三 侵入者

 二〇三四年三月二十二日、水曜、一九〇〇時。

 イングランドの地下の〈ザルド〉内 で、オリジナルの女帝リズとアーサー・ブリット大佐は語りあった。

「セリウス・フェルミが、クルー全員が有機組織を構成できる身体だと気づきました。

 しかしながら、有機組織に必要な元素の補給を考えてはいません。

 所詮はバイオロイドです。彼らの考えはレプリカンにも及びません・・・」


「侮ってはならぬ。

 ヒューマの戦艦を探るためとは言え、ヒューマの戦艦と侮って、レプリカのフェルミ艦隊とレプリカン兵士を壊滅したのだぞ。

 ヒューマはあの戦艦を何と呼んでいるのだ?」

「国際宇宙ステーション戦艦型1 ISS-BS1(battleship1)です。基本的には宇宙ステーションです」


「英国も宇宙開発に協力しているのに、国際宇宙ステーションが戦艦とは知らなかったぞ。

 なぜだ?」

「PRIORUN本部が極秘で作戦行動したのでしょう」


 女帝リズは考えた。

 PRIORUN(環太平洋と環インド洋連合国)本部は国際宇宙ステーションISSの開発を独自に行ったのか・・・。ということは中国の宇宙ステーション・CSSの破壊にPRIORUN本部か関わっている・・・。PRIORUN本部のトップの考えを探らねばならない・・・。そして、我らの侵攻を阻む者をこの宇宙から消し去るのだ・・・。

「アーサー。ただちに、PRIORUN本部の誰がISS-BS1に関わっているか探れ!

 そして、その者に意識内進入して精神と意識を支配せよ」


「わかりました。監視している特務コマンド・CSCがいますから、その者を通じて探らせましょう」

 アーサー・ブリット大佐は特務コマンド・CSC監視しているレプティリアに連絡した。



 二〇三四年三月二十二日、水曜、一九三〇時。


 軽部が事故に遭ったのは、二〇三三年十一月十二日金曜午前だ。

 現在、二〇三四年三月二十二日水曜夜だ。

 すでに四ヶ月が過ぎて、軽部は中野の警察庁警察機構局の東京警察病院から、市谷にある防衛省極秘武器開発局のサイボーグ開発局・CDB四階の、警察庁警察機構局特捜部特別捜査官・サイボーグ特務コマンドCSC専用施設に移っていた。


 軽部はベッドに寝ているが、もはや、ギブスをしていない。身体を支える保護具はない。脚は動いている。

 軽部が居るのは、サイボーグ特務コマンドCSC専用施設の、病室を兼ねた訓練用の居室だ。


 軽部の個室に女が現れた。エンジ色のスーツの背に薄茶色の長い髪が垂れている。看護師でも訓練士でもはない。顔は子どもを思わせる童顔で年齢不詳。訪問客が入れないこの施設に異質な存在だ。

 女が言った。

「リハビリ、つまり訓練は第四ステージに入った。訓練に意見はあるか?」

「あんたは何者だ?ここに来て一ヶ月なるが、新顔だな?」

 軽部は無意識のうちに警戒していた。


「極秘作戦の進行を確認に来た。

 特務コマンド・CSC担当の、サイボーグ開発局・CDB補佐官の、茶居玲香(チャイ・レイカ)だ。進行状況を説明してくれ」


 軽部は任務について何も聞いていなかった。

「何の事だ?そんな事は知らんぞ!」

 軽部はこの女が何を言っているのかわからなかった。



 女はじっと軽部を見た。軽部の全身に目を配ると、軽部の目をじっと覗きこむように見つめた。


 なぜか軽部は、思考を読まれている、と直感した。

 しかし、読まれて困る記憶は無い。そして、人が他人の思考を読めるはずがないと思った。こいつに特別な能力がない限り・・・。


 女、茶居玲香は考えた。

『最近は人が他人の思考を読むのは可能になった。そう言う事も知らぬなら、此奴は、まだ任務をまだ受けとってない・・・。

 いや、そんな事はない。任務が発令されなけれISSの移動は有り得ない・・・。

 此奴が知らぬなら、直接、CDBの局長を尋問するか、警察庁長官を尋問するしかない。

 しかし、なぜ、PRIORUN本部の中枢が警察庁警察機構局にあるのだ?そして、警察庁警察機構局の特捜部特別捜査官であるサイボーグ特務コマンド・CSCが動いているのは、なぜだ?』


『なんだあ?こいつの考えは丸見えだぞ。だが、俺の考えも記憶も読まれていない。いったい、何が起こってるんだ?

 それより、こいつの素姓を探るのが先だな。どうやって聞き出せばいいか?』

 軽部はそう思って女の目を見つめかえして、瞳の奥底を覗きこんだ。

 すると、一機に、女の思考と記憶が軽部の意識に流れこんできた。こいつスパイだ!



