第4話 アナタの居ないハジマリ その3

手紙を確認してすぐ、隣の教室で残って駄弁っていた遥ちゃんと理人くんに声をかけて、手紙で呼び出されたことを伝えた。

すると彼らは一瞬の逡巡もなく、「じゃあ俺 (私)たちも一緒に行くよ」と返してくれた。

やっぱり持つべきものは信頼できる幼馴染だ。


そして今、指定された場所であるここ高天公園に来ている。

大きな公園というわけではなく、滑り台やブランコなどの遊具が数基あるだけの小さな公園だ。

だから騎飛くんがベンチに座って待っている姿も、すぐに見つけることができた。


騎飛くんの方も、夕愛が公園の入口に差し掛かったところですぐに見つけたらしく、パァッと明るい表情になって近寄ってきたが、その後ろに控えていた理人と遥の姿を見て険しい表情に変わる。


その攻撃的な表情を見て怖くなってしまい、ビクッと肩を震わせた私に、今度は少し困ったような顔で騎飛くんが第一声をかける。


「ごめん、怖がらせるつもりじゃなかったんだ。申し訳ない」


そういって頭を下げる騎飛くん。

素直な謝罪に、一瞬理人と遥の方を振り返って見つめ合った後、ふぅと一息いれてから「ううん、だいじょーぶ」と返した。

ひとまず謝罪が通ったと判断したのか騎飛くんが口を開く。


「それでなんだけど。ここに来てくれたってことは、手紙を読んでくれたって思っていいのかな?」

「う、うん、読んだよ?」

「そっか。まずは、来てくれてありがとう。それで、要件なんだけど......」


次の言葉に言い淀みながら、後ろで観覧している2人に視線を移している。

その視線に気づいた理人くんの「なに?」というぶっきらぼうな呟きに、騎飛くんが「いや、席を外してもらえると嬉しいんだけど?」と不満そうに返している。


親友の2人は一度顔を見合わせた後、私の方を向いて見つめてきた。



このとき2人は、ふるふると小さく震える夕愛を見て、あまり遠くには行くべきじゃないという気持ちが湧き上がるも、遥と理人にとっては昔なじみでしっかりした年上のお兄ちゃん的存在である騎飛からのお願いも無碍にはしにくい、と感じていた。

2人はしばらく数瞬の逡巡の後、ある程度聞こえない距離に移動することで手を打つことに決め、そのことを騎飛の方を見つめながら伝える。



「騎飛くんはなんもしねぇだろうけど、夕愛のこと傷つけるようなことだけはしないでくれよ。公園の外で待ってるから何かありそうだと思ったらすぐ駆けつけてやるからな」

「騎飛くんのことは信用してるけど、夕愛ちゃんにいじわるしたら遥たち、怒っちゃうからね!」



そう言って渋々公園を出ていく2人。

距離にすれば50mもない距離に移動した2人が見つめるなか、騎飛が再度、本題を話し始める。


「ふぅ......それで、夕愛ちゃん」


声をかけられてまた肩を跳ねさせてしまう。

そんな私を見つめながら、騎飛くんが先を続ける。


「手紙の要件なんだけど、さ..........................................俺、昔から夕愛ちゃんのことが好きなんだ!俺と付き合ってくれませんか!」


しばらくの沈黙を挟んで、衝撃的なことを告げられた。

これまで私に嫌がらせをしてきた男の子が自分のことを好きだと言っている?

気持ちと行動が一致してなくない?からかわれてるのかな?

でも、真剣な表情だし、からかってるわけじゃないのかな?


私は混乱してしまって、二の句を継げない状態になってしまう。

何を言って良いのかわからず、口をパクパクとさせる私を見て何を思ったのか、騎飛くんが私に近づいてきた。


背が高くてちょっと威圧感がある彼が近づいてくると、益々何を言って良いのかわからなくなる。

ただ申し訳ないことに、私は騎飛くんのことが全く好きではない。むしろ今も、恐怖の感情が強い。

だから本当は告白にお断りの言葉を伝えたいのに、こう迫られてしまっては怖くて動けなくなってしまう。


私が恐怖で動けず、話せず、まごついている間にも、騎飛くんは距離を詰めてくる。

背中にドンッという軽い衝撃を受けてようやく気づいた。無意識だったけど、彼が近づいてくるたびに私の身体は一歩ずつ後ろに後ずさっていたようだ。

でも、あとずされるのもここまでだ。

ここまで私の答えを待ってか、ここまで永遠にも感じられる間無言だった騎飛くんが壁ドンの姿勢になり、久々に口を開く。


「怯えないで。その、もし返事がOKだったら、キスさせてもらえないかな?」


この言葉にさらに恐怖の感情が掻き立てられる。

怖い。ほんとに怖い。なんで?チューはお父さんとお母さんみたいに大好きな人同士でするものでしょ?私と騎飛くんは全然そんなんじゃないよ!

でも動けない。逃げられないよ......!


私は恐怖から目をつぶって俯き、固まってしまう。



客観的に見て、恥ずかしいけどキス待ちの態勢に見えなくもない。

騎飛はこの夕愛のムーブを、自分の告白を受け入れて、キスを許してくれたと勘違いしてしまっていた。

夕愛は目をつぶったままだったが、騎飛の顔がどんどん近づいていることは息づかいや気配からわかっている。



だめだよ......こんなの。夢に出てくるあのときみたいに幸せな気持ちになれない......!

このままじゃ、騎飛くんにハジメテのキスを奪われちゃう!

だめだ、だめだ。動いてよ、私の身体!動け!


ドンッ。


私が気づいたとき、目の前には、尻もちを突いて呆然とした表情で私を見つめる騎飛くんの姿が映った。

その様子を見て、遥ちゃんと理人くんも駆け寄ってきている。


ショックを受けたように動かない騎飛くんと、安心できる2人が近寄ってきてくれる姿を見て、私はついに我慢できずに泣き出してしまった。





10分ほど、声を上げて泣く私を3人が静かに見守ってくれていた。

その間、遥ちゃんが私を抱きしめながら「よしよし」と優しい声をかけてくれて、理人くんと騎飛くんは少し離れたところで立っていた。


私が泣き止んだのを確認すると、遥ちゃんが「大丈夫?」と尋ねてくる。

安心できる親友がそばにいてくれるおかげで大分落ち着いたので、コクンと首を縦に振って答える。


すると理人くんが騎飛くんに強い語気で問いかけた。


「おい!なんで夕愛を泣かせてるんだ!なにがあった!」


その問いに、騎飛くんも必死な表情で率直な状況を答える。


「いや、えっと、夕愛ちゃんに告白したんだ......。それで、OKだったらキスしてくれないか、って聞いたら俯いてキスを待ってくれたのかと思ってたら、突き飛ばされて、泣き出しちゃったんだよ。ごめん、俺とキスするの嫌だったんだな......。無理やりするみたいになって、ほんとにごめん......」



私としては凄く怖かった。だけど、自分の気持ちをちゃんと言えなかった私にも責任はある。

だから、私も謝って、このことは終わりにしよう。それから騎飛くんの告白にはきちんとお断りしよう。


恐怖の気持ちから心臓は相変わらず早鐘を打っているけど、落ち着いてきてそんな風に考えられるようになった私はまず、謝罪の言葉を告げようとした。



















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


声が出ない。

言葉を出しているつもりが、パクパクと口を開閉することになるだけで、音が出せない。






私はこのときから、声を失った。

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