第2話 主人公に倒されたふりをしてみた

「祖国の仇だ! 貴様の首は、このアレクサンドラ・ロードナイトが討ち取ってみせる!」


 黄金の髪をたなびかせ、剣を振りかぶりながら駆けてくる主人公アレク。『レジノア』のプロローグとまったく同じ場面が再現されていた。

 主人公アレク率いる革命軍が、最初にラスボスと戦う場面だ。


「うおおおおっ! 剣術Lv1――【ハードスラッシュ】!」


 アレクの剣がカッと赤く輝き――加速する。

 俺へと迫りくる渾身の斬撃。

 だが、初期主人公の剣が、ラスボスに届くわけもない。


「…………遅い」


 玉座に腰かけたまま、指先一つで剣を受け止める。


「なっ!」


 ぎょっと目を見開くアレク。おそらく、俺がただのザコだと思っていたんだろう。

 しかし、俺は仮にもこのゲームのラスボスだ。

 それも、“死にゲー”と称される『レジノア』において正攻法での撃破がやり込み扱いされるほどの、RPG史上最強のラスボスの一角だった。

 レベルも100まで上げているが、一方でこの時点でのアレクのレベルは5。さすがに95のレベル差を覆すのは不可能だ。

 このイベントも、結局は……『主人公アレクを残して、革命軍が全滅する』という負けイベントでしかない。


「……頭が高いな。俺の御前だぞ」


「くっ!?」


 指でぴんっと剣を弾き返すと。

 びゅん――っ! と、アレクが衝撃で吹き飛んだ。


「――がはっ!」


 何度もバウンドしながら床を転がり、猛スピードで壁へと叩きつけられる。


「おい、アレク! 大丈夫か!」


「あ、ああ」


「まったく、一人で突っ走るなよ! お前の悪い癖だぞ!」


「……すまない」


 アレクが剣を杖にしてよろよろと起き上がり、こちらを睨んでくる。今ので闘志が失われたわけではないらしい。

 これであきらめてくれれば楽だったが……そういえば、“絶望してもあきらめない”のが主人公アレクの取り柄だったか。


「……面倒だな」


 正直、革命軍とか、わりかしどうでもいいのだが……。

 今はそれより、1人で頭の整理をしたい。衝撃の事実発覚のせいで、まだ頭が混乱しているのだ。

 とりあえず、このザコたちは適当に追い払っておくか。


「【作成】――ゴーレムナイト×50」


 そう唱えると、俺の足元の影が波紋のように広がった。その影の中から、ずぶぶぶ……と巨大な人影が生えてくる。

 黒鎧で覆われた巨大な騎士――。


 ――ゴーレムナイトの軍団だ。


 ゴーレムナイトたちは出現するなり、びしっと整列して、威圧するように大剣を胸の前に掲げる。


「廊下にいた化け物が、こんなに……!?」


「こ、これが、魔帝メナスの【魔物創造】スキルの力……!」


 いいリアクション取るな、こいつら。


「だが、私たちは屈しない! 貴様の支配を終わらせなければ、世界に希望の光はない!」


「アレク! お前は作戦通りに魔帝メナスを倒せ! この化け物は、俺たちが引きつける!」


「ああ……任せた!」


 アレクがそう言って、剣を頭上に掲げた。


「魔術師部隊、杖構え――――撃てっ!」


 アレクの号令とともに、魔術師たちが一斉に魔法名を唱えだす。


「「「水魔法Lv1――【アクアバレット】!」」」

「「「雷魔法Lv1――【サンダーバレット】!」」」


 雨のように飛来してくる、無数の魔弾。

 ばりばりばり! と凄まじい轟音とともに、雷光で視界が白く染まる。

 なるほど……床を水浸しにしながら雷魔法を撃ち込んできたか。逃げ場のない屋内でやられると、回避するのは難しいな。

 俺を確実に殺すために考えてきた戦術なのだろう。


「……そうまでして、俺を殺したいのか」


 怒るというより……なんか、へこむ。

 自分なりに頑張って国を守ってきたつもりだった。

 俺が治めるこのノア帝国は、四方が敵だらけで、いつも周辺国から攻め込まれていた。国内も内戦ばかりで、多くの民が犠牲になっていた。

 だから、俺は固有スキル【魔物創造】の力で、無理やりにでも国をまとめ上げたのだ。


 アレクの祖国を滅ぼしたというのも、向こうから戦争をしかけてきたからにすぎない。そもそも広大な帝国領をまとめるだけで手一杯で、他国を侵略したいなどと考えたことがなかった。ただ帝国を守るために、攻撃してくる敵国を徹底的に潰して、支配下に置いてきただけだ。

