『君のヒーローになりたくて』

16話のリレー小説でモデルにした作品です。本編の大筋には影響しないので飛ばして頂いても構いません。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


—1—


 スクールカーストという言葉を知っていますか?


 近年、ドラマやニュースなんかでも目にする機会が増えたため、イメージできる人も多いだろう。


 スクールカースト。

 それは学校における生徒間の序列のことだ。


 コミュニケーション能力が高く、常にクラスの輪の中心にいるような人気者が1軍。

 クラスの人気者とまではいかないが、運動ができて1軍の生徒ともコミュニケーションが取れる生徒が2軍。

 そして、クラスの日陰者、地味で存在感が無く、いわゆる空気のような生徒が3軍に分類される。


 しかし、僕はそのどれにも属さないあえて呼ぶなら4軍に分類される立ち位置にいる。

 つまり、カースト外だ。


 1軍や2軍の生徒から掃除や委員会などの雑務を押し付けられる『通称便利屋』。

 いいや、表現は乱暴だがただの奴隷と言った方がしっくりくる。


 高校に入学してから1発目のイベントでもある自己紹介の場で緊張のあまり朝ご飯に食べた物を戻してしまった。

 その瞬間、僕のクラスの中での立ち位置が決まった。


「汚い」「臭い」「近づくと匂いが移る」


 談笑するクラスメイトの前を通り掛かっただけでわざとらしく鼻を摘むジェスチャーをされることもあった。


 そんな生活も半年が過ぎ、迎えた9月。

 校内は文化祭のムード一色に染まっていた。


 僕のクラスの出し物はお化け屋敷だった。

 1軍の生徒がアイデアを出し、多数決で決定した。

 別にそこまでは良かったのだが。


「おい、友陽ともひ、材料足りないからどっかから貰って来い。それと飲み物も人数分な」


 クラスのリーダーでお化け屋敷の提案者でもある純正じゅんせいが僕に命令してきた。

 純正の取り巻きの冷たい視線が僕の肌に突き刺さる。


「う、うん、わかった。飲み物はいつものでいいよね?」


「ああ、なる早で頼むわ」


 その場から離れられるならと僕は頷き、逃げるように教室を後にした。

 逆らえば暴力を振るわれる。何もしていないのに痛い目に遭うのは嫌だ。


 職員室で段ボールをいくつか貰い、人数分の飲み物を買うべく校内の自動販売機へ。

 小銭を入れてボタンを押すと、次々と飲み物が吐き出されていく。


「あー、友陽くんがまた飲み物買わされてるー!」


 しゃがんで飲み物を取り出していると、背後から明るい声が降ってきた。


明日菜あすな、前にも言っただろ。これは買わされてるんじゃなくて自分の意思で買ってるんだ。強いていうならプレゼントだな」


「ふーん、まあ友陽くんがそれでいいならいいけど。でもダメだよ、嫌なことならちゃんと嫌だって言わなきゃ」


 明日菜は僕に顔を近づけて真剣な眼差しでそう訴えてきた。

 明日菜は誰とでも分け隔てなく接していて、持ち前の明るさから1軍に属している。


 クラスのアイドル的な存在で明日菜に恋をしている生徒も多い。


 僕もその中の1人なのだが、4軍の僕が好意を寄せていると知ったらきっと迷惑するだろうし、この想いは自分の胸の内にしまっている。


「見てみろよ。あそこにいるの友陽と明日菜だろ?」


「そうだな。なんで2人で話してるんだ?」


 こちらを見ていた男子2人組が騒ぎ始めた。

 それもそうだろう。

 クラスでぼっちの僕が1軍の女子と話をしていたら変に目立つに決まっている。


 これで明日菜にマイナスな噂が出たりしたら申し訳ない。

 僕は制服を袋代わりにして飲み物を詰め込むと段ボールと一緒に持ち上げた。


「そんなに1人で持ったら重いでしょ?」


 「半分ちょーだい!」と両手を差し出してきたが、僕は首を横に振った。


「これくらい大丈夫だよ」


「そっか。友陽くんって意外と力持ちだねっ」


 そう言って笑う彼女の横顔がとても眩しかった。


—2—


 お化け屋敷が割り当てられた場所は視聴覚室。

 僕が運んだ段ボールは、教室内を仕切る壁に使われた。


 文化祭当日までの準備期間は、装飾で使う絵の具やスプレーの買い出しから驚かす道具の定番とされているこんにゃくや霧吹きの買い出しなど、雑用という雑用をこなしていった。