 さらに軽部が女の記憶を探ると、右腕に薄い装置が捲かれているのがわかった。それはエンジ色のスーツの袖に隠されて直接見えなかったが、女の無意識領域を探ると、変装用の3D映像を制御するアームユニットとわかった。


 こいつの正体はなんだ・・・。

 軽部は自分でも気づかぬうちに、女の精神の奥を探っていた。


 軽部の意識に現れている子どもを思わせる童顔が、縦長の赤い瞳をした大きな眼と、低い鼻梁の前面に開いた鼻孔と、広角の上がった大きめの口の丸顔に変った。

 ラプト(ヴェロキラプトルが収斂進化したラプトロイド)だ!

 そう思ったが、軽部はこれまで、ラプト(ヴェロキラプトルが収斂進化したラプトロイド)を見たことがない。資料や映像でもラプトに関する物を見たことがないのに、

『こいつはラプトじゃない。ラプトに似てるが、ラプトより狡猾なレプティリア(爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティロイド)の一種族の、マコンダだ・・・』

 と思考が湧きあがった。


 さらに、レプティリアに関する記憶、

『レプティリアは、獣脚類が収斂進化したディノス(ディノサウルスが収斂進化したディノサウロイド)やラプト(ヴェロキラプトルが収斂進化したラプトロイド)と異なり穏やかだが、爬虫類だ。基本的な捕食の考えは獣脚類同様に哺乳類が対象だ。

 マコンダはレプティリアの一種族であり、レプティリアはマコンダに意識内進入してマコンダを隷属している・・・』

 が、軽部の精神に湧きあがった。そして、その記憶の源の精神が、軽部の意識とは無関係に、女の意識に染みこんで、女の左腕のアームユニットを操作させていた。


 女の、子どもを思わせる童顔が、縦長の赤い瞳をした大きな眼と、低い鼻梁の前面に開

いた鼻孔、広角の上がった大きめの口に変った。  

 皮膚の色は薄緑色だ。薄茶色の長い髪はエンジ色のスーツの背に垂れたままだ。


 女は、変装用の3D映像を制御するアームユニットを自分で操作したのを記憶していないのが、軽部はわかった。

 俺がこいつの精神と意識をコントロールしたのか・・・。


『そうだ。お前がコントロールしおった・・・』

 そうか、やはりな・・・。

 なんだとっ!誰だっ?俺の頭の中でしゃっべってるのは誰だ?


『私はあんただ。忘れたんかいな?』

 何の事だ?

『渦巻銀河ガリアナのオリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系主惑星グリーゼへ行ってグリーゼ国家連邦共和国を、ニオブのクラリック階級のニューロイドによるクーデターから救った。

 その後、オリオン渦状腕外縁部のテレス星団へ行って、ニオブのクラリック階級のニューロイドであるディノスによるテレス帝国を壊滅して、テレス連邦共和国を樹立した。

 何も、覚えておらんのかいな?』


 もしかして、Jの父、デイヴィッド・ダンテか?ニオブの特殊部隊トムソとともに行動したD(デイヴィッド・ダンテ)か?

『ああ、そうだ。私はDだ。私とK(キャサリン・ダンテ)にニオブが精神共棲してニューロイドになりおった。ニオブのニューロイドの名は知らんぞ。話したくないらしい・・・。

 今はまた電脳宇宙意識のPDから、惑星ガイアをアウトサイダーの異星体から守る任務を与えられ、こうして、そなた軽部平太に精神共棲しておるのだ。

 つまり、私も軽部平太だっちゅうことぞね』


 Dの言葉が、古典的なのはなぜだ?

『まあ、ちょっとトラの意識を、古代の神々になぞらえて学者並みにしておった故、言葉が古代的になってしもうた。

 おいおいに現代的に変る故、気にせんでもよかぞね』


 訛りもあるが、気にするなか・・・。

 そう言う事なら、この女、どうする?

『この女、茶居玲香。またの名はチャイ・レイカ。「茶、いれっか」ではないぞ。中国のスパイぞね。

 だが、儂が転向させおった故、安心してよかぞね。

 ほれ、装置(変装用3D映像制御アームユニット)を切って、本物の顔を見せんかいな!』

 Dがそう思うと軽部平太もそう思った。そして、女、茶居玲香の顔が変化した。


 女のマコンダ顔が一変してヒューマ(人類)になった。世間一般から見れば、美人と呼ばれる端正な顔だった。


『平太!気を抜いたらいかんぞね。この女、武術の達人ぞ!戦闘能力は、平太が10とすれば、9。気を抜けば、いちころにヤラれる。

 さあ、自己紹介しとくれ!』


 なんで俺が自己紹介するんだ?押しかけたのはこいつだぞ!

 それに、なんで、此奴がこの施設に入れたんだ?

