第7話



 ✳︎✳︎



 目が覚めると、視界はわずかに明るかった。

 カーテンの隙間から差し込む光で部屋の中にじんわりと光が広がっていたのだ。


 身体を起こし、窓際まで行くとカーテンを開ける。窓の外から暑苦しい太陽の煌めきが顔に当たり、思わず顔をしかめた。


 今日も不愉快な暑苦しさに嫌になりそうだったが、学校へ向かう身支度を始めた。


 夢の続きを夢に見た。


 俺と彼女が仲良く出掛けた後にアヤメは、決まったように機嫌が悪くなった。夢に見た景色以外にも、ああやって八つ当たりのようなことをされていた、と少し懐かしくなる。


 今思えば、まだ姉にも甘えたい年頃だったのだろう。もしくは、普段は仲良くしている姉が他人と過ごしているのが気に食わなかったのかもしれない。


 どちらにしても、子供の頃の可愛いヤキモチなのは変わりない。


 身支度を終わらせると、俺はスマホを手に取り、アヤメにメッセージを送る。『お前の姉が昨日、遊びに来たぞ』と一言だけ送ると、返事も待たずにスマホをカバンの中に突っ込んだ。




 昨日と同じように片道四十分の通学路を通って学校へと向かった。


 朝なのに蒸し暑く、歩いているだけで汗が出て来るような天気を鬱陶しく思いながら、ようやく学校へとたどり着く。


 校舎に入ると適度な冷気が身を包み、ホッと安心する。


 安心したのも束の間。教室へ向かうには三、四階分の階段が待っていた。


 毎日のことだが、この階段も登り切るのも大変だ。


 鬱蒼とした気分を押し殺して、階段を登ると廊下を進み、ようやく教室へたどり着く。そして、自分の席に座ると、大きく息を吐いた。


 ようやく、一息つける。人の少ない教室を横目でチラリと見た後にカバンから日課として読んでいる本を取り出した。


 俺は特に読書家というわけではない。朝の退屈な時間を過ごすために読み進めているだけで、大して本を読むのは好きではない。


 高校生ならば学校にやって来れば誰かしらと集まり、見ている動画や漫画などの話ではしゃぐのだろう。


 しかし、俺にはそんなコミュニケーション能力はなく、少ない友人達と顔を合わせれば、少し話すぐらいだ。


 その場にひとりぼっちだと気まずいと感じ、朝のこの時間が苦手な人も多いだろうが、俺は案外この時間が好きであったりする。


 周りの音を気にせずに没頭するようになれば、周りの視線なんて気にならなくなる。そうすれば、苦手と思うこともなく、好きな時間にすり替わる。


 今日も同じように本を開くと、教室の扉が音を立てた事に気がついた。まだ本を読むのに没頭する前で、思わず扉の方を見てしまったが、それが間違いだったと気がつくには既に遅かった。


 扉から入ってきた女の子と目があってしまったのだ。


 二つ結びに眼鏡の女の子はオドオドしながらこちらにやって来ると、キョロキョロとした視線を俺に合わせる。


「あ、あの……。おはようございます、西田くん」

「……おはよう。千藤さん」


 二つ結びに眼鏡の女の子、千藤せんどう花蓮かれんに挨拶を返すと視線を逸らされた。


「大山先生にお願いされた荷物運びを手伝ってくれない?」


 彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。


 彼女とは小学生から同じ学校の女の子だ。昔は何かと遊ぶこともあったが、今ではそんな事もなくなった。


 だから、これが彼女以外からのお願いならば、すぐに断っだだろう。


「ああ。別に良いよ」


 俺は取り出した本を閉じて机の中にしまうと、椅子を引いて立ち上がった。


 彼女は返事が意外だったのか、驚いたように目を大きくしていた。

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