Episode5 薔之院 麗花について

 予想だにしない事態に呆然と麗花の傍で突っ立っていること時間にして数十分、おもむろにのろのろと顔を膝から離した麗花は、私の方に涙で濡れた目で睨んできた。


「……どうして来ましたの。私を責めに来たんですの?」

「えっ。いやあの、そういうわけでは」

「どうせっ!!」


 突然の問い掛けにまごつくと鋭く遮られ、目尻とともに吊り上がっていた麗花の細い眉が、急にふにゃっと下がった。


「どうせ、あなたも私を責めるのですわ! 私のことが嫌いだから!」

「え?」


 待て。嫌いって何だ。何のことだ。

 確かにうわぁ遭遇したーとか思ったけどさ。


「あの、どうして私が薔之院さまのことを嫌うのですか? 私、薔之院さまとは初対面だと思うのですけど」

「え?」

「は?」


 きょとんとする麗花にこちらもきょとんとする。


 何だか呑みこめない状況にこれはよく話し合うべきだと、取りあえず麗花の隣に同じように体育座りをする。

 麗花は下がった眉を少し寄せたが、じっとしたままだった。


「薔之院さま、どうして私に嫌われただの、責めに来ただのと思ったのですか?」

「……だってあなた、あの子の方に親身になっているように見えたから」

「お話を聞いていただけですよ?」

「……みんな、私のこと薔之院家の娘だからってへこへこして、ビクビクして、近づいてきません。私のことが、き、嫌いだからですわ」


 うーんと、薔之院家っていうよりも麗花の見た目の方に難ありだと思うけど。


 麗花は赤いふりふりワンピースでも縦巻きロールでも、それがちゃんと似合う綺麗な顔立ちをしている。所以お嬢様顔というやつだが、目が吊り眼なのと醸し出す雰囲気からキツそうで怖そうなのである。

 それに口調もこの歳の子供にしては達者だというのもあるし。


「嫌いというわけではないと思いますけど。きっとそんな態度になってしまうのは、薔之院さまとどう接したらいいのか分からないからではないでしょうか? そもそも家の格からして薔之院さまと同じ家というのも少ないですし」


 かく言うこの私も前世を思い出す前に参加した数少ない催会では、周りの私への態度は麗花が言ったものと大体同じだった。

 だからこそあまり外に出たくなくなり、参加自体もよっぽどでない限りしなくなったのだ。


 両親も誘い元が家格の低い家からだったら参加しなくてもいいと言ってくれていたので、それに甘えていたのもある。

 他の家の子同士は何だか気安いのに自分に対してだけそんな態度を取られたら、嫌われているのだと麗花が思っても可笑しくないのかもしれない。


「そう、なのかしら?」

「きっとそうですよ」


 戸惑いがちに聞き返してくる麗花が、何だか少し可愛く見えてきた。

 まだ六歳だからだろうか? 記憶にあるゲーム画面の麗花よりもずっと素直に私の話を聞いてくれている。


 私こと百合宮 花蓮が【空花】月編のライバル令嬢であるならば、薔之院 麗花といえば太陽編のライバル令嬢。


 太陽編のメインヒーローと幼少期に家同士の都合で真っ当な婚約を結び、主人公である空子とヒーローの仲をこれまた正々堂々真正面から立ち塞がる崇高な女性だ。裏から他人を唆して操る花蓮とは大違いである。


 ただまぁ麗花は言っていることは正論なのだが、ただただキツイ。ドギツく余計な言葉まで言ってしまうため、正論が正論じゃないように聞こえるという現象が度々プレイヤーに巻き起こっていた。

 麗花も花蓮と同様メインヒーローを恋慕っており、メインヒーローから煙たがられていたことも同様。


 しかしその結末は婚約破棄されたショックで酷く憔悴し精神を病んで、患った病により儚くなるという、プレイヤーとしては中々に後味の悪い終わり方であった。

 というか同じライバル令嬢なのに空子に対する下種さも結末の悲惨さも他人を巻き込んでいる分、花蓮の方の比重が上である。


「ところで、お茶がかかってしまった場所はどこですか? もし跡が残っていたらシミ抜きの応急処置だけでも」


 汚してしまった子が言っていたいさかいの原因を確かめようと言葉にすれば、けれど麗花は力なく首を横に振った。


「いいのですわ、もう。あの時はつい私もカッとなってしまって。こんな場に着てくるものでもなかった服ですのに」

「どちらでお買い求めになられたのですか?」


 恐らく薔之院家御用達のブランドメーカーブティックだろうなと想像していたが、次に発した躊躇ためらいがちな麗花の言葉に仰天することに。


「……お母様の、手作りですわ」

「えっ!? 手作り!? どこからどう見てもお店に置いてあるようにしか見えませんのに!」


 いや本当、これ手作りできたらデザイナーも夢じゃないと思う。本気で。

 そんな私の驚き具合を見て、麗花は初めて笑った。


「そうでしょう。お仕事でお忙しいのに、少しの空いた時間で私の誕生日に間に合うように縫って下さった、この世に一着しかない服ですわ! テレビモニターでちゃんと経過も報告してくださっていましたのよ!」