 ここは市谷にある防衛省極秘武器開発局のサイボーグ開発局・CDB四階の、警察庁警察機構局特捜部特別捜査官・サイボーグ特務コマンドCSC専用施設だ。あらゆるセキュリティーゲートがあり、部外者は入れないはずだ。だが、あの中野の警察庁警察機構局の東京警察病院に平面づらの奴らが現れた。奴らは変装用3D映像制御アームユニットを使ったマコンダだ。


『そうぞね。平太の上に降ってきた女も、その両親も、担当の看護師も、装置(変装用3D映像制御アームユニット)で変装しおったマコンダじゃ。

 奴ら、声を変調せぬまま、仲間同士で話しおった。

 だが、今回は茶居が装置を使ってこの施設のセキュリティーゲートを突破して、平太に近づいた。茶居は装置を使ってマコンダの組織に潜入していたため、アーサー・ブリット大佐の指示で、平太の任務を確認に来たんじゃ』 


 じゃあ、こいつはどこの組織に所属してるんだ?


『名前からして、特機甲(中国の特殊部隊、中国人民軍特別機甲部隊)に決まっとだろう』

 Dが、転向させおった故、と言ったけど、精神と意識と記憶を全て換えたんか?つまり、あれを・・・、何だっけ?あれをしたんか?


『意識記憶管理したか、ちゅうことかいな?』


 それそれ。思考記憶探査して全部塗り換えたんか?

 そうやって鮫島京香も管理したんか?

 特機甲(中国の特殊部隊、中国人民軍特別機甲部隊)にいた当時の鮫島京香の中国名はチャンリンレイだよな・・・。



『鮫島京香は、

《朝鮮に拉致されて、日本に潜入する特主部隊員として、中国に売られた》

 と救助要請した時から、東条一等陸尉の部下で、防衛省防衛局対潜入工作員捜査部の捜査官ぞね。

 それに、鮫島京香にはJがついとるから心配なかよ』


 なんてこった!そんな時から、トムソ(精神生命体ニオブの特殊部隊戦闘員・ニューロイド)は特務コマンド・CSCに精神共棲してたんか?


『まあ、そういっこっちゃ。そいでな。この茶居には儂の愛妻のKが精神共棲しとるんよ。

 まあ、仲良うしとくれ・・・』

 そう言うとDの気配が軽部の脳裏から薄らいだ。


『Dが説明したらしいな。話を合わせろ』

 突然、茶居の思考が軽部の脳裏に浮んだ。

『私はヒューマ(人類)の茶居玲香で、K(キャサリン・ダンテ)だ。

 装置(変装用3D映像制御アームユニット)でマコンダに化けてアーサー・ブリット大佐に近づき、レプティリアの動向を探ってる』


 特機甲から潜入したんか?


『そうだ。特機甲はヒューマ(人類)社会の裏で動いているレプティリアとマコンダに気づいている。レプティリアの組織に潜入して、国際宇宙ステーションISSの移動とPRIORUN本部の動向を探ってる。

 我々の精神波(心の思考である精神思考による意志疎通)はヒューマにもレプティリアにも気づかれないが、レプティリアの思念波・レプティカはヒューマの精神と意識を支配するから気をつけねばならないぞ』


 茶居は、なぜ、三重スパイをしている?


『私もDも、精神生命体ニオブのニューロイドだ。

 我々はニューロイドのトムソ(ニオブの特殊部隊戦闘員)とともに、大いなる宇宙意識の指令を受けて行動している。

 宇宙意識は電脳意識PDとして、彼らが蒔いた悪しき芽を摘もうとしている』


 どういうことだ?


『大いなる宇宙意識が蒔いた、悪しき芽の刈り取りであり、我々精神生命体ニオブのニューロイド(精神生命体ニオブが精神共棲したヒューマとその子孫)と、レプティリアの戦いなのだ』


 なんだって?!

 軽部は驚いた。だが、その一方で、Dの記憶で状況を納得していた。


『まわりくどいことはやめよう。わからないことは・・・、D!出てこい!』

 茶居は軽部に話していたが、Dを呼んだ。


 一瞬にして、軽部の記憶に、ディノスのテレス帝国を壊滅してテレス連邦共和国を樹立した戦果の記憶が現れた。

『今度はレプティリアだ。この儂も平太も、ISSの移動について何も知らんぞ。嘘ではなかぞ。ほんとうに何も知らんのだ』

 Dがそう言っているあいだに、軽部の精神と意識がDと融合してDになった。


『Dと平太に指令がなかったのはなぜだ?』

 茶居の精神と意識もK(Dの妻、キャサリン・ダンテ)に融合している。

 二人が話しているのは精神波(心の思考である精神思考による意志疎通)による会話だった。


『さあ、知らんぞね。指令はこれからだろうぞ』

 Dは考えこんだ。Kが何かを掴んでいる。新情報ではない・・・。これは?戦略だ・・・。単純で、誰もが気づかなかった戦略だ。


『じゃましたな。また来る。今度は正式に出てゆくから、気にするな。

 あたしはK(茶居玲香)だ。J(鮫島京香)同様に、東条一等陸尉の部下で、防衛省防衛局対潜入工作員捜査部の捜査官だ』


 茶居は何も情報を得ぬまま居室を出ていった。

 いや、そうではない。Kは特別な事実に気づいた。

 それは精神波(心の思考である精神思考による意志疎通)でD(軽部平太)に伝わった。

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