で答える。

「…パントリーの下に穴がないか? いざって時はそこに隠れるよう言ってあるらしい」


「え? 先に言ってくださいよ!」

 部屋のなかを見てまわってた昴が、すぐさま一階のキッチンに向かう。その後を追いかける。


「あった――」

 翔真の声が聞こえてきた。


 パントリーの外に荷物が出されている。床の下には、大人が二人くらい入ることのできそうな大きな穴が空いていた。ベニヤ板でその上を覆っていたようだ。


「誰かいたか?」

 俺の問いに、ペンライトを持って穴の中をのぞきこんでいたやつが首を振る。

「いや、誰も…」


「家の中で何か不審なものを見つけたやつは?」

 その質問にも、答える声はない。

 誰からともなく、ほーっとため息がもれた。みんな同じ気分だと思う。俺を除いては。


「ガセかよ。まぁそうだとは思ってたけど…」

 ぼやく翔真の横で、まだドキドキと騒いでいる鼓動を持てあます。


 なんで? なんで俺、あの女を見逃したんだ?


(不安そうに膝を抱えてるだけだった。優しそうで、おとなしそうで…テロなんかに関わってるはずがない)


 でも、もし後でこれがバレたら? そしたら俺も一蓮托生だぞ。全然知らない女のために。

 今からでも言うか? でも…いや、どうする――


 ぐるぐると迷いまくっている間に翔真が言う。

「帰るぞ。全部きっちり元の位置に戻せ」

「――――――」

 言い出すきっかけを得られないまま、結局俺は響貴の家を後にした。


       ※


「…というわけで、パントリーの床の下には確かに手作りっぽい穴があったけど、中に人はいなかった。そのほか家中全部見たけど、人影はなかった」


 翔真を連れて会議室に戻った俺がそう報告すると、英信は斬り込むように真剣な顔で、重ねて訊ねてくる。


「誰もいなかったんだな? 確かだな?」

 喉が干上がりそうになるのを感じながら、かろうじてうなずいた。

「…あぁ。いなかった」


 英信はようやく小さく息をつく。

「わかった。――斗和、翔真、ヤな仕事やらせて悪かったな。でもサンキュ。助かった」


 その横で崇史がスマホに何かを打った。

 たぶん響貴を連れまわしているっていう亜夜人に向けて、もういいって伝えてるんだろう。


 俺と翔真が部屋を出ようとした、次の瞬間――


 英信が力まかせにテーブルをたたいた。

「……っっ!?」

 すごい音がして天板がひしゃげる。


「よりにもよって響貴にこんなクソ忌々しい噂を立てた犯人、見つけたらただじゃおかねぇ…!」


 腹ん中から声をしぼり出すように吠える英信に、立ち上がった結凪がくすくす笑った。

「きっと亜夜人がすぐ見つけ出すわよ。響貴の足を引っ張るようなこと、あの子が許すはずないもん。――じゃあね。仕事行ってきまーす」


 結凪が去り、崇史も去り――翔真に先に行くよう言って、俺は会議室に残る。

 みんなと同様、部屋を出ようとしていた英信が、それに気づいて足を止めた。


「なんだ。何か用か?」

「英信――」


 ものっそい迷いながら、自分のスマホを出してにぎりしめた。


「俺、〈愛国一心会〉について自分で調べたんだけど…、全然実体がつかめなかった。そういうのがあるって言われてるだけで、代表者も不明。首相を暗殺したテロリスト以外、メンバーもよくわかってない」


 英信が怪訝そうに返してくる。

「響貴から、連中が狙ってるっていう標的のリスト、見せられなかったか?」

「見たけど…」


 英信は長い脚を持てあますように、テーブルに腰を引っかけた。

「…俺はこう見えて政治家の息子でな」

「うん、それすげぇびっくりした」


「つってもてんで使えねぇボンクラの三男だけど。…まぁ、そんなもんで親父のとこには他では手に入らない情報が入ってくる。それによると、都市伝説でも何でもなく〈西〉は大勢の工作員を〈東〉に送り込んできている。子供の頃に素質を見抜いて、洗脳に洗脳を重ねて育てたプロのスパイをな。連中のねらいは、この国を弱体化させて、〈西〉主導で再統一を果たすこと」


「……」

「〈愛国一心会〉は実在する。実体をつかませないのは、向こうが上手だからだ」

「そうか…」


 英信の言葉には力があった。やっぱり、こっちが真実だと感じる。――そう感じることができてホッとした。


「わかった。変なこと訊いて悪かった」

「いつも言ってるだろ。この国は平和なんかじゃねぇ。危機はすぐそこにあるって」


 英信は俺に向けてニヤリと笑う。凶悪に。全生徒会メンバーのハートをわしづかみにする、魅力的な悪役ヴィランの顔で。

「俺ら戦争してるんだぜ。ほとんどの国民が知らないところでな」


 その言葉にうなずきながら、それでもやっぱり、響貴の家にいた女のことはどうしても口に出せなかった。

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