第4章 がむしゃら上等! ⑥

 その日の夜。

 本部の食堂は、今まで見たことがないほどの制服姿でぎゅぎゅうだった。

 それもそのはず。他の区からも精鋭が大勢呼ばれている。

 幹部も、アイドルの仕事で忙しい結凪以外はみんな顔をそろえいた。


 前方の壁に寄せて、ステージみたいにしたテーブルに、英信が土足で上がる。

 とたん、食堂中を揺るがすような歓声が沸いた。

 英信はその大歓声に負けないくらい、よく通る声で両手を振る。


「ひさしぶりに見る顔が多いな! みんな元気かー!?」


 歓声がますます大きくなる。ほんとにこの人、人気者だ。

 例によって、ちょっとネタ的な前振りでみんなを笑わせてから、スピーチは本題に入っていった。


「でー、なんで急に集まってもらったかっていうと、前代未聞の計画があるからなんだけど。まずは説明しよう――斗和!」

「…え? あ、はい…っ」

 いきなりフラれて飛び上がる。

 英信がのばしてきた手をにぎると、一瞬でテーブルの上に引っ張り上げられた。


 くいっと顎で促され、あわててテーブルの下でこっちを見上げるメンバー達に向き直る。

「えぇと…計画を考えた美陵斗和です。どういうものかっていうと…」


 普通に話し始めると、テーブルの下で広報の腕章をした女子が「誰かマイク持ってきて!」と声を上げる。英信が舌打ちした。

「もうちょっとビシッとしろよぉ…。あと腹から声出せ!」

 叱責と共に、手の甲でビシッと腹をたたかれる。

 みんながドッと笑い出した。


「そんなこと言ったって…」

 英信みたいになんか、できるはずない。人前に出てしゃべることだってめったにないんだから。

 泣きそうになる俺に、マイクが渡された。それに向けて、作戦の概要と、全体の動きを説明する。


 班長たちには前もってミーティングしてるし、各班の潜伏場所や各種タイミング、撤収の予定は、事前にデータで伝えられている。俺からは、全体に対しての大まかなことだけ伝えればいい。


 話し終えてマイクを下ろすと、英信が前に出た。

 悠然とその場を見まわしてから、おもむろに口を開く。


「ゴミは処分されるべき。ゴキブリは駆除されるべき――ってな!」


 張りのある声が、ぴしりと鞭のようにその場を打つ。

「俺達は正しいのか?」

 カラコンの入ったグレーの目が、圧倒的な自信をもって、みんなを見まわした。


「もちろん正しい! 俺らは見えない戦争に挑んでるんだから。みんなが漠然と感じている不安に、俺らだけがちゃんと向き合ってる。この国にテロやらクーデターやら起こして、メチャクチャにして、混乱に乗じて国を呑み込もうと企んでやがる〈西〉から、この国を守ってる。そのことを今日、証明するんだ!」


 こぶしをにぎる身ぶりは、やや芝居がかっていた。でもそのせいで、ダンスの振り付けみたいに目を惹きつけられる。

 英信の作る世界観に引きずり込まれる。


「反政府的な集会に集まってくるゴキブリの姿を見れば、世間もちゃんと危機感持つようになる! 俺達の行動がもっと広く認められる! てか普通に、街中で爆弾を爆発させる害虫を野放しにするわけにはいかねぇよな? そうだろ? 次に巻き込まれるのは、おまえらの中の誰かかかもしれないんだぜ!?」


 言葉と、声と、ドラマ。英信の作り出すものに、映画の中にいるような気分にさせられる。

 でもこれは現実だ。

 ドラマみたいな現実の中に、俺はいる。恐いけどワクワクする、シュールな感覚。

 ドキドキする心は、のびやかな英信の声にビリビリ痺れた。


「今日は正念場のひとつだ! これから続く〈生徒会〉の歴史の中でも、今日は特に記録に残る大事な日になる! 俺達にとっての特別な日だ! みんな気ぃ引き締めろ!」

 オォォ!!


 応じる側の熱気も最高潮だった。


「そんで腹ぁくくれ!」

 オォォ!!


「やるべきことはわかってると思うから、後はまかせた!!」

 ウォォォ!!

 気持ちよく、腹の底から雄叫びを上げる。


 英信が解散を告げるや、班長たちを先頭に、士気の高い狩人達が次々と外に飛び出していった。


 そんな中、中井先輩と美穂子先輩が声をかけてくる。

「斗和」

 ふたりは手をつないで、テーブルから降りた俺の前にやってきた。

「俺と美穂子は、これで卒業する。こういうふうに終わるのが一番理想的だから」

「この作戦に参加できて嬉しい。ありがとう」

 美穂子先輩はさらに、「がんばってね」と笑顔で励ましてくる。


 二人と入れ替わりに、今度は人混みをかきわけるようにして翔真が来る。

「向こうでな」

 のばされてきた手をつかみ、固くにぎった。

「あぁ、向こうでな」


       ※


 指示出しをする俺は、今日だけ幹部たちと一緒に行動する。

 OBが出してくれた車で、まずは倉庫の近くまで移動。そこからは歩いて無人の倉庫に侵入する。体育館くらいの広さのプレハブ倉庫だ。


 情報が漏れると困るので、倉庫の持ち主には無断の行動だった。でも警察には話が通っているため、騒いでも大丈夫とのこと。


「警察に話が通ってるって、どういうこと?」

 俺の問いは、響貴の鉄壁の笑顔に流された。

「それはおいおい話すよ」

 ふたりの間で亜夜人が、「静かにっ」って俺に言ってくる。


 古い倉庫は、吹き抜けになった二階建てだった。

 俺と英信達は、外階段をのぼって屋上で指揮を執る。もちろんそこから内部の様子は見えないため、あらかじめ各所に設置した隠しカメラとセンサー、スピーカーを通して状況を把握する。


