15. 他意がなくちゃね

「……どういうことでしょう?」

「わからんのか。仕方ないな。簡単に説明してやるからよく聞け。いいか、このくだらん文章は十一行あり、この数字もまた十一個ある。よってこの数字ひとつひとつが各行に対応していると考えるのが自然だ。そこで一行目の四文字目、二行目の四文字目、三行目の九文字目と順に文字を拾い出していくとこうなる」

 そう言って白澤は紙の余白に『く・な・す・す・ん・も・ら・ひ・い・ぬ・お』と書きつけた。

「ところで、部外者に知られないよう仲間内で情報を伝達する際の最も単純な形態として、伝えたい文章をある法則にのっとり他の文字列に置き換えるという手法がとられることは常識の範囲内だ。おまえも当然それくらいは知っているだろう」

「ええ、まあ。要は暗号ですよね」

「そうだ。さて、今回の場合だが、結論から言えば使われているのは元の文をキーボードのかな配列に置換するという方法だ。これに従って解読すると、元々の文字列は『H・U・R・R・Y M・O・V・E 1・6』であったということになる」

「はあ……なるほど」

「これは一刻も早くわたしが授業で使用している教室を一階から六階へ移動させろという意味だと読み取れる。これでわかったか? やはりわたしが正しかったのだ。教室変更は作為的なものだった。ただし仕組んだのは学長ではなかったようだな。疑われるような行いをしてきたあちら側に非はあるわけだが」

「まあ、それはともかくですけど」

 学長への敵意を剥き出しにする白澤をいなしつつ、ひかるは首をかしげた。

「うーん、なんとなく、先生のおっしゃることが正しいような気はしてきましたが……これだけじゃあまだちょっと、こじつけの域を出ないというか……」

「わたしの話はまだ終わっていない。おまえはこの紙を事務の人間が剥がしているところに遭遇したと言っていたが、おそらく本来はそいつがこれを受け取りすぐにでも指示を実行するはずだったのだろう。しかしそれをおまえが図らずも阻止したために伝達が多少遅れたというわけだ。それが証拠に、この数字——言うなれば解読のための鍵だな——は鉛筆で書かれており、受け取った者によって消されることを前提としたものであることは明らかだが、このように消されず残っている。とはいえ、無駄な抵抗をせずおまえにこれを渡したのだから、まあこの程度こちらに知られても困らないと考えているのだろう。もしくは小さな文字であれば見過ごすと踏んだか」

「ああ……先生、そろそろ老眼があれですもんね」

 その言葉はつぶやくような小声で発されたものだったが、地獄耳の白澤がそれを聞き逃すはずもなく、ひかるは凍てつくほどの視線に晒される。

「やかましいぞ。年寄りで悪かったな。後者だとするならばわたしもずいぶんと見くびられたものだ。これを作ったのがどこのどいつかはわからんが、この浅知恵をなんとか絞りに絞ってようやくひねり出したかのような出来の悪さから推測するに十中八九学生だろう。にも関わらず実際にわたしの使用する教室を変更させるに至っているのだから、この一連を計画・実行したのはその影響力が大学運営側にまで及ぶような組織、すなわちG.G.H研究会であるという結論になる。つまりG.G.H研究会にはわたしを一階のあの大教室から遠ざけなくてはならない理由があるということだ。そうなってくると思い出されるのが準備室にだ。よし、確かめに行くぞ」

「確かめに行くったって、どうやって……」

「内側から見えないものは外側から見るに限る。それはすべてに於いて言えることだ。さあ、ついてこい」

 白澤は立ち上がり、早足で研究室を出ていく。ひかるもあわててそれを追いかけた。扉の閉まる振動が冷めきったコーヒーにさざ波を起こし、それきり部屋はしんと静まり返った。

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