第4章 がむしゃら上等! ④

「おはよー」

 翌朝、自分の部屋から出ていくと、いつもみたいに茉子が食卓でひとりで朝食をとっていた。

 テレビを見たまま、小さな声で返してくる。

「…はよ」


『〈西系〉による犯罪件数の増加に歯止めがかかりません。再犯率も高く、さらなる厳罰化の対応が検討されています――』

 そんなニュースを聞き流し、台所でパンと牛乳の朝食を流し込む。


「母さんの具合、どんな感じ?」

「昨日は落ち着いてた」

 短く答えてから、茉子はテレビを消して、食器を片づけ始めた。


「最近、お父さんから養育費の振り込みが全然ないんだって。このままじゃ生活できないって、ずっと悩んでて、眠れてなかったみたい。それに――」

 ちらりと俺を見て、言葉をにごす。

〈生徒会〉に入った俺のこともあるって言いたいんだろ。どうせ。


「今日、バイトだから遅くなる」

 俺はなるべくさりげなく言った。バイトがあるのは本当。でも遅くなるのは〈生徒会〉に寄るから。

 茉子はごまかしに気づいたようだ。皮肉っぽく返してきた。


「あたしもしようかな。バイト」

「中学生なんか誰が雇うか。バカ」


「だって!」

 きゅっと引き結んだくちびるをとがらせる。

「お兄ちゃんは当てにならないし…っ」


「バイト増やすよ」

「その後で〈生徒会〉なんかやってたら、お兄ちゃんも身体壊すよ」

「学校で寝てるから平気」


 冷蔵庫から牛乳を取り出そうとした俺の、制服の背中を、茉子はつかんだ。


「…ねぇ、〈生徒会〉辞めようよ」

「その話はするな」

「でも…恐いよ…」


 茉子の言葉に気がつく。少し前まで、俺も〈生徒会〉はよくわかんなくて恐い組織だと思ってた。

 でも今はちがう。どういう組織かわかったし、ある程度それを動かせるような立場にもなれるかもしれない。今はその瀬戸際だ。


「恐くない。誰かがやらなきゃならないことを、やってるだけだ」

 決まり文句で応じると、茉子は俺の背中を平手で思いきりたたいた。

「ちがうよ! お兄ちゃんが、どんどん変わってってるのが恐いんだよ! 行ってきます!」


       ※


「入ってたった二週間で、幹部全員に顔を覚えられるなんて前代未聞だってよ。みんなすげぇ噂してるぜ!」


 午後九時。バイトを終えて本部に行くと、翔真が走り寄ってきた。俺は力なく笑い返す。


「でも考えること色々ありすぎて。できるかどうか…」

「おまえならできるって! 中学んとき、バスケ部のマネージャーが三人いっせいに辞めちゃった時にも、おまえがマネージャーの代わりに色々やってくれて何とかなったし」

「キャプテンが三股かけてたのが発覚した時な。あれは地獄だった。色々と…」

「おまえ全然関係ないのに板挟みになってたもんな。――じゃあな、うまくやれよ」

「サンキュ」


 笑って見送ってくれた翔真に礼を言って、俺は地下三階の会議室に向かった。でも電気がついていない。

 誰もいない会議室に入って、カバンの中から折りたたんだコピー用紙を取り出した。授業中に作ってプリントアウトした計画のたたき台だ。これを、これから響貴と亜夜人に見てもらう予定。


 何て説明するか考えていると、ひとつの足音が部屋の前を横切っていった。…かと思うと、また戻ってくる。

「お、期待の新人発見~」

 能天気に言いながら部屋に入ってきたのは結凪だった。


「ひとり?」

「…はぁ」

「ふぅん、あ。これが例の?」


 結凪はテーブルの上にあったコピー用紙を勝手に手に取った。

「はい…昨日話したやつです…っ」

「敬語やめて。うっとおしいから」


 さらっと言って、ホチキス留めされた用紙をめくる。

「なにこの〈ホイホイ作戦〉って。誰がつけたの?」

「英信が…」

「だと思ったわよ。あいつはもー」

 自分の言葉にくすくす笑う。しみじみかわいい。かわいすぎて現実感がない。まるで動く人形を見てる気分だ。


 ぼんやりしていると、結凪のスマホが鳴った。電話だ。

 彼女はスマホを耳に当て、「あ、そろそろ? オッケー」って言いながら、紙を放り出して出ていく。

 当然ふり向きもしなかった。


(傍若無人な態度が似合ってて、全然腹立たないって得だな…)