 倉庫内部の二階には壁沿いにキャットウォークがあるため、そこに複数の班を、下からは見えないよう寝そべって待機させる。


 天井が高くてがらんとした一階には、遮蔽物として適度に荷物を置いていた。

 そこで主催者のふりをするのは、広報部のメンバーだ。

 広報部には、演劇部やアマチュア劇団で芝居をやってるメンバーがちらほらいる。

 そいつらが、主催者だけでなく、呼びかけを見てやってきたゴキブリに偽装して待ち受ける。もちろん互いに知らないフリをするよう、事前に打ち合わせ済み。


 午後十二時。ぽつぽつとゴキブリが集まってき始めた。

 警戒が強いゴキブリたちに、広報部のメンバーが、同じように警戒を込めて、でも仲間意識もちらつかせながら、うまく応じる。一時間くらいで五十名ほどのゴキブリが集まった。


 たぶん終電とかで来て、しばらく周りに隠れて中の様子をうかがっていたのだろう。

 予想よりも数が多い。

 屋上でモニターを眺めていた英信が「充分だ」とつぶやく。

 それが合図だった。俺が簡易無線で「始め」とつぶやくと、主催者に扮した広報部のメンバーが演説を始めた。


「悪いのは俺たちじゃない! 俺たちを虐げるやつらだ。俺たちを人間と認めない奴らだ。そしてそれを見て見ぬふりする奴らも同罪だ!

 有罪の人間には裁きが必要だ。俺達の苦しみをわからせるために、この社会を裁く必要がある。

〈西〉の出身者ってだけで見下すやつらを裁こう! 〈東〉に、俺たちの正義を示そう!」


 反社会的な演説をするゴキブリと、それに聞き入り、同意する五十人の姿を、亜夜人が隠しカメラで動画に収めていく。


 ゴキブリ達がそれに意識を奪われている間に、俺は無線につぶやいた。

「催涙弾、用意――」


 指示を受け、二階のキャットウォークに潜むメンバー達が、手投げ式の催涙弾をにぎりしめる。

 響貴がどこからともなく調達してきたものだ。


「やれ!」


 その瞬間、二階に潜んでいた面々が、いっせいに催涙弾を投げた。

 複数の催涙弾が、同時に一階の床で炸裂する。

 それと同時に、外で待機してたメンバーが、出入口を外から完全に封鎖した。倉庫の中を密閉状態にする。


 ゴキブリのふりをしてた広報部の面々は、けたたましく悲鳴を上げた後、ガスマスクを着けて退避した。

 催涙ガスと悲鳴とでパニックになったゴキブリ達の前で、荷物に模したケースの中から、ガスマスクを着けて待機していた〈生徒会〉のメンバー達が次々に飛び出す。


 彼らは混乱するゴキブリに、次々とスタンガンを当て、意識を奪っていった。そして倒れたヤツを即座に潰していく。

 ナイフ、キャンプ用の手斧、なた…。やり方は人それぞれに、確実に仕留められていく。


 時々、逆上してガスマスクや武器を奪いにかかってくるゴキブリもいた。

〈生徒会〉のほうが数が多くて装備も揃っている。とはいえ、こっちだって無傷ではすまない。


 阿鼻叫喚が十分くらい続き、完全に状況が終了したのは二十分がたってからだった。

 幹部達に続いて外階段を降りた俺が中に入っていった時、倉庫の真ん中にはゴキブリの死骸が積まれていた。


「こっちの被害は?」

 英信の問いに、先に降りてた崇史が返す。

「反撃に遭って怪我をしたのが一三名。うち重傷が五名、軽傷が八名。全員、車で病院に送った」


 俺はホッと息をつく。被害に備えて、OBのバンを何台か用意しておいてよかった。

 怪我人は、〈生徒会〉と懇意にしてる医者がいる病院に送られる手はずになっている。


「〈掃除屋〉は?」

「予定通り一時間後に到着する」

 今回は片付ける死骸の数が多いから、早めに収集するよう、軍や警察とかの、に頼んだらしい。


「駆除したGの数は?」

「いま数え終わった」

 響貴が言い、その数を俺に耳打ちしてくる。


 いいの? って目で訊くと、縁なし眼鏡の向こうの目がうなずいた。

 俺は食い入るようにこっちを見る面々に向け、はっきりと告げた。


「駆除したGは、全部で五十二名!」


 とたん、感嘆のため息がもれる。

 今まで、そんなにたくさんの数を一度に駆除した例はない。


 英信までもが、嬉しそうに顔をほころばせる。

「ようするに、だ」

 大きく息を吸って、高い倉庫の天井まで届けとばかり、英信は声を張り上げた。


「大、成、功、だ!!」

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