第7話 アルス対クロキ2


「随分言うじゃねぇか。俺に虐められたカスが」

 クロキが先を制した。長い足から速く重い蹴りが繰り出される。

 アルスはそれを躱せず、腹部にダイレクトに受けてしまう。

 以前の黒木の何倍とかそういう次元を超えて重い蹴りだ。

 一撃食らっただけで走馬灯が見えそうになる。


「くっくく。その様子じゃお前は成長(レベルアップ)すら出来ていないようだな」

「成長だぁ? ここはゲームじゃねぇんだぞ。現実を見ろよ馬鹿DQNが」

「くっくく。お前の方こそ現実を見ろ。

この世界は転移者に、成長(レベルアップ)出来るチャンスと、

スキルと魔法の特典を与えてくれるんだよ。くっくく。あっはははは」

 クロキは高笑いしながら、何度もアルスを蹴りつける。


「加減してやってるんだから死ぬんじゃねぇぞ。大平、いやアルス君よぉ」

「くそがっ!」

 どうにか反撃しないと。このままだったらクロキに殺されてしまう。


「ああ~。なんか飽きてきたな。もう殺すわ、お前のこと」

 と言うと、クロキの身体から赤い輝きが迸る。

「これはな俺の超最強スキル(チートスキル)。”超強化(アンガーアッパー)”。

こいつは俺の身体能力を五倍から千倍にまで引き上げることが出来る

チートスキルよ」

「糞。そんな反則技があるっていうのかよ」

「それともう一つ最悪の事実を教えてやる。

”超強化”で強化出来るのは力だけじゃねぇ。

魔法の威力も乗算されるんだわ。けけけ」

 