 やらされている、押し付けられていると思うと気持ちが沈むから自分がやりたくてやっていると思うことで、楽しんでいると脳も錯覚してくれる。

 クラスの誰かがやらなくては作業が進まないというのなら、それはカースト外の僕の役目だ。

 僕がその役目を放棄してしまったら別の誰かが1軍の犠牲になってしまう。

 そんなところは僕が見たくない。


 リーダーの純正を中心に役割分担を行った結果、1番最後まで残った僕は『こんにゃく係』という謎の担当となった。


 男子のリーダーは純正。女子のリーダーは明日菜。

 装飾、道順の壁の作成、衣装、小道具、客引き、会計、驚かすお化け役など。

 クラスメイト40人がそれぞれに振り分けられた。


「友陽、お前放課後残れるよな?」


「う、うん」


 授業が終わり、教科書を鞄に詰めていると純正が話し掛けてきた。

 文化祭の準備はホームルームや放課後を利用して行っていた。


 それぞれが担当する役割の進捗状況によって放課後に残るかどうか決めていたのだけど、文化祭も残り1週間となり、明日菜指揮の下遅れているグループのフォローに回る流れになっていた。


「んじゃ、看板作っとけ」


「でもそれは純正がやるはずじゃ」


「なんだよ、文句あんのかよ!」


 教室に響き渡る純正の怒鳴り声。

 みんな理不尽だと分かってはいるが、カーストの頂点に君臨する純正には逆らえない。


「わかったよ」


「最初からそう言えばいいんだよ。よしっ、お前ら行くぞ!」


 純正は取り巻きを引き連れて教室から出て行った。

 ここ最近、純正たちはろくに手伝いもせずに遊び歩いているらしい。

 その分、僕たちに負担が掛かる形となったが、初めての文化祭を成功させたいという気持ちが強くなり、逆に一致団結するきっかけとなっていた。


「友陽くん、いいの?」


 看板を描くための画材を取りに行くべく廊下に出ると、明日菜が駆け寄ってきた。


「いいのも何も断れるような状況じゃなかっただろ」


「まあねぇ。でもちゃんと意思表示しないと高校3年間純正たちに良いようにされるだけだよ」


 窓から差し込む光が明日菜の横顔を照らす。

 僕のことを本気で心配してくれるのはクラスの中でも明日菜くらいだ。


 友陽という名前には、友達を太陽のように照らす存在になって欲しいという願いが込められているらしい。

 僕にとっての太陽は明日菜だ。


 明日菜はいつも暗くなった僕の心を優しい光で包み込んでくれる。


 名前の由来の通り、僕は明日菜を照らすことができるだろうか。

 少なくともこのままでは無理だ。


「変わらないといけないんだろうな」


 僕が小声で呟くと、それに重なるように明日菜のスマホの着信音が鳴った。


「純正からだ。うん、うん、今から? でも準備があるでしょ。そんな……分かった。今行く」


 会話から察するに純正から呼び出しが掛かったのだろう。

 1軍には1軍の付き合いというものがあるらしい。


「ごめんね友陽くん、私行くね」


「うん、また明日」


 そんなに辛そうな顔をするなら行かなければいいのに。

 教室では決して見せない悲しそうな表情が僕の脳裏にこびり付いて離れない。


—3—


 文化祭当日。

 僕たちのお化け屋敷は大変な賑わいを見せていた。


「見てあれ! 看板怖過ぎでしょ!」


「気持ち悪くて鳥肌立つんだけど」


 廊下にできた長蛇の列。

 他校の女子生徒が看板を指差して感想を言い合っていた。


 白い服を着た女性の瞳から血が流れている様子を描いたのだが、これが思いの外好評だった。


 他校にも繋がりの多い純正が事前に声掛けをしていたらしく、お化け屋敷目当てで文化祭に足を運んでいる生徒も多かった。


 全てが順調。のように思われたが、その日の午後になって事件は起きた。

 薄暗い教室内でお化け役の女子生徒が体を触られたのだ。

 女子生徒は泣き出してしまい、お化け屋敷は一時中断することとなった。


実里みさと、怖かったね。もう大丈夫だから。ごめんね」


 客引きをしていた明日菜が事態を聞きつけて教室に戻ってきた。

 実里の頭を撫でて落ち着かせる。


「おい、あんまり客待たせるわけにも行かねーぞ!」


 お化け屋敷の仕切り役をしていた純正が明日菜に視線を向ける。

 廊下からは今か今かと待ち構えているお客さんの声が聞こえてくる。


「分かった。美里の代わりに私がやる」


「よし、じゃあ、次の客通すぞ!」


 純正の一声で僕たちはそれぞれの持ち場に散り散りになる。


「明日菜、僕はあっちでこんにゃくを落としてるだけだからもし何かあったら呼んでね」