 テーブルの上をひらひらすべったコピー用紙を回収したところで、響貴と亜夜人がやって来る。


「ごめん、お待たせ」

「学校を出るのが遅くなっちゃって」

 すまなそうに言うふたりに、首を振った。

「いや、全然。こんな時間まで学校にいるなんて、さすが…」


 ふたりが中高一貫の超進学校に通ってるのは有名な話。

 きっと普通の学校とちがって、授業もたくさんあるんだろう…って思ったら、全然そんなことではなくて、亜夜人が自慢するように言った。

「僕ら、学校の生徒会もやってるから」

 ちなみに自慢したのは「生徒会」ではなく、「僕ら」の部分。だからなんだとしか。


 俺は用意したものを提出する。計画はプリントしただけでなく、データも持ってきた。

 ふたりは、プリントしたものには見向きもせずデータを欲しがり、タブレットで確認した。


 計画はこうだ。

 国道の脇にある廃工場にゴキブリを集めて、催涙ガスを投げ込んで、視覚を封じたら、後はいつもと同じ手順。みんなでいっせいに乗り込んで、スタンガンで気絶させる。

 長いこと放置されている廃工場は常に無人で、セキュリティも皆無。ちゃんと下見して確かめた。敷地はフェンスで囲われてるし、遮蔽物が多いから、中の様子を外から見られることもない。

 窓が少なくて、シャッターを下ろせば建物内部の密閉性も高くなるから、この作戦向き。


「英信は特殊な武器や装備も色々用意できるって言ってたけど、これなら催涙ガスと、ガスマスクだけですむし…」

 俺の説明に響貴はうなずいた。

「うん。これなら腕利きのメンバー以外でも失敗しにくそうだし、基本的には問題ないと思うけど…」


 亜夜人が響貴に向けて言う。

「でも国道脇だと来るのに足が必要じゃない? 徒歩やチャリだと人目につくし、もっと交通の便がよくて、こっそり行ける場所のほうがGが集まりそうだけど」

 そう言いながら、手許のタブレットパソコンのキーボードをたたく。しばらくして、候補になりそうな場所が並んだ画面を響貴に向けた。

「こんな場所があるみたいだけど」

「うん…」


 リストを人差し指でスクロールさせていた響貴が、そのうちのひとつを指さす。

「ここなんか、集めるのも駆除するのも、わりと楽そう」

 俺ものぞき込んだ。

 それは湾岸にある倉庫のひとつだった。プレハブの古いもので、現在は使われずに放置されているらしい。


 亜夜人はてきぱきとたたみかけてくる。

「条件は廃工場と同じ。加えて倉庫街だから夜は人気がなくなるだろうし、駅から歩けるし。きっとGも喜んで寄ってくるよ。よければ僕が下見に――」

「こら」

 前のめりに手を挙げかけた後輩を、響貴がたしなめた。

「これは英信が斗和にまかせた仕事だよ」


 俺もうなずく。

「俺が見に行って、どこに隠れて待ち伏せるか、Gをどう追い込むか、考えてみる」

「あと事前にカメラやセンサーも設置しといたほうがいいだろうね」

「じゃあその場所も検討する。えぇと明日もバイトだから――」


 俺の言葉に響貴が小首を傾げた。

「バイト? どんな?」

「普通にコンビニ」

「コンビニかぁ。やったことないな。週にどのくらい稼げるもの?」


 さりげなく訊かれ、週に稼ぐ額と、でも今はもう少し必要だから増やすつもりってことを話すと、響貴は亜夜人に「今できる?」と謎の声をかけた。

「もちろん。いつでも」

「何が?」

 首を傾げる俺の前で、亜夜人がカバンの中から、読み取り端末みたいな機械を取り出す。まさにコンビニで電子マネーのカードを置いて決済する、あれ。


 手早くパソコンにつないだ亜夜人は、その端末を俺に向けた。

「お財布ケータイ使ってる?」

「使ってるけど…」

「じゃあこの上に置いて」

 言われた通りにすると、チロリン♪ って音が鳴って、俺が一週間で稼ぎたい額の二倍の金が振り込まれる。


「――えぁぇぇっ!?」


「というわけだから。二週間だけバイト休めないかな? こっちに集中してほしいし」

 響貴が、にっこり笑顔で迫ってくる。…言いたいこと色々あるけど。一番はやっぱり。


(息合いすぎだろこの二人…!)

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