第6話 キミの居ないハジマリ その1
「......世で......ならず......アナタの......てを、私のものに......」
遠くから声がするようにも、目の前、耳元で囁かれているようにも感じるような、とぎれとぎれで内容がわからない言葉が聞こえてくる。
またこの夢か......。
小さい頃から繰り返し見るこの風景。
僕の手をとって、悲しそうな、それでいて幸せそうな複雑な表情で何かを叫ぶキミは多分女の子。
性欲に支配されてるわけじゃないと思うんだけど、この夢を見られている間、僕は他では得られない尋常じゃない幸福感を覚える。
だから目を覚ましたくはないんだけど、そろそろいつもの
『......スタ......マ......ター......きて......ださい......スター』
耳元からなんだかうるさい声が聞こえる気がする......。でも眠いしもうしばらく無視しよう......。
『......マスター..................マスター!!!!!!いい加減起きてください!!!!!!』
「うぉ!?なんだなんだ!?」
急激に音量が跳ね上がったので驚いてついつい起きてしまった。
あ、よだれが垂れてる......。というか耳の奥がキーンと高周波をかき鳴らしている。
時間を見るとまだ午前2時30分。なんだよ深夜じゃん。これはもう一回寝れるな。
「ユウ、もうちょい......寝かせ......て......zzz」
最後まで言い終わる前に、僕は再び布団に倒れ込んで枕に顔を埋める。
だけど耳元の端末からは先程と同じく最大化された音量で起きるように促してくる声が聞こえる。
『だめですよマスター!今日は出国の日でしょう!飛行機の時間は早いんですから、そろそろ起きないと!』
「じゃあユウが準備しといて〜」
『できませんよ!ユウは肉体がないんですから!』
「えー、じゃあ頑張って身体ゲットしてきてよ〜」
『無理ですって!い・い・か・ら、起きてください!』
それでも起きない僕にお怒りだと言わんばかりに『ムムムムムッ』なんて声を出している。
『もぅ!あんまり聞き分けが悪いと、
「おぉい!それはやめろって!そんなことしたらまた母さんキスしまくってくるだろ!あれほんと疲れるから!起きるから!」
慌てて枕元の端末を手にとり、ユウの要求を全面的に飲むことを承諾する。
端末の中から僕を起こそうと、最近覚えたらしい僕に効果的な脅しを繰り広げてくるこの声の主は、YouAI。読みは「ユウ・アイ」。
僕がちょうど1年ほど前に開発した生活サポート人工知能エージェントだ。
彼女にはアバターも与えてはいるが、YouAIというシステムの根幹は、僕が作ったのは内部のソフトウェア部分、疑似人格形成エンジンと呼ぶべきものだ。
管理者である僕との対話や僕の生活リズム、僕に関わってくれる周りの人達とのやりとりなどから、擬似的な人格を作り上げて変化していく仕組みを備えている。
僕は彼女のことを、名前の前半部分だけを取って、ユウと呼んでいるというわけだ。
この仕組みが作り上げた人格は今の所、半ば僕を脅すような手段を着々と覚えている。
とはいえ、いつも僕の身の回りについて、いろいろなサポートをしてくれる優秀なエージェントであり、今起こしてくれているのも必要なことなので感謝しないといけないんだよな。
「ふわぁ〜。うん、起きた。ありがと、ユウ」
『いえいえ〜。当然のことをしたまでです!』
端末の中のユウは、うなじ辺りまでの長さでふんわりと広がった白に近い銀色のショートボブをしゃらんと1つなびかせて、大きすぎず小さすぎずな胸をドヤッと張る。
彼女のアバターは、父さんの仕事仲間のデザイナーに協力して作ってもらったんだけど、まぁなんていうか、僕の好みというか性癖をツッコんでもらっている。
銀色の髪だけはそのデザイナーさんの好みらしく、どうしても譲れないと言うので、そこだけは妥協したんだったな。
人格的にも、システムによって僕に
だから、総じて容姿も人格も僕が気に入るものになってる。
プログラムじゃなかったら、危うく惚れているところだ。
ドヤ顔も可愛く感じる程度には気に入っているのだ。
「はいはい、いつもありがとうね」
僕が再び優しく話しかけると嬉しそうにニコニコしている。
そうこうしていると、コンコンとノックの音がしたかと思うと、部屋の外からこれまた聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「おーい、
父さんだ。一瞬間を置いてドアを開けて入室してくる。
昨日は学校のみんなと遅くまでお別れパーティーをしてて、まだまだ眠いから、本当はもうちょっと寝かせてほしいんだけど......ユウに起こされちゃったし、準備するか。
「はーい、もう起きてるよ〜」
さすがに僕も飛行機に乗り遅れることがどれだけやばいかくらいはわかってるつもりだし、これ以上ベッドに入っていてもどうせまたユウに起こされるんだから、と考えてベッドを抜ける。
僕が起きるのを確認した父さんは、うんうんと満足そうにうなずいた後、スタスタとリビングに戻っていく。
眠い目をこすってあくびをしながらリビングに移ると、父さんと母さんはすでに出発の準備ができているようだ。
荷物のほとんどはすでに郵送しているから、後はいくつかの着替えとか小物が入ったスーツケースを持っていくだけ。
ソファの隣に置かれている3つのスーツケースだけが、今日の持ち物みたいだ。
父さんと母さんはソファに座ってテレビに向かい、ぼーっとニュースを眺めている。
今日もニュースキャスターがいつもと代わり映えしないニュースを伝えているのがわかる。
「あ〜、とも〜。おはよう〜。シャワーでも浴びて着替えていらっしゃ〜い。脱いだ着替えは袋に入れてこのスーツケースに入れちゃうからね〜」
母さんがソファに座ったまま頭だけをこちらに向けて緩く伝えてくる。
聞こえてくるニュースの音声は英語なのに、家の中での家族との会話は日本語。
この9年間、生まれたときからずっとそうだったから違和感を覚えたことはないけど、スクールのみんながうちに来たときは不思議がってたな。
凄くどうでもいいことでも「今なんて言ってたの!?」なんて聞かれたりしたものだ。
そんな今日で終わるらしい日常の異常さ?当たり前さ?に思いを馳せていると、再度母さんから「早く着替えて〜」と急かされたので、渋々シャワーを浴びた。
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