07 伝説の男をモチーフに

 天啓を受けたその日、実験的に生み出したのは野心ただ1人だけ。あと3人残っている。いや、3人しか残っていないと言うべきか……? 残る人選は慎重に行わなければいけないだろう。野心の力だけで並み居るプロチームを打ち破り、天皇杯を獲得できるとは思えない。さすがに僕でも、そんなのは無理だって分かる。4人の人物をフル活用しようか? 少なくとも3人ぐらいは必要だろう。1枠は何かの時のために取っておきたい。取り敢えず2人目をどうするべきかと、一晩悩んだ。


 点取り屋か? 中盤の司令塔か? 鉄壁の守備陣か?


 点が取れる選手は是非とも欲しいところだ。野心がいれば簡単に失点はしないと思うが、それでも勝ち抜いていくために1点は取らなければならない。生粋のストライカーにするか、それとも中盤でのチャンスメイクも可能な選手にするか。迷ったが、FWとしてもMFとしても計算できる選手が良いだろうという結論になった。

 過去のレジェンドと呼ばれるようなサッカー選手の中から、誰かをモチーフにして作る。野心を作った時に、脳内に浮かんだのはレーブ・ヤシンという人物像と、そのものとも言うべき『設定』だった。誰かをモチーフにすれば『設定』が簡単で確実になるのだと思う。何の手掛かりもナシに作ろうとも試みたが、上手くいかない。よほど上手く『設定』しないと中途半端な人物が生まれてしまいそうな気がして。だから僕は過去のレジェンドの中からベースを選択し、それを少し『設定』変更した人間を生み出そうと決めた。

 そういえば祖父も伝説の海の男をモチーフに、4人の船乗りを作って成功したと言っていた。父がどのようにして4人の妻を『設定』したのかは聞いていないので分からない。もしかしたら父も、誰か理想の女性をモチーフに作り上げたのかも知れない。僕の母が誰に似ているかは心当たりがないが、玲人の母親は確か真里鈴まりりんという名前だった気がする。鼻のすぐ横、唇の上あたりにあるホクロが特徴的で、まさかとは思うがマリリン・モンローがモチーフになっているのではないだろうか?


 話が脱線した。要するにモチーフになる人物がいれば、その通り、またはそれに近い人物が自動で作成できるという話だ。そして試してみたのだが、その人物は既にこの世を去った人物でなければいけないようだ。僕の愛するさいサファにいた快速FWエメウソンを『設定』しようとしても、その人物像は出てこなかった。オッカーノや、その他のサッカー界のレジェンド、ペレーもズィーコもプラッティーも同様である。つまりベースとして最適な条件は、既にこの世に存在しない伝説のサッカー選手でなければいけない。

 そこで考えた候補は2名。一人目はプスカッシュ。マジックマジャールと呼ばれる超攻撃的な布陣で当時の世界のサッカーをリードしたチームの中心、点取り屋だ。もう一人はヨハン・クライン。フライングダッチマンの愛称で親しまれたオランダの伝説的選手である。どちらも劣らぬ選手なので迷ったが、先に述べた通りセンターフォワードとしてのみならず、1列下がっても活躍できるクラインをモチーフに『設定』を行おうと決めた。

 年齢は……さすがに野心と同じで僕と三つ子、というのはキツいから、弟にしておいた。僕には妹が3人いて、一人は年が近いのだが、他の2人は年が離れている。その1人目の妹と2人目の妹の間、僕より4歳年下の16歳にした。176センチ67キロ。右利きのテクニシャンだ。顔立ちは彫りが深いまま、やや僕に近付けた。名前は……與範おきのり。ヨハンから取った。日本語の他にフランス語を覚えさせた。なぜフランス語なのかって言うと、僕が喋れるからだ (笑) 口調は弟なので、ぶっきらぼ……いや甘えん坊に決めた。さあ、これで『設定』は完了だ!


 野心が生み出された時と同じように、七色の光の中から與範は現れた。二度目ともなれば驚きはない……わけではない。やはり不思議な感覚である。多分、何度経験しても慣れはしないだろう。だって人間が光の中から出て来るんだよ? そんな不思議体験、一度や二度で慣れるものじゃない。「アニキぃ~、サッカーしようよぉ~!」磯野、野球しようぜ、みたいなノリで誘われた。うむ、苦しゅうない。実際にどのぐらいデキるのか確認は必要だ。ただ本当にクラインのレベルであれば……いや、野心の時と同じならば多分そうなのだろうが、だとすれば僕だけでは與範の相手は荷が重い。野心も誘って、僕は再びサッカーコートへと向かった。

 2日続けての訪問に、守衛さんは少し驚いた顔をしたが「週末なので」という僕の言葉に納得した様子で頷いた。やはり與範の事も昔から知っているかのようであった。ストレッチ、準備運動。トライアングルになってのパス交換。ウォーミングアップだけでも、世界レベルの2人を前に自分の能力の低さを痛感する。やはり與範も、僕とは比べ物にならないほどの名選手であると確信した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る