「うん、ありがと」


 ルートの序盤で天井から紐で吊るされたこんにゃくを落とす役割。

 それが僕の仕事だ。

 最悪、こんにゃくがあっても無くてもそこまで影響は出ない。


「やっと始まったな」


「ヘヘっ、SNSによると暗闇に紛れて体触りたい放題らしいから楽しみだぜ」


「お前、笑い方ゲス過ぎだろ」


 他校の男子生徒3人組が明らかに危険な会話をしながら教室に入ってきた。

 スタート地点付近は『こんにゃく係』の僕しかいないから他に会話を聞いていた生徒はいない。


「うお!? 気持ち悪っ!」


「なんだこれこんにゃくか?」


 紐を離してこんにゃくを首に当てることに成功した。

 3人は突き当たりの壁を曲がって、明日菜が待機しているお化けゾーンへ。


「嫌っ、やめっ、ちょっとどこ触って」


「こら、あんまり騒ぐんじゃねーよ」


 明日菜のことが気になり、耳を澄ませていると僅かに抵抗する明日菜の声が聞こえてきた。

 声が途切れたことから察するに口を塞がれたに違いない。


「許せない」


 この日のためにクラスメイトが、明日菜がどれだけの時間を費やしてきたと思っているんだ。

 数々の理不尽を飲み込みながら今日という日を成功させるために力を合わせてきたんだ。


 それをどこの誰かも分からない、自分の欲を満たしたいだけの人間に壊されてたまるか。


「友陽、くん?」


 角を曲がると、そこには目に涙を浮かべた明日菜の姿があった。


「あっ? なんだお前!」


「明日菜、嫌なことをされたら嫌だって言わなきゃダメなんじゃなかったのか?」


「ごめん。友陽くん、助けて」


 明日菜が恐怖で唇を震わせる。

 相手は3人。

 後先考えずに飛び出したはいいが、ここから先は考えてない。


「無視してんじゃねーよ!!」


 体格の良い男が拳を振るった瞬間、頬に鋭い衝撃が走った。

 一瞬、星が見えたような気がする。


「ヒーローにでもなったつもりか? そんな細い身体で何ができる?」


 口の中に広がる鉄の味。

 殴られることも、倒されることも今回が初めてではない。

 倒れても立ち上がればいい。


「人の顔色ばかり窺ってカースト底辺の座を受け入れているようじゃいつまで経っても君の隣に立つことは許されないんだろうね。それこそヒーローにでもならなきゃ!」


 拳を振り上げてデタラメに振り回す。

 格好悪くたっていい。

 好きな人に助けを求められたら何が何でも救い出さなきゃ男じゃない。


「くそっ、こいつ!」


「離せ!」


 立ちはだかった男2人に掴み掛かり、足を引っ掛けて吹き飛ばした。

 2人は仕切りに使われていた机と椅子を勢い良く倒して蹲る。


「チッ、調子に乗るなよ!」


 体格の良い男が鬼の形相で襲い掛かってきた。

 喧嘩とは無縁の生活を送ってきた僕は瞬時に自分が狩られる側の人間だと理解してしまう。

 そのとき、僕の足に何かが触れた。


「スプレー缶?」


 倒れた机の中から装飾に使った塗料のスプレー缶が出てきたのだ。

 僕は反射的にスプレー缶を拾い上げ、男に向けて噴射した。


「ぐあっ!?」


 男が顔を押さえて後退る。

 その隙に僕は明日菜の手を取った。


「明日菜、逃げるぞ!」


 教室を飛び出した僕と明日菜は無我夢中で走り、気が付けば体育館の裏に来ていた。

 息を整えながらなんとなく目を合わせて同時に噴き出す。


「はーマジ怖かった。明日菜、怪我はない?」


「私は大丈夫だけど、友陽くんこそ殴られた場所は平気?」


「ああ、あんなのかすり傷だよ」


 明日菜が僕の顔を覗き込んできたので、僕は恥ずかしくて目を逸らした。

 体育館では軽音楽部が演奏をしているようで、今流行りのJPOPが漏れている。

 2人で体育館裏の壁に背を預け、のどかな風景を眺める。


「明日菜」


「なに?」


「僕、明日菜のことが好きだ」


「そっか」


「今はまだ頼りないかもしれないけど、これからは純正とかに何か言われても嫌なことは嫌ってはっきり言うよ」


「頼りないなんてことはないよ。友陽くんは誰よりも人の痛みを理解してて、他人の気持ちを優先させてきたでしょ。そんな優しい友陽くんが私も好き」


「じゃあ」


 明日菜が僕の手をぎゅっと握ってきた。

 そして、ニッと笑顔を見せる。


「これからよろしくね」


 軽音楽部の演奏がラストのサビに入り、観客の歓声と拍手が僕の心臓を震わせた。

 想いを伝えて本当に良かった。



君のヒーローになりたくて——完結。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る