 麗花の笑った顔は、満開の向日葵が咲いたように温かさを感じさせるものだった。

 綺麗な顔立ち故、少しその笑顔に見惚れてしまう。


 けどこれで麗花が服を汚されてあんなに怒った理由が判明した。

 そりゃあそんな大切な服を不注意とはいえ、汚されてしまったらショックだろう。


「本日のお茶会は薔之院さまだけなのですか? ご両親や付き添いの方は?」

「お母様もお父様もお仕事でお忙しいのですわ。今回は同じ年頃の子どもも来るからって、お母様から言われて来ましたの。行きと帰りは車ですわ」

「それじゃあお一人で?」


 六歳の子供を一人で行かせるとか有りなのか。

 いやでも麗花が言うように、確か薔之院家はご両親が共働きで海外を動き回っているって聞いたことがある。


「私も、何を話せばいいのか困りますの。いつも話し相手は家庭教師の方達ですから、き、緊張してしまって。ついいつも家の者に対する態度になってしまいますの」

「あー」


 出不精な私はいつも家族か習い事の先生としか話さないし、機会もない。

 それでも子供という括りの中では私にはお兄様がいたから、麗花よりは同じ年の子耐性がついているのかも。それに中身の年齢も考えたら、子供相手に人見知りしてどうすんだって話だ。


「だからお母様のお力を借りようと、この服を着て参加したのですが……」

「あー……」


 しょぼんと肩を落とす麗花に私の肩も落ちる。

 なるほどなー。というかさっきから共感事項が多すぎて麗花の言い分がとてもよく分かる。


 けれど。


「……薔之院さま、お気持ちはお察しいたします。でも、家のことを持ちだして相手を責めるのは少し違うのではないのでしょうか? 実は初めにお声を掛ける前にお話を聞いてしまいまして。お家の力は、私たち個人の力ではないでしょう?」


 刺激しないように静かに言えば、麗花は小さく頷きを返してくれた。


「あなたの言う通りですわ。……反省、しております」

「では、お部屋に戻りましょうか」

「えっ」


 驚く麗花に私は敢えてにっこりと笑う。


「嫌なことをされてしまいましたけど、薔之院さまも言ってはいけないことを口にしましたでしょう。そのことはちゃんとあの子に謝らないと」

「うっ。そ、そうですわね」


 最初に怒鳴り散らし物を投げつけていた子供とは思えないほど、その反応は素直だ。

 善は急げとばかりに先に立ちあがった麗花に私も続けば、彼女はちらっと私を遠慮がちに見つめてきた。


「薔之院さま?」

「……あの、謝る時、そばにいてくださいません? 私がまた余計なことを言わないように止めて欲しいのですが……」


 今の麗花なら大丈夫なんじゃないかと思ったが、良く考えてみれば上位家格である薔之院家の娘が誰かに謝罪を行うことなど今までなかった筈である。

 まだ六歳といえどもプライドは形成されていそうだし、麗花の言う通りまた感情的になるとも限らない。


 私は頷きそっと麗花の手を取り繋いだ。

 それに対し麗花はギョッと目を大きく見開いたが私はそれを無視する。


「さ、一緒に参りましょう」

「! も、もちろんですわ!」


 お、強気な麗花が出てきたな。


 私に若干手を引かれて連れられる形になった麗花の表情は少し固いが、先程の伏せがちだったものと比べたら今の方が余程マシだった。


 ……多分、手作りの洋服を作ってくれる分には麗花は親に愛されてはいるのだ。けれど海外に仕事で回っている親は近くで麗花のことを見てあげられない。

 物を投げて感情を顕わにするなど、薔之院家の家格ほどの家になれば教育は行き届いていそうなものだが、実態はやはりそうではないのだろう。


 薔之院家の家格を重視してゴマを擦ってくる周囲、自分の意志で近づいて来ない同年代の子供。

 そして麗花自身を見て本気で叱ってくれるような大人もいない環境では、ゲームの麗花がああ育つのも頷ける。


 そしてそれは花蓮自身の気持ちを抑圧し、淑女教育という名の洗脳をする百合宮も。


 ヨイショばっかりしてちゃんと内面を見てくれる人がいない麗花と、笑顔でこうあるべきと押しつけて内面を無視されないものとされる花蓮。


 もちろん百合宮の環境は今では既にまったく違ったものとなっているが、記憶を思い出す前は確かにそんな感じだったのだ。

 最初はヒーローを奪われる同じライバル令嬢として意識していたが、このやり取りを経てすっかり麗花に同情心を感じてしまっていた。


 花蓮の言動に理解を示して変わり始めた自身の家族のように、麗花にも彼女に理解を示し導いてくれる人が現れればいいのにな、と思う程度には。

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