 しかし、国を守ろうとすればするほど、どんどん敵が増えていった。

 そして――今回のクーデターだ。

 たしか設定では……このとき、帝国内部も革命軍の味方をしていたという話だった。帝国宰相がアレクたちを宮殿に招き入れ、帝国兵たちもそれを見逃した。


 ああ、だからか……。

 だから、ゲームの中の魔帝メナスは、あそこまで人間に絶望していたのか。

 必死に守ろうとしていた人々から裏切られて、殺されそうになって――。


「……う」


 思わず、よろめく。

 魔弾については、俺の体に触れる前に全て消滅しているからノーダメージだが、心へのダメージがわりと深刻だった。

 そんな俺の様子を見ていた革命軍の面々が、なにを勘違いしたのか。


「効いてるぞ!」「勝てる!」「いけえええっ!」


 わっ、と歓声を上げる。


「みんな、最後まで油断はするな! MPの限り、魔法を放て!」


 アレクの鼓舞で、魔術師たちの攻撃はさらに苛烈になっていく。

 だが……この程度の攻撃では、俺にダメージを与えることすらできない。このイベントにおける俺の勝利は揺らぎようもない。むしろ、負けるほうが難しいぐらいだ。


 しかし……ラスボスはいずれ主人公に倒される運命、か。

 今回は俺の勝ちでも、その次はどうかわからない。

 ならば、主人公をここで殺しておけば……俺は死なずに済むのだろうか?


「……っ」


 殺気を感じたのか、アレクが体を硬直させた。

 正直、今のアレクを殺すのは容易い。いや、革命軍を全滅させることすら簡単だ。1ターンもあれば、まとめてゲームオーバーにすることができる。

 アレクをここで殺しておけば、俺はきっと死なずに済むはず……。

 なにも奪われずに済むはず……。


「……いや、どうだろうな」


 ストーリーは変わるかもしれないが、結局、第2第3の主人公が現れるだけだろう。

 ラスボスは世界の敵。全ての人間から死を望まれる存在なのだから。

 それに、主人公に倒されなかったとして……それで、なにがあるというのか。


「……ああ」


 なんか……もう、いいか。

 これ以上、国を守ろうと努力しても報われることはない。

 かといって、腹いせに人類を滅ぼそうとしたところで破滅するだけだ。

 誰も幸せになれない。なにも守れない。

 それならば、いっそのこと……“魔帝メナス”は、ここで死んでしまったほうがいいのだろう。

 きっと、それこそが、幸せになれるハッピーエンドなのだから――。



   §



「闇魔法Lv3――【シャドウミスト】」


 その一声で、ぼふんっと広間に煙幕が張られた。

 視界が効かなくなり、革命軍の面々がどよめく。


「……! 逃げる気か、魔帝メナス! そうはさせない!」


 アレクが鋭く周囲に視線を這わせる。

 そして、煙幕の中で動いている人影に目を留めた。


「そこかっ!」


 アレクが影に向かって駆けだした。

 煙幕を剣で振り払い、そして――。



 ――どっ、と人影に剣を突き刺す。



「……が……はっ!」


 煙幕が晴れると、胸から剣を生やした男が現れた。

 銀色の長髪に、漆黒のローブ、顔を覆う禍々しい仮面――。

 その姿は、魔帝メナスで間違いない。

 アレクが剣を引き抜くと、魔帝メナスの胸から、ごぼっと血が吹き出す。見るからに致死量の血だ。

 魔帝メナスは信じられないという目で、自らの胸を見下ろし、よろよろと後ずさり……。


「こ、この俺が、やられるなど……! ウボァー!」


 やがて、断末魔を上げながら、どさっと倒れ伏した。血溜まりに体を沈めたまま、ぴくりとも動かなくなる。

 しばらく経っても、魔帝メナスが動きだす気配はない。


「し、死んだ……?」


「……勝ったのか、俺たち?」


 革命軍の面々が戸惑ったようにざわめく。

 ただ1人、アレクだけは少し釈然としない顔をしていたが……。

 やがて、覚悟を決めたように皆のほうを振り返る。


「魔帝メナスは、このアレクサンドラ・ロードナイトが討ち取った! 我ら革命軍の勝利だ!」


 アレクが剣を振り上げて叫んだ。

 一瞬の静寂、そして――。



 ――わぁっ、と歓声が爆発する。



「うおおおおっ! 魔帝メナスを倒したぞ!」


「俺たちが勝ったんだ!」


「これで、世界は救われた!」


 歓声はいつまでも鳴り止まない。

 世界が変わる歴史的な瞬間。一足早いハッピーエンド……。



 そんな光景を、広間の隅から眺めていた。



「……どうやら、うまく騙されてくれたようだな」


 アレクの側に倒れている“魔帝メナス”は、もちろん偽物だ。

 魔法で煙幕を張った隙に、分身人形ドッペルパペットという魔物を【作成】して入れ替わったのだ。それから、翼魔犬グラシャラボラスの【透明化】スキルを使って、広間の隅に潜伏させてもらった。

 アレクが少し疑念を抱いている様子なのが、気がかりではあるが……。


 なにはともあれ――これで


 今ここにいるのは、魔帝ではないただのメナスだ。

 命を狙われることも、憎悪されることもない、ただの自由な人間だ。


「……行くぞ、グラシャラボラス」


「わふ」


 もう、ここに用はない。

 俺は身をひるがえし、主人公アレクに背を向ける。



 ――こうして、俺はラスボスをやめることになった。

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