19. 君に、恭順。(奇怪なヴィランズ)

 深夜、都内某所。古ぼけたビルの一室に、人知れず集う者たちがいた。

「ジークからなにか報告はあったのかな、ミイア?」

 口火を切ったのは白い三つ揃いスリーピースを纏った四十がらみの男、ウィロック・チャグルだった。長い黒髪の優美な女、ミイア・リサックは答えて言う。

「ええ。近々、いい知らせを持ってきてくれるそうよ」

「ふうん、それはとても楽しみだね」

 ウィロックは微笑み、目にかかる前髪をきざったらしくかき上げた。

 窓から差し込む月明かりが冷たい床に反射して静かに輝いている。室内最奥部には玉座としか言い表しようのない形状をした椅子が据え置かれ、背に届く長髪を重々しく垂らした男——ルート・イディラが鎮座ましましていた。肘掛に置かれたその右手の薬指には、月を象った装飾のよく目立つ指輪が嵌められている。彼はじっと目を伏せてふたりの会話を聞いていた。ウィロックは彼のほうをちらりと見やり、それから手首の時計に目を落として、また視線を戻した。

「じきに時間だけれど、はもう来るころかな」

 ウィロックの問いかけに、ミイアは小首をかしげてみせる。

「そうね、そろそろのはずよ」

 その言葉通り、廊下の向こうからかすかにエレベーターの駆動音が聞こえ、控えめな足音が三人のいる部屋へ近づいてきた。ミイアは扉を開け、その足音の主を迎え入れる。

「いらっしゃい、エイミー。こんばんは」

 現れたのはおとなしげな雰囲気の若い女、エイミー・キオザだ。彼女は深々と頭を下げ、「遅くなってしまい、申し訳ございません」と謝る。

「あら、いいのよ。ちっとも遅くなんかないわ。ねえ、ウィロック?」

「ああ、そうだね」

 ミイアとウィロックは優しい微笑でエイミーを許した。エイミーはほっとしたように顔をほころばせる。

「……さて、ミイア、エイミー。祈りの時間だ」

 ウィロックは寄りかかっていた壁から背を離し、玉座の前へ歩み出た。ミイアとエイミーもその両脇に並び立つ。ウィロックが大きく両手を広げ、目を瞑って天井を仰ぐ。

「我らの父なる者、ルート・イディラ猊下の御前にて、祈りを捧げるウィロック・チャグルに、そしてすべて我らの暗がりに光を与えたまえ。我らはいついかなるときも御月みつき様の導かれるままにあると誓おう」

 続けてミイアが「御月様の導かれるままに」と唱え、エイミーもそれにならう。ウィロックが優雅な動きで腕を下ろすと、遮られていた月光がルートの手元を照らし、その指輪を青白く瞬かせた。

 祈りを終えたあと、ミイアがそっとエイミーの傍に寄ってきて言った。

「エイミー、妹とは仲良くできている?」

「それが、あまり……。なんだか、嫌われてしまっているようなんです。小さいころはあんなに一緒にいたのに、今は……あの子の気持ちが、よくわからなくって……。もちろん、大好きな妹であることに、決して変わりはないんです。でも……」

 うつむくエイミーを、ミイアは柔らかな表情で見つめる。

「エイミー、あなたはとっても素敵なひとね。家族を愛する気持ちは大切なものよ。……ねえ、これだけは覚えておいて。御月様のもとに、私もあなたも等しくひとつの家族なのだから、あなたが妹を大事に思うのと同じほど、私もあなたを大事に思っているわ。ルート猊下にウィロック、ジークだってそうよ。あなたは大切な私たちの家族。忘れないでね? エイミー……」

 ミイアの言葉が、静謐な室内にすっと沁み渡る。エイミー——岡宮瑛美はかすかな笑みをたたえ、小さく頷いた。

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