夏になると彼女がそばにいたことを思い出す

永川ひと

君がいた夏は遠い夢の中

第1話



「夏にリンゴ飴」


 彼女カスミはいつだってそう言っていた。


 水色の浴衣姿に手には巾着袋とリンゴ飴。

 下駄をカラン、カランと鳴らして歩き、楽しそうに鼻歌を歌っている。


「去年も同じこと言ってなかった?」


 太陽は沈み、真っ暗な夜が来たと言うのに、辺りは屋台の照明に囲まれて、やたらと明るい。


 そんな昼間のような明るさと騒がしさに、気持ちは高揚としていた。


「そうだっけ? あんまり覚えてない」


 彼女はそう言って笑う。

 彼女はああ言うが、僕の記憶が間違って無ければ去年も同じ話をしていた。


 二つの星が再会を祝うお祭り。

 織姫様の特技にあやかり、元は書道しょどう芸事げいごとの上達を願う七夕のお祭りで、毎年のように彼女と同じような会話をしていた。


「言ってた。そんなにリンゴ飴好きなの?」


 僕は彼女が覚えてないことにムキになって、さらに質問をした。


 去年も、一昨年も同じような会話をしていたのに、僕だけが覚えていて、彼女が覚えていないことに悔しさを感じたのだ。


「そうだったけ? あとリンゴ飴は好きか嫌いかなら、“普通”だよ」


 二択の答えにも関わらず、彼女はその中間の答えを勝手にもうける。


「それなのに買ったの?」

「うん。だって、夏祭りでしか売ってないじゃん」


 まだ幼い僕は、彼女の言う通り、夏祭り以外でリンゴ飴を売っていることを知らない。


「うーん。たしかにそうかも」


 あやふやな自分の記憶に、僕は曖昧に答えた。


「だから、夏祭りは特別なんだよ。それで言ったら夏も特別!」

「なんで?」


 夏は僕ら子供にとって特別なのはわかっている。でも、彼女がなんでそう思うのか聞きたかった。


「特別な食べ物も売ってるし、夏休みでたくさん遊べる!」

「そうだね。これから夏休みだね」


 僕も同じような理由なので、彼女に同調する。

 彼女は僕を見て、無邪気に笑う。


「うん。だから、今年もたくさん遊ぼうね」

「うん!」


 彼女の言葉が嬉しくて、僕は頷く言葉を力強く返した。


 夏は特別だ。

 彼女と一緒に遊べる時間が無限にある。そんなことを幼い自分は考えていた。


 今思い返してみれば、決して無限ではなかった。

 彼女と遊ぶ時間は有限だった。


 限りある時間がいつまでも続くと、勘違いして過ごしていた。だから、彼女との別れも寂しくなかったし、明日になれば、また遊べる。


 そう思っていた。


 やはり、夏は特別だ。

 夏休みは遊び足りないぐらいに短かい。


 あの長くて短い夏は限られていて、彼女と毎日遊べたのも、あの頃だけだった。


 今も遊び足りなかった気持ちを抱えている。きっと、もっと彼女と遊びたかったのだ。


 彼女に対して、やたらとムキになり、嬉しくって頬を緩ましたり、お腹を抱えて笑ったり、そんな楽しい思い出をたくさん欲しかったのだ。


 だから、結局。今になってもこんな夢を見てしまっている。

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