第3章 駆除は数こなせば慣れる ③

 駆除の流れは簡単だ。

 情報部から送られてきたGの住所に向かい、そこから本人を引っ張り出して、まずはスタンガンを見舞う。気を失ったら目と口にガムテープを貼って、後は班長の指示にまかされる。


 一般人から見えない場所に連れて行き、とどめを刺して、河原とか、廃屋の中とか、高架下とか、あらかじめ決められた、人目につかない〈ゴミ捨て場〉に運ぶ。

 そうすると翌日の早朝にが回収しに来る。軍か警察か知らないけど、〈掃除屋〉と呼ばれる連中が、早朝パトロールの名目で〈ゴミ捨て場〉をまわり、Gの遺体を運び去る。


 それが、市民の目につかずに〈西系〉の市民が消えていく仕組みだった。


 パトロールを終えた俺達は、電車で対象のゴキブリの家に向かう。

 車内で中井先輩がスマホのディスプレイを見せてきた。


「今日の駆除対象はこいつ」


 写真は三十前後の男だ。道ですれちがったところで、一瞬たりとも記憶に残らないような、どこにでもいる感じの男。

 いよいよだ。俺は、初めての駆除の相手の顔を目に焼きつけた。


 Gの家は、せまい駐車場の隣にある、四階建ての賃貸マンションだった。

 目指す部屋は四階。地上から見上げながら、中井先輩が指示を出していく。


「外階段はないな。宮野、四階だから平気だと思うけど、いちおう駐車場で待機」

「うーっす」

「竹地は正面で待機。美穂子と斗和と翔真はついてこい」


 小さなマンションだけど、いちおう部外者は入れないよう、エントランスのドアがオートロックになっている。

 美穂子先輩が、Gの部屋とはちがう適当な番号を押して、インターホンを鳴らした。

 カメラに制服だけが映る位置に立って、『はい…』と出た相手に告げる。


「すみません、ドア開けてもらっていいですか? ご迷惑はかけませんので」

『…うちじゃありませんよね?』

 おずおずと訊ねてきた声に、彼女ははっきり返した。

「ちがいます。他の階です。もちろん誰に開けてもらったかは言いません」

『……』

 しばらく待っていると、ビーッという音がして、自動ドアが開く。


 うなずき合い、四人でなだれ込んだ。そのまま穂子先輩は、ひとつしかないエレベーターに向かう。

「おまえらはこっち」

 そう言う中井先輩の背中について、階段で四階まで駆け上がった。通路を歩いて部屋番号と標識を確認すると、先輩がこっちを見る。

「準備はいいな?」

 俺と翔真はスタンガンを片手にうなずいた。先輩がインターホンを鳴らす。


『…はい』

「西田浩(にしだひろし)か?」

『え…?』

「今すぐ出てこい。俺達は〈生徒会〉――」

 その瞬間、玄関のドアがものすごい勢いで開いた。


「―――…っっ!?」

 ドアの前にいた俺は、見事にはね飛ばされる。


「翔真!」

 先輩がそう叫んだときには、立ちつくす翔真の前を転がるようにして、人影が逃げていった。

 通路の端まで逃げたゴキブリの目の前にはエレベーターがある。ゴキブリは、ちょうどやってきたエレベーターに乗り込もうと走り寄った。


 しかし――ドアが開いたとたん、後ずさる。

「ちょっと、何やってんの?」

 降りてきた美穂子先輩が、俺達の失態を目にして顔をしかめた。


 彼女の制服を目にしたゴキブリは後ろに飛び退く。前から来る美穂子先輩と、こっちで体勢を立て直した俺らを、忙しなく交互に見た後――とっさに廊下の手すりに飛びつき、そこを乗り越えた。


「「あぁっ――!?」」


 俺と翔真が声を張り上げる中、ゴキブリの身体が視界から消える。

 あわてて手すりの向こうを見れば、一階の駐車場で頭から血を流して倒れるゴキブリの姿が目に入った。

 駐車場にいた宮野が近づいていき、様子を見て、上に向けて親指を立ててくる。


 中井先輩はホッとしたように息をついた。

「よし、じゃあ撤収」

「…すみません」

 何もできなかった翔真が、小さな声で謝る。先輩はその肩をたたいた。

「初めてだし、こんなもんだろ」


 美穂子先輩も言い添える。

「経験を積めば慣れるわよ。気を落とさないで」


 ぱっと見、自殺に見えるんで、今回は死骸をそのまま放置していいらしい。

 そのまま速やかに一階に降りていき、マンションの前で他の二人と合流した後、急いでその場を離れる。


 それが、俺の初めての駆除だった。

 すべてがあっという間に終わった。あっけなすぎて実感がない。


 今夜、俺の目の前でゴキブリが一匹消えたんだって、ちゃんと理解したのは、みんなと別れてから。

 みんなといる時には平気だったのに、ひとりになったとたん、血を流して倒れるゴキブリの姿を思い出した。ぬぐってもぬぐっても消えない汚れのように、記憶にこびりついている。


 しかたがない、と俺は自分に言い続けた。しかたがない。あいつらがテロを企んだり、それを助けたりするのが悪いんだから。


 目を閉じて、過去に見たニュース映像を思い出す。

 バンドのライブで盛り上がる群衆に大型トラックが突っ込んだ事件。あれはひどかった。たったひとりの〈西系〉のせいで、大勢の人間がぐちゃぐちゃの肉の塊になった。


 今日駆除されたゴキブリは、ああいうことを、これから起こそうとしてたやつら。

 これはみんなのためなんだ。国のために、誰かがやらなきゃならないこと。


 気を抜くとこみ上げてくる「ホントに?」の声を押さえつけ、余計な感情に必死に蓋をし続けた。

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