第5章 無敵感、やばい ⑤

 俺は執行部隊に所属する班のすべてを監督する立場なので、基本的にどこの班のG狩りに参加してもOK。いつもは翔真の班にくっついてまわってるけど、今夜はちょっと気まずくて、別の班をのぞきに行った。


 それが終わって、さぁ帰ろうかって思った時――英信からLINEが入って本部に呼び出される。

(今から?)

 やや不審に思ったけど、断る理由もない。俺は班のみんなと別れて急いで本部に向かった。



 地下三階の会議室に着いた俺を奇妙な空気が包み込む。

 出席者は七人。英信、崇史、亜夜人、結凪、響貴、俺――それから何でか呼ばれてる翔真。俺と目を合わせようとしない。

 全員そろってから英信が口を開いた。


「昨日、一般市民からの密告があった。斗和、おまえが〈西〉のスパイだって」

「……は?」

 頭の中が真っ白になった。


 なんで? どうして? じいちゃんのことがバレたのか? あふれ出した動揺のまま、大きく首を横に振る。

「んなわけねぇよ! そうだろ、翔真…!」

 翔真は硬い顔で前を向いていた。

(おい、まさか…)


 募る不安に喉が干上がっていく。そんな俺を、英信が「落ち着け」となだめた。

「翔真は、おまえに怪しい言動なんかひとつもなかったって言ってる」

「――――…っ」

 急に力が抜ける。くずれ落ちるように、俺は一番近くにあった椅子に座った。


 英信が手許のメモを見ながら続ける。

「密告の具体的な内容は、おまえの祖父さんがGとして処刑されたってことと、おまえの家族が全員、その祖父さんと仲良くて、〈西〉への移住を計画してたってこと。それに祖父さんが死んでから〈東〉への復讐をたびたび口にしてたってこと。〈西〉への移住の際、向こうの政府に〈生徒会〉の情報を手土産にしようとしていること――」


「じいさんが横羽磨よこはまの〈生徒会〉に駆除されたのは本当だ。けどそれ以外は全部、完全にデタラメ。移住なんか考えたこともない」


「うん。そのへんは裏が取れてる」

 亜夜人がタブレットPCに向かいながら言った。

「普段はいちいち調べたりしないんだけど、事は君に関わるからね。じっくり聞き込みしたよ。結果、移住希望や復讐について、耳にした知り合いは誰もいないってことだった。つまりシロ」

「じゃあ何なんだよ。どっからそんな妙な密告が…」


「密告は匿名の電話だった。で、その通報元を調べてみて驚いたよ。通報したのは女性で、君のお父さんと再婚してるんだ」

「…………」

 あまりにも予想外な真相に絶句する。

「…なんだって?」

「だから、家庭内トラブルか何かあるのかなーって思って」


「…あの女…!!」


 会ったこともない父親の再婚相手への怒りで、はらわたが煮えくりかえる。

(いくら邪魔だって、普通そこまでするか!?)

 俺が〈西〉のスパイだって駆除されたら、母さんも茉子もタダじゃすまないかもしれないんだぞ?


 なのにそんなこと、平気でやったのか? ふざけんな? 親父はこのこと知ってんのか?

(知ってたら許せねぇし、知らせないでやったならもっと許せねぇよ…!!)


 膝の上でにぎりしめた手が震える。

「…たぶん、養育費…」

 つぶやいた声も怒りに震えていた。どうしても抑えられない。

「親父、俺と妹の養育費払い続けてるから…、それが気にくわないんだと思う…。最近ずっと遅れぎみだったし、もしかしたら向こうも生活が厳しいのかも…」


 ぽつぽつ話す間も、噴き出す怒りは止まらなかった。感情が昂ぶりすぎて頭がくらくらする。

 ふざけるな。おまえ、俺らから親父奪ったじゃん。それだけじゃ足りねぇっての? 自分の手を汚さずに全員消し去って、親父の稼ぎを全部自分のもんにして、何事もなかったみたいな顔して生きてくつもりかよ?


 翔真が俺の肩に手を置いてくる。


 亜夜人があきれたように鼻を鳴らす。

「それは許せないね。養育費の支出を抑えるために、斗和を――ひいては〈生徒会〉を嵌めようとしたなんて」


「そこじゃねぇだろ。仲間に濡れぎぬ着せられたんだ。絶対許せねぇよ」

 英信が立ち上がり、こっちに歩いてくる。俺の目の前でテーブルに腰を引っかけ、強い眼差しで見下ろしてくる。

「おまえが〈生徒会〉のために全力を尽くしてることは疑いようがない。俺はどっかの知らない女の言うことよりも、おまえの頑張りを信じる」


 亜夜人のタブレットPCが軽い音を立てた。

「あ、横羽磨支部から調査依頼の返事来たよ。斗和のおじいさんは本来の駆除対象じゃなかったって。へぇ…」

 ちらっと崇史を見る。

「練間の区立中学卒業式襲撃事件の犯人をかばったらしい。それで巻き込まれたんだ」


(え…)

 それは初耳だ。あの大事件の犯人を――じいちゃんが?


 気を取られている間に、響貴が場をまとめるように提案した。

「じゃあ、決を採ろう。今回の件、密告した人間と、された人間の記録上の名前を入れ替えることに賛成な人――」


 全員が手を挙げる。英信がニッと笑った。

「よし。崇史、おまえがいけ」

「俺?」

「おまえも妹いるし斗和の気持ちわかるだろ。人を呪わば穴ふたつって、この女によぉく教えてやれよ」

「わかった」


「いや――」

 俺は思わず口を開いた。

 身内が関わってるから、後々のことを考えて英信は崇史に頼んだのだろう。

 俺と親父との間に亀裂が入るかもとか、そういうのを気にして。――でも。

(ここで、自分で疑いを晴らさなくてどうするよ)


 そんな思いで英信をふり仰ぐ。

「俺にやらせてくれ。自分でやる」

「よぉし、よく言った」

 英信はくしゃっと笑って、満足そうにうなずいた。

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