二 サイボーグ

「頭が・・・痛くは無い・・・。ここは・・・、俺はどうした?」

 吉永は目覚めた。今は顔と四肢に、あの焼けるような痛みは無い。なんだか気怠く、気持ちがいい。


「吉永さん。気づきましたね。気分はどうですか?」

 ベッドの橫で器具を操作していた女が、吉永の意識が戻ったのを確認してそう言った。

「担当官が説明します。しばらく待ってください」

 看護師らしい女は吉永のベッドから立ち去った。


 しばらくすると見覚えある男が現れた。

 記憶にまちがいがなければ、警察庁のトップの本間宗太郎長官だ。長官が、なぜ逢いに来たか、吉永は不思議だった。


「気分はどうかね?」

 長官は穏やかに訊いた。いつも見ていたディスプレイ越しの3D映像と違い、生身の長官は優しいおじさんの印象が強い。


「はい、気がついたばかりで、まだ、ボンヤリしてます」

 吉永は目覚めたばかりで記憶がはっきりしなかった。たしか、焼けるような痛みがあったはずだ。アレは何だったろう・・・。


「そうか・・・。しばらくリハビリに時間ががかかるが、君の運動機能快復は一ヶ月もあればだいじょうぶだろう。マア、しっかりやってくれ。

 ところで、手と足の調子はどうかね?」

「はい、この通りです。手足が何か?」

 吉永は長官の前に手を見せて握った。この手の調子がどうしたってんだ?


「いや、何もない。ここに来る前に何があったか、説明できるかね?」

「ええ、ここに来る前は・・・」

 吉永は憶えている事を話した。

「ここに来る前は、麻薬とダイヤの密輸ルートを解明して、主謀者の松木実を逮捕する寸前でした」

 それ以後は何があったか思いだせなかった。


「逮捕場所は?」

「那覇のヨットハーバーの事務所です」

「事務所に入ったのかね?」

「いえ、入る直後だったと思います」


「密輸ルートはどういう経路かね?」

「南西諸島から海路、台湾、マニラ、ハイフォン。そこからは空路で東南アジアのゴールデントライアングルです」


「そうか・・・」

 話しているあいだに、中肉中背の、髪の薄いメガネをかけた男が現れて、長官の横に立った。

「ああ、こちらは防衛省極秘武器開発局の小関久夫局長だ。

 今後は、小関君と私が直接君を担当する。私と小関君が君の上司だ・・・」

「どう言う事ですか?」

 吉永は長官とその橫に立った小関局長を見つめた。


「君は松木実の爆弾攻撃で、両腕両脚と顔面の左半分を失った。

 奇跡的に出血はしなかったが、激しい痛みが残ったため、意図的に君の記憶を消去した。

 失った四肢と顔面の記憶は、現在の脳組織に残っていない。残っているのは健常な四肢と顔面の記憶だけだ。そして現在の四肢も顔面も、過去の記憶どおりに機能する・・・」


 そう説明した長官の言葉を、小関久夫局長が引き継いで説明する。

「吉永君の四肢は特殊素材で作られた機械だ。金属は使っていない。外皮は人工皮膚だが血管も神経も通っている。

 感覚は君の手足その物だが、過去の君の機能より遥かに高性能だから、慣れるためのリハビリが必要だ。

 試しにこの十円硬貨の端と端を指で挟んで曲げてください。

 思いきり力を入れればいいですよ・・・」

 小関久夫開発局長はベッドサイドのテーブルに十円硬貨を置いた。


 吉永は十円硬貨を親指と人差指の間に挟んで力を入れた。これが限界だという感覚が無い。力を入れてゆくうちに、硬貨がグニャリと曲がった。

 ここまで力を入れたら指の皮膚がへこんだり傷ついているだろう・・・。

 吉永が指の皮膚を見るが、皮膚には変形の一つも残っていない。

 吉永は唖然とした。


「硬貨を変形させるのに指に加える力の限界を感じたかね?」

 小関局長はそう言って表情を変えずに吉永を見ている。

「いいえ・・・」

 吉永は腕の機能を訊こうと思ったが、小関局長はその説明のためにここに居ると気づいて思い留まった。


「筋力に限らず、人の能力にはリミッター機能がある。過激な神経信号を送って過度に肉体組織を稼動した場合、組織が破壊するからだ。

 生身の指に力を入れた場合、指の皮膚と腱、筋肉、骨組織が丈夫なら硬貨を変形できるが、一般的な人の組織は硬貨が曲がる前に指の組織が破壊する。そうならないためのリミッター機能が脳と指の両者にあるから、硬貨は曲がらず、指組織も破壊しない。

 だが、君に装着した新たな四肢には、組織を守らねばならないう神経回路のフィードバック機能を持たせていない。そのため、君はリハビリで新たな組織の機能を学んで欲しいのだ」


「新しい組織で、どんな事ができる?」

 吉永は小関局長にそう尋ねた。

「人の能力の三倍まで稼動が可能だ。それでも四肢は破壊しない。

 だがそのような状況で四肢を使えるのは二十秒間だ。なぜなら心肺機能は人のままだ。

 左目は君の意志であらゆる電磁波を感知できる。遠可視と拡大機能もある。

 顔の左側には水に溶け込んでいる酸素を供給する機能と、酸素補給機能がある。

 耳は両方ともあらゆる周波数の音を選択可聴できる」


「エラと酸素ボンベか・・・。リハビリ後、俺はどうなる?」

「元の警察機構特捜部に復帰してもらうが、防衛省極秘武器開発局、通称サイボーグ開発局・CDBに出向してもらう。

 階級は警視で特別捜査官だ。特捜部長と指揮官を兼務してくれ」

 小関局長に代って、本間宗太郎長官がそう言った。


 吉永特別捜査官(警視)は、警察庁警察機構局特捜部部長、兼、特捜部指揮官として警察庁警察機構局特捜部に在籍したまま、防衛省極秘武器開発局、通称サイボーグ開発局・CDB(Cyborg Development Bureau)に出向した。

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