 クロキは掌を前に突き出す。

 ”超強化”による赤色の輝きのみならず、

 炎魔法を使用する際に発生する朱色の輝きも発生していた。

「勇。これは危険だ。普通の炎魔法じゃない」

「トランスホモ野郎は口を出すんじゃねぇ」

 クロキはナナに向かって怒鳴りつける。

 その後、強化された火球が発射される。

「くくく。これでこそ異世界よ。燃えろや大平」

「でかすぎだろ、これ」

 火球(フレイムボール)のサイズは人一人を簡単に飲み込める程であった。

 この世界で初級魔法とされている火球は大体人の拳程度である。

 だが、クロキのはそれを優に超えている。

 バフを込みで考えたとしても規格外だろう。


「逃げられるものなら逃げてみろや。大平」

「糞」

 だけどこれを躱したら、隙が出来るはず。

 アルスは僅かな希望に縋って、超肥大した火球から逃げ回る。


「これを使えるのが一つだけだと思ったか?」

 クロキは建物の屋根まで一飛びした後、アルス目掛けて火球を放つ。

「あのレベルをポンポン放てるとか。バー〇様かよ畜生」

「お前がゴキブリのように逃げ回るならここら一帯焼いちまうぞ。おら」

「糞。クロキの野郎。転生してから更に頭やばくなってるじゃねぇか」

 アルスは火球を躱しながらクロキの隙を窺っている。

 だが途中で火球による延焼で逃げ道が塞がれることに気付いてしまう。

 ここでクロキが直接仕掛けてきたらやばい。

 極限状態が連続している状態ではまとまるものもまとまらない。


「ちっ。燃えカスにならねぇか。なら、俺が直々に鬼ごっこしてやらぁ」

 クロキの方はアルスが燃えないことにシビレを切らして、自らが見つけて追い掛けてやろうと考えているようだ。


 二人の思惑は交わらないが、二人の戦いの決着は確実に近づきつつある。

 クロキは狭く、限られた道を超人的な身体スキルでショートカットして、

 アルスを追い詰めていく。

 その一方でアルスは延焼によって崩れた建物で退路を塞がれてしまう。

 そんな時、両者はとうとう遭ってしまう。


「くっくく。アルス。追い詰められた鼠だな。てめぇ」

「窮鼠猫を噛むって言葉を知らねぇのか。馬鹿が」

「てめぇが俺を噛むたまかよ」

「言っただろうが。てめぇをぶっ飛ばすって」

「この圧倒的差を見ろよ。お前が俺に勝てる要素がどこにあるって言うんだよ」

「奇跡を呼び込んでやるんだよ」

「くくく。面白い。てめぇの戯言に付き合ってやる。

最後は素手ゴロで相手してやるよ」

「上等だ」


 アルスがクロスアームでのガード姿勢を作ったのと同時に、

 クロキは連弾を叩き込む。

 彼の骨は軋み、グチャグチャになる。

 全身に拳の鈍い衝撃が響き渡り、身体が崩れそうになる。

 気力で足に踏ん張りを入れて耐え忍んでいるという状態だ。

 この速さは体軸ずらしじゃ駄目だ。

 ずらしたとしても、あまりものの速度で肉が抉れる。

 そもそも逸らす程の猶予がない。

「どうした。目が濁って来たぞ。もうそろそろぶっ倒れるか。惨めによぉ」

「お前。拳の威力が弱くなってきていないか?」

 アルスはブラフを仕掛ける。

 実際は全身の感覚が無くなってきているから痛みを感じないというだけだが、

 クロキは動揺しているようだ。


「あん? やられ過ぎて頭おかしくなったんじゃないのか?」

「お、まえ。うで、いてぇのがま、んしてる、だろ」

 更にブラフを立て続けに重ねていく。

「だから何を言ってやがる」

「お前の身体の骨や筋肉の強度まで強化出来てねぇだろうって話をしてる、んだよ」

「成程。お前は俺の”超強化”を自爆覚悟の強化技と考えた訳か? 

残念だがスキルに適応するために、身体も勝手に変化するんだ。

だから俺はこうしてお前をずっとぶん殴り続けることが出来ているんだよ」


 勝ち目がねぇ。スキルがねぇ、成長が出来ねぇとこうなるんだ。

「神様。俺に、こいつを撃退する力を貸してください」

「神様がお前ごときに力を貸すかよ」

「俺はお前に勝つために奇跡を信じることを厭わない。

それがたとえダサいことだとしてもな」

「だが、お前の祈りは通じない。

何故なら、奇跡とかじゃ覆せない程絶望的だからな」

 アルスは勝負を決めに言っているクロキを鼻で笑った。

「これで終いだ。糞が」

 クロキが止めの一撃を繰り出そうとした時、

「これは捨て置けませんね」

 と言いながら、セレーナが目の前に現れた。

「セレーナ様!」

 アルスは祈っていた女神がその場に現れたことを嬉しく思った。

「これは私以外の神が転生転移に関与したことになりますね。

主神以外が、異世界の人間を派遣することは、神界においては大罪ですから」

「エロ本を不法投棄することなんかより、大罪ですね」

「そうですね。主神たる私に逆らうということですから」

「今だけでいいんです。クロキを退けるだけの力を下さい」

「いえ。この際、黒木武と同じように”成長”と”チートスキル”を授けましょう」

「えっ? いいんですか?」

「はい」

 クロキにはセレーナは見えていないようだが、

自身も神と話した経験があるので神と話しているように察したようだ。


「神様と話してパワーアップなんてさせるかよ」

 クロキはフルパワーのラッシュ攻撃を仕掛ける。

 アルスはそれに一時期圧倒されるが、

 スキルに目覚めた後はそれをいとも簡単に止める。

「クロキ。今の俺とお前が本気でやり合ったらどっちかが死ぬぞ」

「てめぇ。俺の本気を受け止めるっていうのか」

「まだ、奥の手の千倍が残ってるだろうが。すっとぼけんじゃねぇ」

 それを言われたクロキは顔を真っ赤にする。

「てめぇなんざに千倍を使う価値なんてねぇんだよ」

「千倍には深刻なリスクがあるっていう間違いだろ」

「負けてたまるか。俺は勇者だぞ。相手は雑魚の大平だぞ」

「雑魚に倒されて痛みを知るかクロキ」

「うるせぇっ!」


 クロキは火球を放ち牽制しようと試みるが、その試みは呆気なく砕かれてしまう。  

 彼が火球を氷漬けにしてしまったからである。

「嘘だ。俺の強化した炎魔法をこんなあっさりと」

「黒木。今まで虐めてきた人間全てに謝罪と、

ナナの弟の薬をただで譲ることを約束すれば見逃してやるぞ」

「ああん? そんなことするわけねぇだろうが。大馬鹿がよ」

「なら。お前を拘束出来るように氷漬けにさせてもらう」

「なにっ?」

 クロキは両足が凍ったことに動揺せず、

「人殺しになっちまうのか。いじめられっ子から犯罪者か。

惨めな社会不適合者らしい」

 とアルスを侮辱する。

「いや。俺はお前を殺さない。この世界でしっかりと罪を償ってもらう」

「俺を逮捕するか。いいぜ。やってみろ」

「ああ。お前が逃げられないようにしてやる」

 アルスはクロキの口を封じるように凍結を進めていく。彼の全身が凍結し、

身動きは取れなくなった。

 それを見たアルスは氷漬けにされたクロキを見世物にするように、

 スラム街の辺りを回り、住民達を脅した。

 それを終えた後、クロキの身柄を守衛に引き渡したのであった。


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